無慈悲な決戦(3)
ショウ達が王都に向かうため、ミドラスト河を船で渡っている頃。王国軍も船でミドラスト河上流を渡っていた。
それは進軍ではなく、撤退だった。
幻獣の攻撃に押され防衛拠点を失った王国軍は、ミドラスト河より北側を捨て、王都側に防衛拠点を移すため撤退していたのだ。大河は上流でも河幅は広く、また水深は深い、船を用意して渡るまでの日数を利用して、体制を立て直す作戦だった。
結果、この作戦は失策となる。
幻獣は魔力によって作られた兵器、生物では無い。呼吸が必要ない幻獣は河の底を歩いて進軍した。体制を立て直す前に攻撃を受けた王国軍は、さらなる撤退を余儀なくせれた。
王都シルティアはシルノール平原の南部に作られた元砦だ、同じ平原の北部にも砦がある。ここは魔族が王国軍を攻める時に作った砦だ。300年間まったく手入れされなっかった廃墟の砦に軍人、傭兵、冒険者が集まっていた。
敵が残した砦が王都を守る最後の砦となった。
この名も無い砦が落ちれば、シルノール平原に敵を防ぐ力はなく。王都の包囲を許してしまう。真冬の寒さの中で、耐える戦いが続いていた。
「すごい、この人達、全員王都からの避難民ですか」
「王都だけじゃない、北部は壊滅したらしい」
「出稼ぎの人達も多いから、壊滅前に避難した人も多いはずよ」
「着いたら王都が包囲されて、何も出来ないなんて、無いよな」
「テル君の言う通りかも、馬車の速度を上げるよ」
名も無い砦は包囲されていた。
幾度も王都の部隊が敵の後ろから強襲を仕掛けたが、全て跳ね返された。幻獣部隊の数は日増しに増加、約5万もの大部隊になっていた。
王都に残る兵力 正規兵15000、非正規兵9000、徴兵部隊23000(傭兵も含む)
名も無い砦の兵4000(現在も交戦中)
数では互角以上だが、正規兵は貴族の息子、非正規兵は北部の戦闘で負傷者が多い、徴兵部隊は歩兵部隊なので騎馬隊との交戦は不利である。
結果、王国軍は城下町の人達を逃がす時間を稼いでいる状態だった。
「もう直ぐ王都が見えるよ」
「流石に人は歩いていないな」
「まだ、包囲されてないですね」
「このまま城内まで行きましょう」
この時、名も無い砦は陥落寸前だった。
包囲網の隙間から1000名程の部隊が脱出、王都へ走っていた。幻獣部隊は脱出した兵士達を追った。王都の城壁から、その様子は確認されたいたが、彼らを助けに行ける騎馬隊は非正規兵、負傷者が多く部隊の編成が出来ていない。正規兵は動かない。
「どうして助けに行かない!」
「行きたくても、行けない。死にに行くだけだ」
「追いつかれたら、背中から惨殺されるぞ」
「エミリ、落ち着きなさい。私が行くわ」
「ママ!」
「あなた達はここで見てなさい。錬金術師の戦い方を」
セシリアは馬に乗り、脱出した兵士達を助けに走った。
城壁からは、たった1騎の騎馬が数千の幻獣部隊に突撃するように見えた。脱出した兵士達とすれ違う瞬間、セシリアの周りに魔法陣が現れた。魔法陣は空を覆うように広がり、その中から無数の光る矢が幻獣に向けて放たれた。
「あれだ、俺達が苦戦した技だ。ケビン、分析できるか?」
「ああ、錬金術と光魔法の融合だな。魔法陣で散弾を制御している」
「ケビンちゃん凄い!光魔法かぁ」
「同じ技は使えるか?」
「無理だよ。下手に真似したら、自分が穴だらけだよ」
幻獣部隊は停止し退却した。
セシリアは城内に戻りながら思った。
『遠隔操作もされている。平原での戦いは不利ね』
「す、すごい。圧倒的じゃないか!」
「いいぞ!そのまま幻獣を殲滅だ!」
盛り上がる兵士達、ショウとエミリは心配していた。
『魔力の使い過ぎだ』
「俺達の師匠、凄いな。ショウも出来るようになるのか」
「まさか、真似なんて出来ないよ」
「出来たとしても、真似するな、寿命が縮まるぞ」
「そんなヤバい技、セシリアさんは大丈夫なのか」
「エルフと人間は違うからな」
「エミリさん、それでも、あの魔力は・・・」
「ショウ、ママは大丈夫だ」
幻獣部隊は退却し名も無い砦で待機していた。
その砦に300年前を思い起こしながら、男が立っていた。
「絶景だな」
「ハイドちゃん、悪趣味だね」
「うるさいな」
「残りの幻獣は52000、ここまでで半数が破壊された」
「そうか、人間も強くなったな」
「300年前は弱かったの?」
「エルフやドワーフの援軍がなかったら、圧勝だったはずだ」
「ふーん、今回は援軍は来ないの?」
「周辺の国は様子見だろう。俺達の戦力を測ってる」
「こちらの作戦も様子見でいきますよ」
幻獣部隊はその後、シルノール平原に整列し待機した。
ドレーゼンの作戦は籠城、攻めず守りに徹する。
互いに攻め手に欠ける兵力で、援軍が期待できない状況。王国軍と魔族軍との睨み合いが続いた。
「え?ドレーゼンさんが降格!」
「ああ、失策続きで女王から直接命令が下った。今は近衛部隊の司令官だ」
「だったら俺達には影響が無いな」
「ヴァン君、失礼よ」
「ハハハ、確かに影響は無い。基本的に私の指示で動いてもらう」
「新しい最高司令官は誰が就任されたのですか?」
「女王の息子。ミカエル王子だ」
王国軍の状況に変化が起きた。
進展の無い睨み合いに、痺れを切らせた女王は最高司令官を交代させ、新たな作戦が実行されようとしていた。




