プロローグ
万人受けしないのは承知の上です。
「初めまして、ライ様。私は〇〇です。貴方には期待しています。これからよろしくお願いしますね」
彼女と出会った時、彼女が俺に向けた最初の言葉だった。
それは些か社交辞令の様にも感じたが、彼女が俺に向けた言葉の羅列と微笑を浮かべた優しげな瞳。
この2つは、俺がこの世界に連れて来られて以来、聞き、向けられてきたモノの中で初めて悪意の込もっていないモノだった。
「お疲れ様でした。中々いい動きでしたよ」
彼女と出会ってからは、彼女は戦闘訓練の最中でも、休日でも、常に俺の隣に立つ様になった。
俺の意思を考慮せず、人権を無視し、感情を表にする事さえも許さず理不尽を押し付け、ある者と戦う事を強制するこの世界の人々。
彼女との出会いもそんな理不尽な成り行きの中の1つに過ぎなかったが、そんな俺の境遇に同情してか、彼女は俺の事をよく気遣ってくれた。
彼女はコミュニケーションの大半を放棄した俺に辛抱強く接し、優しく語りかけ、友好関係を築こうと注力した。
初めは疎ましくも感じていた彼女の存在。しかし1日の半分近くを共に過ごす彼女の存在は、次第に側に居るのが当たり前となり、疎ましいという感覚を麻痺させる。好意こそ抱く事はないが、彼女に対し負の感情を感じなくなってゆく。彼女の存在を煩わしいと感じていた俺の心は、徐々にだが彼女に無関心になってゆく。
この世界の人々に敵意しか感じない俺からすれば、彼女は敵意を向けるに値しない存在。彼女は、俺がこの世界に来て初めて無関心になれる人となった。
目に映る人全てが敵に近しい存在という、ある意味悪意しかないこの世界において、無関心で居られる彼女という存在は想像以上に俺の心を穏やかにしてくれた。
何故なら、少なくとも彼女には殺意を向けなくても良いのだから。
この世界に来て、壊れる寸前まで追い込まれていた俺の心が辛うじて形を保っていられたのは、彼女の温かな声と優しげな表情のお陰だったのかも知れない。
それ程までに、この世界は辛く厳しく理不尽で、不条理だった。
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「っ!?ライ様!」
彼女と出会ってから数ヶ月経ったある日。俺と彼女は実戦さながらの戦闘訓練へ強制的に連れ出された。
そしてその訓練の最中、俺と彼女の関係性を一気に変える事件が起こる。
訓練も半ば過ぎた頃、この世界に来るまではてんで馴染みのなかった武器、【矢】が安全地帯に居た俺を目掛け飛んできたのだ。
俗に言う流れ矢だ。
俺が矢の存在に気付いた時には、何故か先端が丸みを帯びた訓練用の矢ではなく、鋭い矢尻が付いた殺傷能力の有る矢が眼前に迫っていた。以下に実戦的と言えど、所詮今俺達が行っているのは訓練。実戦で使う弓や剣を使えば無用な事故が起こる。
安全性を無視した実戦用の武器を使うのはあり得ない。
と、言う事は……
(また誰かが俺を殺そうとしてるのか…… もう……疲れた)
俺は彼女の声を聞きながら、自分の事なのに何処か他人事の様な心境で心の中で呟いた。
いきなりこの世界に連れて来られ、心の整理をする時間も与えられず、訳も分からないまま俺に戦う事を強制した人々。
その人々は俺にこう言った。
「「「在りし日を思い、かの日々への帰還を欲するなら我等の望みを叶えよ」」」
これはつまり、俺が元居た世界に帰る為には、この人々の望みの為に生き、望みを叶える他ないという事。
その望みを叶えるのにどれ程の月日が必要か分からないし、この人々が俺を確実に帰す保証なんてモノはない。
だが、俺が故郷に帰る為には、この人々の言葉を信じて望みを叶えるしかなかった。
しかし……
毒殺されかけ、撲殺されかけ、殴殺されかけ、蹴殺されかけ、刺殺されかけ、絞殺されかけ、圧殺されかけ、今度は射殺。
どうやらこの世界の人々も決して一枚岩ではなく、少なからず俺の死を望んでいる者達が居るらしい。
ならば其奴等の望み通り、この矢が俺を貫いてくれれば、俺はこんな理不尽から解放されるのではないか?
