15話 最初の復讐 1
ライの偽名を変更させてもらいました。
それと令和元年おめでとうございます。
令和も細々と執筆しますから、ブクマや評価お願いしましゅ。
「これは何かの間違いだ! この拘束は不当なモノだ!」
「なんだなんだ、いきなり召集だなんて」
「しかももう夜だぜ、何考えてんだよ」
「ファブロさんが拘束?何かあったのか?」
「さぁ……ですが何かあったのは間違い様ですね」
「皆さん、静粛に」
場所はガセナール商国連邦の中心。4大商人と商職議会員達が集まり、裁判や行政を執行する為に建てられた建築物。
ガセナール商国連邦の国旗と商職議会の旗がはためくこの5階建の建築物は【議会堂】と呼ばれ、1階がエントランス、2階が待機室、3階は議場、4階は資料室、5階は展望台となっている。ガセナール商国連邦の心臓部とも呼べるこの建物の3階に、俺やベルゼを始め、4大商人や急遽召集された商職議会員が集まっている。
議会堂の議場は俺が以前居た日本という国の衆議院議場と似た作りになっており、4大商人が座る席が議場前方に設置され、向かい合う形で商職議会の議会員達が座る席が段々畑の様に設けられていた。
その前方席と後方席の中間に、罪人や発言者が立つであろうお立ち台がポツンと佇んでいる。
真上から見れば半円形になっているこの議場には、既に50名近い人々が集まり隣り合う者と言葉を交わしていた。口を塞いでいる者は1人として居ない。議会堂の議場は騒めきで溢れんばかりである。
その騒めきの中心に、後ろ手に手錠で拘束されたファブロが喚き声を上げていた。
俺が居る議場の奥から見た限りだが、ファブロが付けられている手錠は着用者の身体能力を抑え込み、魔法の詠唱を阻害する仕組みが施された隷属の首輪と呼ばれる道具の手錠バージョンの様だ。
隷属の首輪という道具は、主に売り物になっている奴隷や罪を犯した咎人に付けられ、その者が本来持つ身体能力を抑え込み、更には術式が刻まれた発光鉱石を組み込む事で、魔法の発現さえ阻害する事が出来る優れ物だ。
首輪タイプのアレを付けられた事があるから身に染みているが、アレを付けられればまずロクな抵抗は出来ないだろう。
ファブロは処刑された時の俺と同じ様に、抵抗を封じられ声を荒げる事しか出来ない人形と化していた。
「あぁ、楽しみだ。本当に楽しみだ」
待ちに待った瞬間。ウキウキと心を弾ませていると、議場前方部に設けられた席に座るゴードンが騒めく商職議会の面々に声を掛ける。
議場はしんと静まった。
「皆様に急遽お集まり頂いたのは他でもありません。北地区代表、ファブロ・ディアーゴ被告がとある悪事に手を染めていた事が判明いたしましたので、急ではありますが、ここに商職議会並びに4大商人の名の下、緊急裁判を執り行います」
「ファブロさんが悪事に手を染めてた?」
「初耳だぞ」
「そんな事は知らない! 私は無実だ!」
静寂に包まれた議場に、今度はイフナムの落ち着いた声が響く。 唐突なイフナムの発言に一度は引いた騒めきが再度議会員の面々から上がる。そしてその騒めきを覆い隠すかの様に、ファブロは身を捩り声を荒げた。
「っせぇファブロ! テメェがやってた事ぁ全部バレてんだよ!ゴードンさん、始めてください」
「えぇ、只今より緊急裁判を始めます!」
「さぁベルゼ、始まるぞ」
「はい、ライ様」
既にネタは上がっている、それは当のファブロも重々承知だろう。しかしファブロは自らの過ちを認めない。認めようとすらしない。
余りの往生際の悪さに、ボルスは怒りを露わにして机を叩き、ゴードンは重みのある声を響かせ、問答無用で裁判の開始を宣言した。
漸くだ。ガセナール商国連邦に来てからこの瞬間をどれだけ心待ちにしていた事か。
今から俺を裏切った1人の男の人生が変わる。それは当人からすればとても悲惨で惨めで、屈辱的な事だろう。
だが俺はその悲惨で惨めで屈辱的な瞬間を見るのが楽しみで愉しみで仕方ない。
「因果応報だファブロ」
現時点ではあくまで容疑者だが、名実共に正真正銘の罪人となる一歩手前まで追い込まれたファブロを見て、俺は仮面の下で恍惚の笑みを浮かべ惨めな男を嘲笑う。
