無慈悲な決戦(1)
王国軍北部国境警備隊第16兵団 軍長イムール・レバンの日記より
「今日も、雪が降った。いよいよ冬本番、国境警備で最も辛い季節。我が第16兵団が、異形な姿をした軍隊の行軍を発見。直ちに伝令と応援要請を行なった。異形な姿とは、頭部は牛、胴体は人型、腰から下は4本足の獣、蹄の足跡から馬と考えられる。騎兵と呼ぶべき兵の数は100騎、鉄製の剣と盾を持ち、我等の駐屯地へと行軍していた。防備を整え騎兵200歩兵300、計500で迎え撃つ。準備は万全、明日の武運を願う」
「ドレーゼン、北部に5万もの部隊を派兵とは、どうゆう事かな」
「魔族軍の進行に対処する為、国境警備の増強です」
「王都の守りが手薄になるぞ」
「そう、2度も魔族の侵入を許して、責任を感じてないのかね」
「北部は同時多発的な襲撃を受け、兵達は疲弊しております」
「国境など冒険者に討伐依頼を出せば良い」
「その冒険者達も交戦中です。援軍を求め、通信魔導具が混線中です」
「君の御父上の時代には、こんな反乱など簡単に鎮めていたがな」
「多勢に無勢、このままでは河の対岸は魔族に蹂躙されます」
「我々も援軍を送るなとは言っていない、問題は質と量」
ドレーゼンは王国軍の総司令官だが、自由に軍隊を動かせるわけではない。特に大部隊になると議会の承認が必要になる。ミドルティア王国は貴族が議会を運営している為、貴族に不利益になる派兵には消極的になってしまう。
王国軍北部国境警備隊第16兵団 軍長イムール・レバンの日記より
「異形の騎兵隊を撃退して3日後、同じ異形の騎兵隊が進行して来た。本軍からの情報で幻獣と呼ばれる兵器と知った。死体を埋める必要が無いのは助かる。敵の動きは単純で癖を見極め撃退する。しかし、美しい程に整った隊列が攻撃機会を奪い、負傷者が増えている。援軍が到着するまでの辛抱、雪が積もれば幻獣も行軍が遅れるはずだ。無理はせず防衛に徹する。
「閣下、次の会議は幻獣の報告と対策です」
『2万の非正規部隊、正規兵は無し、老人達からすれば妥当な数だな』
「なお、マナ殿は体調不良の為、ルキア殿が参加されます」
『2万の部隊では、もって10日、敵の行軍速度によっては8日』
「つまり、騎馬隊と考えて、対抗策を準備するべきです」
『正規兵は貴族の坊や達、戦力外が王都に残る』
「攻撃の型は単純ですが、隊列は完璧です。無駄のない動きで弱点がありません」
『防衛範囲の広さを考えると・・・』
「閣下、ドレーゼン閣下、よろしいでしょうか」
「ん、ああ、任せる」
「では、敵の呼称はミノ・ケンタで、騎馬には騎馬で応戦する、以上」
通信魔導具が混線した為、前線との連絡に支障が出でいる。
援軍部隊の兵数が足りいない、その部隊も効果的に配備されない。不十分な対応が前線で戦う兵士達を苦しめた。
王国軍北部国境警備隊第16兵団 軍長イムール・レバンの日記より
「雪が降り積もり、体が凍える。援軍はまだ来ない。敵部隊は数日おきに100騎づつ襲撃してくる。残った兵は157名、全員が負傷している。逃げても無駄だ、敵部隊の機動力に背を撃たれる。援軍さえ、援軍さえ来れば、馬の蹄の音が聞こえる。援軍か?幻獣か?もう駄目だ
セイラ 愛してる 子供たちを頼む」
豪雪地域に位置する北部の人々は、冬期は王都や南部の町に出稼ぎをする。この習慣が軍隊への食料供給を遅れさせ、寒さと空腹が兵士達の気力を失わせる。
寒さも空腹も情けさえ感じない幻獣には、例え5万の援軍があったとしても、結果は変わらなかったのかもしれない。
絶妙な時期に侵略を仕掛けた魔族軍の幻獣部隊は、行軍速度をさらに加速させながら南下する。
「北部国境警備隊が壊滅だと、いったい何をしていた」
「5万の援軍が2万に縮小させられました。当然の結果です」
「まるで我等に責任があるような言い方だな」
「他に見当が付きません」
「ドレーゼン、自分の立場が分からぬのか」
「ご安心下さい。直ぐに分かります」
「何を言っている」
「おい、どこへ行く、ドレーゼン」
ドレーゼンは会議室を退室した。
直後、会議室に黒い霧が立ち込める。黒い霧の中で貴族議員達は、何も見えず、何も聞こえず、闇の中へ消えていった。
「もう、入って大丈夫です。貴族も魔法も消えました」
「そうか、ご苦労だったな、マナ」
会議室には誰もいない。衣服と装飾品だけが残された。
「すごいな、これが闇魔法か」
「生命体だけが、無に帰ります。それで、その」
「私の望みが叶えられた時、君の望みも叶える。安心しなさい」
魔族軍が侵略を強める中、貴族議員が忽然と姿を消した。
この緊急事態に女王は、軍部に対して独断での派兵を許可した。さらに、各ギルド、各地の領主へ緊急徴兵令を施行し、国防の増強をはかった。
その最高司令官にヘンリー・ジョン・ドレーゼンを指名した。