この世の全ての理不尽を纏ったかの様な矢の切っ先は、俺の額めがけて真っ直ぐに飛翔する。
これなら最小限の苦しみで逝けるだろう。
俺はある種の救いを求めて、スローモーションの様に迫る矢を見つめ続ける。
「危ない!」
その時、彼女の言葉と身体を突き飛ばす衝撃が俺を襲った。
「大丈夫ですか!お怪我は!?」
彼女は泥まみれになりながら突き飛ばされた俺に駆け寄り、同じく泥まみれになって横たわる俺を覗き込む。
状況から判断するに、どうやら彼女は生きる事を放棄した俺を我が身を挺して助けたらしい。
俺を覗き込む彼女の瞳には、何故矢を避けようとしなかったのか。と怒りの色が混じっていたが、彼女が発した声からは俺の事を心から心配し、無事を喜んでいる気持ちを感じた様な気がした。
「あ、あぁ。大丈夫だ……」
「良かった……さぁ、手を」
無事を伝える言葉を受け、彼女はホッと息をついて手を差し伸べた。白く細いその手を取ると、不意に視界がボヤけた。
今更ながら死の恐怖を感じたからではない。
命を、心を救われたからだ。彼女が危険を顧みず俺を助けてくれたからだ。
感情を表に出せば鉄拳が飛んでくる事が多々あるのが今の俺の日常。食事の際も就寝時も暗殺の可能性に怯えなければならないのが今の俺の日常。顔を合わす全員に睨まれ、罵声や罵倒を浴びせ掛けられるのが今の俺の日常。
俺の日常に味方は居ない。俺の周りに味方は居ない。誰も信用出来ない。信頼出来ない。
当然ながら、自らの身を危険に晒してまで俺を助けてくれる酔狂な人は存在しなかった。だが彼女は違った。彼女は俺を救ってくれた。助けてくれたのだ。
この世界に来てから命を狙われる事は多々あれど、己の身を危険に晒してまで助けてもらったのは初めての経験であり、その所為で目頭が熱くなったのだ。彼女は俺の命だけでなく、俺の心も救ってくれたのだ。
急に視界がボヤけたのは、恐怖や怒り以外の感情……安堵と感謝、そして喜びの感情から溢れ出た涙の所為だった。
この理不尽で不条理でクソッタレな世界でも、俺を心から気遣ってくれる人が居る。
「……ありがとう」
「気にしないで下さい。当然の事をしたまでです」
俺は彼女の差し出した手をしっかりと、力強く握り返す。
俺はこの世界に来て、初めてこの人を。
彼女を。
信じてみても良いのではないかと思った。
思ってしまった。
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ワァァァァア!!
暗闇に揺蕩う俺の頭に声が響いた。それは男や女、幼子や老人等、性別や年齢を問わない人々の声。人々はまるで何かを称えるかのように、喉よ枯れろと言わんばかりに声を張り上げている。
心地よく暗闇に揺蕩う俺の神経を逆撫でするかの如き声の濁流。
(煩い。頼むから静かにしてくれ。俺は漸く、漸く目的を果たした直後なんだぞ。少しくらい休ませてくれ。)
やや意識が混濁する脳内で小さく呟く。しかしその呟きが彼等に届く事はない。
やがて俺の意識は半ば無理矢理に暗闇から引き揚げられた。
「親愛なる国民諸君!我等を長年苦しめた邪悪なる魔王アスラゴートは、我が娘にして勇者! アンリエッタ・ラル・フリージアの手によって滅び去った!」
瞳を見開いた俺の目に映ったのは人、人、人。人の大群。万を超す大観衆。
その大観衆の目線の先に、俺は居た。
背後には純白の建材で建てられた巨城が聳え立ち、眼下にはだだっ広い広場が広がり、無数の人々で埋め尽くされている。
俺の記憶が正しければ、此処はあの国の王都。そしてこの広場はこの国の王が住まう居城の前に作られた広場の筈だ。
ピタリと対称になる様に植えられた木々や花々、立派な噴水が王都の雰囲気を損なわぬ様に荘厳で、しかし暖かみのある空気を醸し出し周囲の人々を包み込んでいる。
やはり此処は俺の記憶通りの場所で間違いないらしい。
そんな広場に作られた大きな台の上に、俺は居た。
広場に集う人々はこの国の国王と呼ばれる初老の男が告げた言葉に歓喜の雄叫び、そして笑顔を持って応えている。
広場に建てられた台の上にはこの国の国王。その傍には苦楽を共にし、数多の戦場で背中を預けあった女性…… 俺がこの世界に来て初めて心から信頼し、尊重し、敬い、頼りにして来た彼女。
そして台の中心に……
磔にされた俺が居た。
「しかしアスラゴートが滅び去ったと言っても安心してはなりません!」
不意に、最も信頼し尊重しあっていた筈の彼女の声が観衆に向けられる。
何故こんな事になっている?