報いだ。俺を裏切り見捨て、見殺しにした報いを受けろ。そして絶望しろ。絶望の海に溺れて顔を歪めろ。喉を鳴らして嘆け。醜態を晒せ。
俺の心が癒える様な、そんな姿を晒せ。そんな表情を浮かべろ。
最後には俺がこの手で殺してやるから。だからどうか、どうか心の底から絶望してくれ。
心の底からそう願う俺を他所に、裁判は進行する。
「この場にお集まりいただいた皆様の中には、実際に被害に遭われた方がいらっしゃるでしょう。半年程前から、我等がガセナール商国連邦近辺で多発していた野盗による商品の強奪事件…… 我等4大商人はとある方の協力の下、その強奪事件の黒幕がそこに居るファブロ被告である事を突き止めました!」
「何だと!?」
「本当か!? 事実だとしたら許せねぇぞ!」
「ち、違う…… 私は知らない、何も知らない……」
自業自得。因果応報。身から出た錆。
平和になった世界で卑しく賤しく浅ましく金儲けに奔走した男の末路。俺が殺される瞬間、まるで壊れた道具を見る様な冷たい瞳を向けるだけで、何もせず傍観を決め込んだ8英雄と呼ばれる男の末路。
砂や埃で薄汚れた衣服を纏い、頭髪を乱し、脂汗を流して小さく体を丸めながら身の潔白をか細く呟くファブロ。
そこにこの国の権力者足る面影は無く、その姿はまるで哀れな奴隷や小汚い物乞いの様で、俺はその無様な姿に腹の奥から湧き上がる笑い声を堪えるのに苦労した。
「とある方ってのは誰だ?」
「皆様にも御紹介します。ハデス様です。ハデス様、どうぞ此方へ」
「……わかった」
俺が湧き上がる笑い声と戦いを繰り広げる最中、議場の何処かから議会員の声が上がった。それに往古する様にゴードンが集まった議会員達に俺の偽名を告げる。
俺は小さく深呼吸して落ち着きを取り戻すと、ゴードンに促され議場の前方部に立った。
「このハデス様がファブロ被告の悪事を見抜いたのです」
「ハデスだ。さて…… 無駄話をするつもりはない、ちゃっちゃと進めるぞ」
靴音を鳴らし議場前方部に立った俺を100近い目が射抜く。その100近い目の大半には疑心が宿っているのが分かった。
俺の外見が怪しさマックスな所為だろう。仮面を付けているお陰で表情を伺えないし、この場に居る殆どの奴とは今日が初対面だから、余計に俺が怪しく感じるのだろう。不審に見えるのだろう。
だが此奴等が俺に何を感じようがどうでも良い。
サッサと本題に入ってしまおう。
「き、貴様か…… 貴様が私を嵌めたのか!」
「…… ゴードンさん、此奴を黙らせて貰えますかね。進行の邪魔だ」
「そうですな。衛兵!」
「「はっ!」」
「止めろ!離せっ! ぐっ、むぐぅぅう!! ぐぅう!」
「さて気を取り直して…… 簡単に事の成り行きを説明させて貰う。俺は今から数日前、連れと共にこのガセナール商国連邦を訪れる為、近くの林道を歩いていた。
その林道で俺は9名の野盗に襲われた…… が、皆殺しにした。面倒ごとになるのが嫌なんで死体は隠したが、もしここ数日の間で近くの林道から9人の死体が出たって話が上がってんなら、それ俺の仕業な」
「なっ……!」
「おぉ」
「野盗を撃退したのか!」
ファブロが衛兵の手により猿轡をされる。呻き声が多少煩わしいが、先程より大分マシになった事で、俺は何も知らない議会員達に事の成り行きを1から説明する。
議会員達が感心した様に声を漏らしたが、俺はその声を聞き流し、ガルドレに関する情報を伏せてやりながら虚実を混ぜた言葉を紡ぐ。
「ま、それはさて置き……その野盗の1人が死ぬ直前、俺に興味深い事を言ったんだ。『俺達は4大商人の1人ファブロに雇われ、幾つかのグループを組んで商隊を襲っていた』ってな。この話を聞いた俺は決定的な証拠こそ無かったが、善意で情報を提供して、命を狙われたお礼に黒幕であるファブロを貶めてやろうとこの国の周辺を散策してみた。すると……ゴードンさん、証人達と証拠品を」
「えぇ、証人と証拠品を此処へ!」
「ー!?」
「あれは……私の店の鎧だ!」
「彼処にあるのは俺が作った壺!」
「まさか、これ全てが野盗に奪われた物なのか!?」
ゴードンが声高らかに叫ぶと議場後方の扉が開き、数名の衛兵が鎧や剣、ドレスに調度品、その他様々な物を手にして議場の中心に歩いてくる。そして衛兵は其々が手にした物をファブロの横に積み上げいく。
それは俺が隠し倉庫から持ち出した品々。ファブロに雇われた男達が奪い、蓄えていた強奪品の数々だった。
積み上げられる木箱や品々を見て、ファブロや議会員達は目を見開き鼻息を荒げた。
更に……
「畜生!テメェ等覚えてやがれ!」
「離せぇえ!」
「くそったれ!」
「た、頼む許してくれ!俺は悪くねぇ!」
「ー!!」
「あれは野盗達か!?」
「商国連邦軍が血眼になって探しても見つける事すら出来なかったのに」
ファブロと同じ様に厳つい手錠を付けられ、鎖で繋がれた男達が衛兵の手により議場内へ連行された。
男達を見たファブロは目を見開く。
連行された男達の数は11名。悪態を吐く者、もがく者、赦しを乞う者と反応は様々だが、此奴等は紛れもなく俺が捕らえた野盗達だった。
「くっ……」
「おい!あれは護衛商隊の隊長だ!」
「何故彼が!?」
そしてその男達の中には、傭兵部隊【毒蛇隊】の隊長…… 左足、右腕を欠損し衛兵に支えられる毒蛇の姿もあった。
「ガセナール商国連邦周辺で此奴等を見つけたって訳さ。そんで皆様が言う護衛商隊の隊長さんが、自分はファブロに雇われた運搬屋だって白状したんだ。運搬するのはそこに居る小汚い男達が、ファブロの命令で皆様から強奪した自慢の品々。運搬先はファブロと繋がりのある奴等にって事もな。つぅまぁりぃ〜……ファブロは皆様の商品を横流しして金儲けしてたんだよ!」
俺はあの隠し倉庫に通じる薄暗い洞窟内で、何でもすると言って命乞いした惨めな此奴を助けていた。
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「死ぬのは嫌か?」
「あ、あぁ…… ぐぅ…… 頼む助けてくれ……」
薄暗い洞窟の中、瀕死の毒蛇の息遣いが小さく反響する。
切られ抉られ潰され貫かれ…… 防御力が高くなければとっくのとうに死んでいるだろう数々の傷。
毒蛇の『生命力』は『10000』と、現時点の俺の『生命力と比べ4倍近い数値を誇っていたが、その膨大な『生命力』は既に残り『150』を切っている。この数値が『0』になれば、その瞬間毒蛇は別の世界へと旅立つ事になる。
満身創痍の毒蛇の命はあと数分だろう。だが、それは『癒しの加護』を使っていない場合だ。
『癒しの加護』の影響で生命力と治癒能力が高められている毒蛇の『生命力』は、むしろ少しずつだが回復していく。流れ出る血の量も少なくなっている。
死ぬまでのプロセスに逆行している為、毒蛇はまだ意識を保てていた。いや、保たされている。と言う方が正しいかも知れない。
しかし痛みその物が無くなる訳ではないので、文字通り地獄の苦しみを味わっているだろう。
まぁ、此奴が本来持つ精神力と言うか、胆力のお陰もあって未だに意識を保てているのかも知れないが、そんな事はどうでも良い。
「仕方ねぇ、命だけは助けてやる。だが変わりに、お前にはファブロの罪を証言する証人になって貰うぞ?余計な事は言わずに真実だけ語れ。いいな?」
「わ、わかった…… 何でも良い。何でもするからこの痛みから解放してくれ……」
「やれやれ……『その光は神の御業 傷付き死の淵に居るかの者の命を救わん 神の加護』」
此奴には利用価値がある。
俺はそう判断し毒蛇を助ける為、『神の加護』を使用した。
この魔法は『癒しの加護』の完全上位互換魔法で、生命力と治癒力を高め傷の治りを早めるだけの『癒しの加護』とは違い、どんな致命傷でも瞬時に治す事が出来る。
強いて欠点を挙げるなら『神の加護』は「癒しの加護』と比べて使用する魔力が10倍も違うし、蜥蜴の尻尾の様に斬り落とされた手足を再生する力はない。
それでも迅速に傷を全回復してくれるし、今の俺は保有魔力残量を気にする必要がない程の魔力を持っている為、然程欠点にならない訳だが。
そんな事より……俺は毒蛇が持っていた『魔滅の短剣』を没収し、呪文を呟いた。
『神の加護』の熟練度は僅か『25』しかないので発動まで多少の時間が掛かったが、回復系魔法の中で上位に位置するこの魔法は問題なく発現した。毒蛇を覆う様に出現した薄緑色の光を放つ魔法陣が、静かに毒蛇を包み込む。