俺は俺をこの世界に連れて来た人々の望みを…… 人間と呼ばれる種族の根絶を目論んでいた魔王アスラゴートと言う怪物を倒した。
そして彼女や共に戦った仲間達と夜通し祝い、酒を酌み交わし、深い眠りに就いた筈。しかし目を覚ませば、俺は大きな首輪をはめられ、木製の十字架に太い鎖で磔にされていた。
この仕打ちはなんだ? これが人々の望みを叶えた者にするこの世界の風習なのか?この仕打ちは感謝の儀式かなんかか?だとしたら悪趣味が過ぎないか?
だってこれじゃ、まるで咎人の様じゃないか。
この状況はなんだ?何故俺は磔にされている?
何故?なぜ? ナゼ?
「この男、ライ・クオンが第2の魔王足る存在だからです!」
尽きぬ疑問が次々と喉まで出かけるが、言葉として発する事が出来ない。息が出来ない。目の焦点が定まらない。気持ちの悪い油汗が止まらない。縛られた手足の震えが止まらない。歯の震えが止まらない。吐き気が込み上げてくる。頭が痛い。
それでも辛うじて思考は働いた。
何故?
改めて心の中でそう呟いた直後、まるで汚物を見る様な…… 穢らわしい物を見る様な目線が、最も信頼していた彼女から向けられた。
彼女の発する声の迫力に飲まれてか、または彼女の発した言葉に恐怖を覚えたのか、さっきまでの喧騒が嘘の様に広場は静まり返った。
観衆は口を塞ぎ、彼女と国王の言葉に耳を傾ける。
「此奴はその強大な魔力を持ってアスラゴートに成り代わり、第2の魔王として世界を支配しようとした! しかし、我がアンリエッタがこの男の野望を見抜き、見事捕らえたのだ!」
「その通りです!この卑しい男が我等に助力したのは、我等の助力を得てアスラゴートという名の邪魔者を排除し、長年の戦争で疲弊したこの世界を手中に収める為だったのです!」
コノ親子ハ何ヲ言ッテイル。
俺はいつの間にか、世界を支配しようとする悪の親玉になっていた。魔王アスラゴートとの戦争で疲弊した世界を手中に収めようとする第2の魔王に祭り上げられていた。
この世界に住む人全ての敵になっていた。
絶望。
このふた文字が俺の心に深く、深く刻み込まれた。
「この男の裏切りは人類への裏切りに他なりません! 共に戦った者の裏切りに、私達は胸が張り裂けそうでした……
しかし、この男を野放しにしておけば人類に安息の日は訪れないでしょう!故に私達は、涙を堪え此奴を捕えました!全ては人類が平和に暮らせる世界の為に! この男の卑劣な思惑を、我等人類は許す訳にはいきません!」
彼女は声を震わせ、俺に背を向ける8人へ目線を向ける。一方の俺は、混乱という名の濁流に飲み込まれていた。
俺はただ故郷に帰る為に理不尽に耐え、不条理に耐え、人々の為に命を賭して戦ったのに。
その褒美がコレか?
この世界の人々の根絶を目的とした魔王を倒したのに。縁もゆかりもない人々の為に己が命を捧げたのに。
その報いがコレか?