数十秒後、其処には衣服や防具こそボロボロだが大小様々な傷が綺麗さっぱり消えた毒蛇が転がっていた。
斬り落とした手足の切り口は見事に塞がっている。まるで元からそうであった様に。傭兵家業は閉店するしかないが、諦めて貰う他ない。
「これで良しっと」
「た、助かったのか……」
「あぁ、助けてやった。さて毒蛇、約束は守ってもらうぞ? 別に反抗しても良いが、そうなれば無理矢理証人にした後、確実に息の根を止めるけどな?」
「っ…… わかった、約束は守る……」
「よぉし。先ずはテメェとファブロの関係、そんでテメェ等がやってた事を洗いざらい吐け」
「あぁ…… 俺は奴に雇われた道具だ…… 奴が俺達に求めたのは……」
力量の差を見せつけられ抵抗を諦めた毒蛇は、発光鉱石の光に照らされながらポツリ、ポツリとファブロとの関係を自供し始める。
もし抵抗されれば『真実証明』を使い情報を吐かせて今度こそ殺してやろうかと思っていたが、その必要はなさそうだ。
「コレが俺の知る情報全てだ……」
「成る程、全て把握した。そんじゃちょっと寝てな」
「がはっ!?」
そして数分後、毒蛇が知りうる全ての情報を得た俺は右手を大きく振りかぶり、傷が癒えたばかりの毒蛇の鳩尾に拳を叩き込んだ。
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「な、何だと! それは本当か!」
「答えろファブロ!」
隠し倉庫に通じる洞窟内での出来事を思い返していると、商職議会の面々が身を乗り出して毒蛇に問い掛ける。
ファブロは雇った野盗達が強奪した品々を各地へ安全に運ぶ為、仕事がなく窮困していた毒蛇等毒蛇隊を雇い、強奪品の運搬役としていたらしい。
ヴィーパーから聞いた話をザックリ纏めると……フャブロに雇われたゴロツキ共が強奪した品々は、ファブロがアスラゴート討伐の旅の最中立ち寄った各地で関係を築いた犯罪組織や富豪、貴族を中心に売られており、毒蛇達護衛商隊は商隊や行商人の護衛という名目で各地へと向かう傍ら、ゴロツキ共が強奪した品々を貴族共に届けていた。
貴族共に届けられる品々は前もって売値等の合意が済んでおり、毒蛇は金を受け取り品物を渡すだけで良かった。またファブロと毒蛇はより自然に、怪しまれる事なく盗品を届ける為、護衛商隊が依頼を受ける際には商隊が何処を経由して何処に向かうのかを事前に聞き出していたとか。
つまり、経由する街や目的地に盗品を望む者が居るか否かの確認まで行っていた訳だ。
いやはや、よくもまぁこんな事を思い付くものだと感心する。その思い付きを実行し、あまつさえ成功させてしまうのだから質が悪い。
その質の悪い行いも今日でお終いだがなぁ。
「あぁ、そこに居る仮面男の言う通りだ…… 俺達はファブロの旦那に雇われ、野盗共が奪った品を各地へ運び、旦那と繋がりのある奴等に届けていた……事前に欲しい品を聞いたり売値の合意も済ませた上でな…… 」
「そう、野盗による商品の強奪が問題になるとファブロはこう考えた。そうだ、俺も同じ事をやろうってな。人を雇い野盗の仕業に見せかけて商品を奪えば、誰かに売られる筈だった新品の商品が容易く手に入る。
そしてその商品を売っぱらえば、仕入賃も原材料費も掛からず丸儲け出来る。この悪事を知っているのは護衛商隊の面々と成果報告に出向いていた野盗の頭達。仮にこの悪事がバレれば、雇われた奴等を切り捨てれば良いだけ。いやぁよく考えられてるなぁ」
「ふ、巫山戯てる…… !お前も職人の端くれだろう!!」
「そうだそうだ!巫山戯るな!!」
ちょっとばかし長くなったが、ファブロが行なっていた事を議会員に分かり易く伝えてやると、議会員達は怒号をあげた。
「むぐっ! ぐぅぅう!」
数名の議会員が怒りを露わにし、其々の目の前に置かれていた陶器の水瓶や、ガラス製のグラスをファブロ目掛けて投げつける。彼等は実際野盗に商品を奪われた職人、もしくは商人なのだろう。
そんな彼等が投げつけた物の大半は床に当たり、甲高い音を上げながら砕け散る。それでも幾つかのグラスがファブロに当たり、ファブロは苦しそうに呻き声をあげた。
小さく身を丸め、降り注ぐ様々な物体から身を守る様は大変滑稽だ。
苦シイダロウ?辛イダロウ?屈辱的ダロウ?
いい気味だ馬ぁぁぁ鹿!!
俺はワザと助け舟を出さず、暫くその光景を眺めた。
「おいおい皆、まだ話の途中だぜ? ヒートアップにゃ早すぎるぞ」
「そうです、皆様少し落ち着いて下さい。まだ裁判の途中ですぞ」
「「「くっ……」」」
「さて、取り敢えず今軽く言ったのが、ファブロが関与していた野盗による商品の強奪事件の真相だ。だが此奴にはまだ奪った商品の横流しの余罪もある。皆もその詳細も聞きたいだろ?」
「「「勿論だ!」」」
「よし、それじゃご期待にお応えしますかね。ゴホン!さっきも言ったが、ファブロは皆から奪った商品を横流しして利益を得ていた。だが、野盗達が集めた商品を友好が有る各地の犯罪組織や富豪、貴族に運び売っぱらうにゃ、下手に名が売れた弊害……問題があった」
ゴードンの言葉により、議員達は渋々といった様子で椅子に座り直す。
場が落ち着いたのを確認した俺は、1つ咳払いをしてファブロの余罪……野盗達に奪わせた商品の横流しの全貌を語る。
「「「問題?」」」
「あぁ。ファブロがなりふり構わず奪わせた品の中にゃ、ファブロが専門としない農機具や建築資材、ドレスや家具、その他雑貨類もあった。武具を造る鍛治職人のファブロが専門外の品々を売っぱらうには、リスクが高いと思わねぇか?」
「あ、あぁ。そう言われればそうだ」
「確かに…… ファブロさんの商隊がドレスや農機具を売っている姿を見れば、皆妙に思うだろう」
「だろう?自分の店で売る様な真似は論外だし、地方に売りに出すとしてもファブロ総合商社の商隊は使えねぇ。不審に思われる可能性があるからだ。
そこで護衛商隊の出番だ!護衛商隊は盗品を各地に運び、売っぱらう為の巧妙な隠れ蓑って訳さ!」
よしよし、今度は怒ってこそいるが変に激昂せず、声も荒げず大人しく俺の話を聞いているな。
しかし快感だ。今心の底から憎悪する男の罪を、俺自らが声高らかに説明していると思うとゾクゾクする。気分が高揚する。
復讐云々ではなく、単純に楽しくなってきた。
「ファブロは奪わせた商品を隠し倉庫に運び込ませていた。そして護衛商隊は隠し倉庫に運び込まれた盗品を各地に運搬する。自前で護衛部隊を用意出来ない小商人や行商人の護衛って銘打ってな。そうすれば盗品を安全に各地へ運べるって寸法さ。
毒蛇が言うには、ファブロは野盗の仕業に見せ掛けせて商品を奪おうと決めた時、この隠れ蓑を思い付いたらしいぜ。
護衛商隊の責任者はファブロだが、ファブロ総合商社とは無関係のただの護衛専門部隊なら、検問とかで積荷を念入りに確認される事はねぇだろうし大手を振って各地を回れる。盗品を渡すのはその道中でも帰路に着く途中でも思いのまま。
加えて言えば、盗品を売り付ける相手はファブロの顔見知りだし護衛商隊は1箇所で全ての盗品を売る訳じゃねぇから、仮に第3者に売買の様子を見られても、それが盗品だと疑われる危険性も、ファブロの差し金であると露呈する危険性も少なくなる。なんなら事前に相手側に話を合わせる様指示しておく事も可能だ」
俺は毒蛇から聞いた情報を、普段よりも声のトーンを上げ皆へ伝える。
いつもより饒舌になっているのは、今まさに復讐している事への興奮を感じているからだろう。
「で間違いないよなぁ?毒蛇」