「許せない!」
「ライに死を!」
「人類に仇なす者は殺せ!」
「死ね第2の魔王め!」
「地獄に堕ちろ!」
「「「「殺せ!殺せ!殺せ!」」」」
静まり返っていた人々から上がる、ある意味で純粋な言葉の数々。事情を知らない無辜の人々の、無責任で身勝手な言葉。その言葉の刃が、俺の心を抉っていく。
異様な熱狂に包まれた広場に万を超す言の葉の刃が乱舞する。この場に居る者達は俺の死を望んでいる。俺が処刑される事を熱望している。
それでも俺は、彼女を信じた。
(なぁ、こりゃ何かの冗談だろ?だとしたら趣味が悪すぎるぞ。だって俺には魔王に成り代わろうなんて気は毛頭ないんだから。だってそんな事をしても俺にメリットなんてないんだから。)
まるで悪い夢でも見ているかの様な状況に、言葉こそ頭に思い浮かぶが、吐き気が込み上げ声を発する事が出来ない。
それでも俺は何とか自分の意思を伝えようと、涙が流れそうになるのを必死に堪え、目元を引き攣らせながら彼女の方を向く。
すると、目に見えぬ刃に切り刻まれる俺を見て、醜く顔を歪めた彼女と目があった。
……あぁ…… あぁ、そう言う事か。
なんて馬鹿馬鹿しいのだろう。
此処に至り、漸くこの珍妙な事態の真相を悟る事が出来た。
俺は人柱にされたのだ。
この世界の人々では勝つ事が出来なかった魔王を倒す為の人柱に。
異世界人が魔王を倒したという結果を変える為の人柱に。
この世界の住人である彼女が、人類の宿敵を破ったという栄誉の為の人柱に。
彼女が英雄として君臨するには、俺の存在は邪魔でしかない。
俺をこの世界に連れて来た人々は、俺を元居た世界に戻す事に手間をかけるより、人々の結束力を強め、彼女の立場や国王の影響力をより強固な物へとする為の人柱に仕立て上げたのだ。
望みを果たし終えれば、俺は用済みか。
魔王を倒したのは彼女となり、この世界に来る羽目になった因果…… 膨大な『魔力』と呼ばれる力を持つ俺は第2の魔王になる危険性があるとされ、人々の結束の為に早急にそして迅速に、害獣の様に処刑される。
人々は真実を知らぬとは言え、彼女を偽りの英雄として祭り上げ、俺は第2の魔王の汚名を背負う。
以前、彼女が俺を助けたのは、魔王アスラゴートを倒す為に俺の力が必要だったから。そこに善意はなく、あの行動は打算があっての行動だったのだ。
こんな事になるならこの世界に来た時に自ら命を絶っていれば……
訓練の隙に自刃すれば……
あの地の渓谷に身を投げていれば……
数え切れない刺客に襲われた時、抵抗していなければ……
「皆を悪く思わないであげて下さい…… 皆、何時訪れるかも知れない死の恐怖から少しだけ心が荒んでしまってるだけなのです。 魔王アスラゴートさえ倒せば、皆も昔の様な優しい人に戻る筈です…… だから、どうか私達を助けてください」
俺の死を望む数多の声に混じり、石が投げつけられた。
ガツンと衝撃が頭を襲い脳を揺さぶると同時に、思考が麻痺してきた脳裏に何時ぞやか聞いた彼女……… アンリエッタの悲しげな表情と泣きそうな声色が浮かび上がる。
何故俺はあの時頷いてしまったのか。
せてめ彼女を救えるなら、こんな理不尽に耐えてみせると思わなければ……
彼女を信じなければ……
此奴ヲ信ジナケレバ。
「はは…… ははははは!!!」
「何……いきなり笑い出して。恐怖で気でも触れましたか?」
「あぁ実に馬鹿馬鹿しい! 一周回って爽快な気分だ! 俺が裏切ったぁ!?ふざけんな!裏切ったのはテメェ等の方だろぉが!」
俺の笑い声に人々が騒めく。
先程まで勝ち誇った様な醜悪な笑みを浮かべていたアンリエッタまでもが、俺の突然の笑い声に顔を引き攣らせている。
裏切られた。
騙された。
信じなければよかった。
彼女の為に戦おうと思わなければよかった。
恐らく、彼女は俺と初めて会った時から俺を騙していた。
彼女の聖母の様な気遣いは、この世界の人々に対し不信感を隠そうとしない俺の信頼を勝ち取る為。 彼女が1日の半分近くを俺と共に過ごしたのは、俺が自ら命を絶たない様に監視する為。
磔にされながら彼女の言動を思い返すと、そうとしか考えられない。
実に滑稽だ。たった1回助けられただけで彼女は他の奴等とは違うと信じてしまった。彼女の存在にすがってしまった。彼女の微笑や言葉に騙されてしまった。
俺は彼女の存在を有り難いとすら、彼女の存在に救われたとすら思ってしまった。
軽率。滑稽。浅はか。
こんな状況下でありながら、自らの愚かさに笑い声が込み上げ堪える事が出来ない。
俺ハコンナ奴等ノ為ニ必死ニ戦ッテイタノカ。
最初から俺は騙されていたのか。その結末がこれか? こんなクソみたいな結末を甘受しろと?