「あぁ…… 間違いない、護衛商隊は表向きは完全な護衛専門の組織。依頼があれば依頼された場所までの通行ルートを依頼主に聞き、道中寄る町や国にファブロの旦那が贔屓にしてる犯罪組織や貴族達が居れば、事前に要望されていた品と合うものを強奪品の中から探して護衛のついでに届けるんだ…… 往復分の馬の食料である干し草で隠してな。
そしてもし売買の現場を見られれば、ファブロの旦那からの個人的な届け物を受け取っていたと話を合わせる様に指示もしていた」
「護衛商隊が依頼主に提供するのは護衛の戦力のみ。それ以外の実費は依頼完了後に清算してファブロに護衛料金と共に纏めて支払う。依頼主からすれば、護衛してくれる奴を1人1人探して依頼するより格段に安上がりになるし、手間も省ける。しかも護衛商隊はファブロが組織しているから皆からすれば安心感もあったろう。
それにファブロにも利は充分にあった。ヴィーパー達は困窮していたとはいえ傭兵だからな。金さえしっかり払っておけば変な気は起こさない。傭兵は金払いの良い雇い主を自分から売る様な真似はしねぇ。ましてや契約不履行な行為は傭兵にとっちゃ致命的だしな。友情や義理なんかよりも金で繋がっている内は裏切られる事はないって分かってた筈だぜ」
毒蛇がポツリ、ポツリと静かに語る。
話を聞く全員が目を血走らせ、毒蛇やファブロの背中を睨み付ける。その光景を見て、俺は口角が緩まない様に、目尻が下がらない様に意識を口と目元に集中させる。
あぁ、でもダメだ。
口角が、目元が緩みきっているのが自分でも分かる。
毒蛇から聞き出した情報全てを洗いざらい暴露し、それを毒蛇が事実だと認め、軽く補足する。
ワザと煽る様な事を言いながら改めて議会員の顔を見ると、全員顔を真っ赤にさせながら小さく震えていた。
ここまで自分達を虚仮にする様な行為に気付かなかったのだ。怒るのも至極当然である。
「それに此奴は何処から仕入れたのか知らねぇが、リフレクトって麻薬も持ってたぜ? 大方盗品を売った犯罪組織から依頼されて、護衛商隊にリフレクトを各地へ運ばせてたって所だろ。詳しい話は後で護衛商隊の隊長さんにでも聞いてくれ」
「何だと!?」
「麻薬は所持してるだけで極刑だぞ!」
「本当ですかゴードンさん!」
「事実です。ハデス様が取り返してくれた物の中に、スライムの外皮で作られた袋に梱包されたリフレクトがありました」
トドメに俺は押収した麻薬、リフレクトの情報を暴露した。
議会員達の瞳がゴードンへと向けられる。ガセナール商国連邦では、麻薬は所持しているだけで極刑になるらしい。
何にせよ、商品の強奪、転売、そして麻薬の所持と運搬の疑い。役満だ。全ての証拠を突き付けられたファブロに逆転の目はない。
後はゴードン達がファブロにどんな罰を与えるのかを見守るだけとなる。
俺は最終的な纏めをする事にした。
「つまりだ、結論として纏めると、テメェ等はファブロに良い様に使われてたって事さ!」
「し……縛り首だ!」
「巫山戯やがってこのクソ野郎が!」
「こんな奴を許すな!」
「見せしめにしろ!」
「むぐっ!ぐぅぅう!!」
「み、皆さんおちついて! わっ!?」
俺は最終的な纏めの言葉を放つ。
直後、議員達の怒りの炎が爆発した。
今度は先程と比べて倍以上のグラスや水瓶がファブロ目掛けて投げつけられる。中には狙いが外れ、ファブロを飛び越え俺やゴードン達の居る場所までグラスが飛んで来ている。
……ちょっと煽り過ぎたか?
このままじゃ俺が手を下す前に皆に殺されそうだ。
「あ〜……ベルゼ、『防御魔壁』!」
「はい!『いでよ万物を滅せし守護の壁 浄化の魔壁 実体ある脅威から我を守らん! 防御魔壁』」
予想を遥かに上回る彼等の怒り。俺はベルゼの方を向き、心の底から嫌々だが、致し方なくファブロを守る為『防御魔壁』の発動を命じた。
ベルゼは奥の席から飛び上がり、ファブロの前に立つと呪文を唱え、白い壁を出現させた。
「むっ!?」
「何をする!」
「そりゃこっちの台詞だ馬鹿。まだ判決が出てねぇだろ」
出現した白い壁。その壁に触れた物体は例外なく尽くが塵となり果てる。
その光景を尻目に、俺とベルゼは呆れた様に議会員達に声を投げかけた。
まだファブロに心の底から絶望して貰っていない。それにこの男を絶望の海に突き落として殺すのは俺の悲願。その瞬間をこんな商人や職人如きに奪われてたまるか。
「ハデス様の言う通りです! まだ判決が出ておりません!お静かに!」
「ゴードンさん、なれば今すぐこの悪人を処刑しましよう!」
「「「そうだそうだ!」」」
俺の言葉を受け、事前にファブロの悪事の全貌を伝えていたゴードンが声を荒げる。事前に全てを知っていたお陰か、他の議会員達と比べてまだ冷静なのが救いだ。
だが議会員達の怒りは収まりそうにない。
「私も本心ではこの男を処刑したく思ってます。ですがこんな男でも世界を救った英雄、8英雄の1人である事に変わりありません。このまま怒りに身を任せ処刑を敢行すれば、他の8英雄は勿論、様々な国家から避難を受けるやも知れません」
「あぁ、悔しいがゴードンさんの言う通りだ。8英雄は人類の救世主。国を問わず根強い人気を持ち市民に尊崇されている。そんな奴を処刑すれば、此奴がやって来た悪事を事細かに説明しても変な風評被害は免れねぇぞ!」
「う……」
「なれば我等はどうすれば良いのですか!」
ゴードンやボルスの言葉を聞き、議会員達は今更ながらファブロの立場の面倒臭さを自覚した。
議会員達はファブロを殺したい衝動に駆られている。だがファブロの立場がそれをおいそれとは許さない。
信頼関係、人と人との繋がりで成り立っている商人・職人である彼等は、無用な風評被害を避けたがる。
ボルスが言った様に、以下に此方が浅ましく強欲な罪人でも8英雄という肩書きは人類の尊崇の的。人類の救世主の1人である事に変わりはないから、ゴードンやボルスも怒りを感じているのに処刑に踏み切る事が出来ないでいた。
しかし当然ながら実際に被害にあった他の商人や職人の心境は「はいそうですか」では済まない。済まされない。彼等はやり場のない怒りの向け所が分からなくなっていた。
「勿論罰は与えます。罰を与えなければ我等の面子に関わりますからね。そこで提案なのですが、ファブロ被告の全財産並びに4大商人の権利と地位、名誉の剥奪。その上で国外永久追放処分、そして死ぬまで武具の作製を禁止させるというのは如何でしょう。今後ファブロの名を語り武具を造った者には厳罰に処すと付け加えて。そうすればファブロ被告は勿論、彼の名を語り武具を造ろうとする者は居なくなりましょう」
「むぐぅ!? ぐぐっ!むぐぅぅうー!!」
其処にイフナムが誰しもが納得出来る落とし所を示した。
どうやら俺の狙い通りになりそうだ。
「そりゃ良い! なら既に商品を売られちまった奴にゃ、ファブロの店や商品を売っぱらった金で補填してやれよ!そうすれば市民や他国から変なやっかみを受けねぇし、多少は気は晴れるだろ? ファブロの顔も見なくて済む様になるぜ〜?」
乗るしかねぇ、このビッグウェーブに。
いや別に巫山戯てる訳じゃない。俺の狙いはファブロの財産や名誉を全てを奪った上で、生きたまま国外追放にする事だからだ。これは計画を思い付いた当初から変わっていない。
生きたまま国外追放させる事で、これでファブロが築き上げてきた全てのモノを壊す事が出来る。権力の座から引き摺り下ろす事が出来る。蓄えた財を奪う事が出来る。