フザケルナ。
許さない。
許せない。
絶対に許さない。
許してなるものか。
「よく聞けアンリエッタ! いや、俺の声を聞く全ての屑共! 滑稽で惨めで屈辱的で不条理で理不尽で哀れな結末をありがとう! 」
「衛兵! 此奴を黙らせろ!」
「っ…… どうか皆が末永く幸せに暮らせる様に祈りの言葉を送らせてくれ!」
「黙れ貴様!」
俺は木組みの十字架に磔にされたまま叫ぶ。
全身全霊の怒りを言葉に込めて。
俺の言葉を聞く全ての者に災いあれと。
この理不尽で不条理な世界に呪いあれと。
この世界に来てから抵抗らしい抵抗を禁じられてきた俺にとって、最初で最期の反逆。
この場に居る奴等を皆殺しにしようともがいてみるが、頑丈な鎖で何重にも拘束された四肢は身動きすらままならない。
首に付けられた厳しい首輪は、以前街中で見た奴隷が首に付けられていた首輪…… 魔力を媒介にし使用する神秘の力、『魔法』の発現や着用者の筋力等を押さえ込む『隷属の首輪』という道具に酷似している。
事実、俺は動けないならと、この世界に来てから使える様になった神秘の力を……大地を業火の海に沈める魔法を使い、この場に居る屑共を焼き尽くしてやると詠唱を試みる。しかし突如堪え難い頭痛が襲い、魔法を発現させる為の絶対条件である詠唱を唱える事が出来ない。
それはこの首輪に『魔法の発現を妨害する魔法』が組み込まれている事を意味していた。
つまり、今の俺は完全に攻撃の手段を奪われた人の形をした何かに他ならない。
怯えた様子の人々に向けるこの言葉こそ、そんな俺に残された最期の攻撃手段だった。
国王の命により、衛兵が台に駆け上がり手にした槍の石突で殴りつけてくる。
が、悶える様な痛みを感じこそすれ、無駄に鍛え上げられた身体から発する言葉を遮る事は叶わない。
地獄の様な日々を過ごして来た俺にとって、石突で殴られる程度の痛みは日常茶飯事だったから。
だから俺は存分に言葉を述べる事にした。
「いつか俺がテメェ等に、滑稽で惨めで屈辱的で不条理で理不尽で哀れな死を届けてやる!」
「処刑を執行なさい! これ以上痴れ者の言葉を聞く必要はありません!」
「「はっ! 」」
甲高くも聴き慣れた彼女の叫びが響く。威厳のある言葉の直後、男達の返事と共に冷たいモノが俺の腹と首に触れた。
そう感じた瞬間、冷たいモノが触れた箇所が焼ける様な熱を発し、口に鉄の味が広がる。
「ゴフッ…… お、お前もお前もお前もお前もお前もお前もお前もお前もお前も!!! 俺は俺を殺した奴等を! 俺に汚名を着せた奴等を! それを見て見ぬフリした奴等を! 絶対に…… 許さねぇ!」
「な、何故死なぬ!」
「本当に魔王か!」
口から赤黒い液体が吹き出てる。焼け付く様な痛みが3箇所、4箇所と増えていく。
徐々に手足の感覚が無くなり、寒気を身体が包み込む。
それでも俺は目を見開き、俺の死を望む人々の顔を死ぬその瞬間まで脳裏に刻み込む。
男、女、子供、老父に老婆。 老若男女の屑共が怯えた瞳で俺を見つめる。
怯えろ。震えろ。恐怖しろ。
コレが自分勝手な都合を押し付けられ、不条理と理不尽を強制され、騙され、裏切られて死んでいく者の祈りの言葉だ。
「く、屑共に終焉の呪いあ……れ! お……お幸せにアンリエッタ! あは! は、ははははっゴブッアバハハ!」
「悍ましい……」
俺は事切れる最後に、血反吐が混じる笑い声をあげながらこの世界で最も長い時間を共にした彼女に血でボヤける目線を向ける。
意識が無くなるまで笑った俺の耳が最後に捉えたモノ。
それは、かつて恋心すら感じた女性の全てを拒絶するかの様な呟き。
そして自由気ままな風が、死にゆく身体を撫でる音だった。
あぁ、これが無常の風は時を選ばずというヤツか。
ならば俺を撫でる自由な風よ。この呪いを天に届けたまえ。
完全不定期更新予定ですが、良かったら感想やご意見。ブクマやレビューや評価おなしゃす。