結果的にファブロは生きながらにして絶望してくれると考えたからだ。
そもそも、俺がガセナール商国連邦に着いた直後思い付いた計画は、まず4大商人間で不和を生じさせ、醜く言い争いをする様を横目に楽しみつつ、ファブロの悪事を裏付ける確固たる証拠を集め、時期を見計らい最終的に観衆の面前でファブロをどん底に突き落とし、国外へ追放されたその後殺すというモノ。
途中ファブロの横槍が有り、4大商人間での争いを誘発させる事は叶わなかったが、結果的な終着点は当初の計画通りとなった。しかも鍛治職人としての未来も剥奪するというおまけ付きだ。
だから俺は、ガセナール商国連邦の重鎮自らが提案してくれた案に全力で乗っかる事にした。
「ま、まぁそれなら……」
「忌々しいですが致し方ありませんね」
「ぐぅう! ぐふぅう!」
「では決議を取ります!ファブロ被告の全財産の没収! 権威、地位、名誉の剥奪! 並びに国外永久追放処分と武具の作製を禁止する案に賛成の方はご起立を!」
議会員達は凡そ肯定を示した。
手を拘束され自由を奪われ、発言権までも奪われたファブロは、まるで芋虫の様に床で蠢きながら何やら唸っているが、議会員達はファブロの方さえ見なくなっていた。
ガタガタと椅子を鳴らして議会員達が次々立ち上がる。数秒後には、議場に居る50名近い男達全員が立ち上がっていた。
「判決! ファブロ・ディアーゴは全財産の没収、権利と地位、名誉の剥奪、並びに未来永劫武具の作製をする事を禁じ、国外永久追放処分とする! ファブロに雇われていた者達の罪状は追って通達とします! 」
「「「「「おぉぉぉお!!」」」」
「衛兵! 今すぐ此奴を我等の国から連れ出せ!」
「「ははっ!」」
ゴードンの声と議会員達の雄叫びが議会堂に木霊する。
「……! ……」
俺はファブロに目線を向けた。
猿轡をされたファブロは目を見開き、そして動かなくなった。
自分がどう足掻いても太刀打ち出来ない状況に打ちひしがれた顔。己がこれまで築き上げてきた物全てを目の前で奪われ、浮かび上がる苦悶の色。
突然の出来事に心の整理もつかぬまま、翻弄されるしかない無力な自分への憤り。まるで目の前の現実から目を背ける様に一点だけを見つめる歪んだ瞳。
ファブロの顔には様々な負の感情が混ざり合った絶望がハッキリと滲んでいた。
アァ、ソウ! ソノ顔! ソノ顔ダ! ソノ顔ガ何ヨリモ見タカッタンダ!
絶望に染まったファブロの顔を見ていると、歓喜を感じている俺の心とは関係なしに、何故か視界がボヤけた。
ツゥ…… と、頬を暖かな水が伝った。
それは瞳に溜まり溢れ出した一雫の液体。
これは……涙か。
俺は指先でその液体に触れ、それが初めて涙であると認識した。
悲しい訳じゃない、何故なら俺はこの瞬間を何よりも待ち望んでいたから。
体が痛む訳でもない、何故なら俺は健康そのものだから。
これはそう…… まるで心に突き刺さっていた棘が、心を締め付けていた鎖が消えた様な…… もしくは朽ち果て乾き切った心に何かが染み込む様な、そんな感覚。俺は報われたんだという感覚。
傷付き擦り切れ砕ける寸前まで荒み、澱み切った俺の心から湧き上がった涙。心に出来た傷を埋める様な…… そんな暖かな涙。安堵の涙。幸福の涙。
突然溢れ出た涙に一瞬戸惑ったが、兎に角、俺の心は蘇って以来初めてだというくらい、晴れやかで清々しいモノに満たされた。
同時に口角が釣りあがっていくのが分かった。今はまだ笑うなと、不審に思われるから堪えるんだと、懸命に自分へ言い聞かせる。
「ライ様……? 泣いていらっしゃるのですか?」
「…… バカ言え。それより行くぞ、もうこの国に用はねぇ」
ガックリと脱力し、物言わぬ物体と化したファブロが引き摺られる様に衛兵達に連行されて行く。
その光景を俺は涙で濡れた頬を手の甲で拭いながらただただ静かに見守り、そして誰にも悟られぬ様、ベルゼと共に音も無く議会堂を後にした。