異次元の格差婚(下)
婚約パーティー当日、天気は快晴、秋の香りを感じる暖かな太陽が昇る。
パーティーの会場は裏庭、大通り側は道具屋の店舗、店舗の奥に住居、その奥に裏庭があり裏口が裏通りにつながっている。
アルストリアの古くから栄えた地域は、同じような奥に長い建物が並んでいる。
薬局との土地を仕切る塀を取り外し、家々の間を会場への通路にしている。
親戚が大通り側で待機して、受付をして会場へ入ってもらう。僕とリコは会場の入り口で招待客に挨拶をし、お酒をつぎ、食事を勧める。これを繰り返す。時計がないので何時スタートが出来ないからだ。
それでも示し合わせたように、次々と招待客がやってくる。
「あなた、スピーチはまだよ、メモしまって」
「無くしたら、どうするのよ」
「パパ、僕が持つよ」
不安な声が聞こえる。
親戚は早めに来て準備している、招待客はリコの友人と商工ギルドの関係者が殆んどで、会った事がある人もいるが、それどころではない。リコの友人も簡単な挨拶だけで、会場内に入って行く。
「ショウ!おめでとう」
「ショウちゃん、おめでとう」
「ショウ君、おめでとう」
「ショウ、おめでとう」
「ありがとう、楽しんでね」
僕の招待客が来てくれた。
と言っても全員で4人だ。エルフの家族とタリムさん家族を含めても10人、リコの招待客は30人で親戚を含めると50人にもなる。
「婿さん、トーマスさんに遠慮したのかしら」
「まさか、この広さなら、もっと呼んでも」
「冒険者してた、らしいわよ」
「冒険者でも親戚はいるでしょ」
不安な声が聞こえる。
今更、後悔しても仕方がない、婚約パーティーをつつがなく、終える事の方が大切なのだから。
「タリムさん、お久しです」
「なんで震えてるの」
「汗も凄いですよ」
「その、クシャクシャの紙、何ですか」
不安な声が聞こえる。何回目だろう。
全ての招待客がそろった、主役の僕達は専用の席に移動して並んで座る。リコの横には母親のリースさん、僕の横にはセシリアさんが座っている。
進行役が開会の挨拶を始める。なんだか外が騒がしい。
「なんだ、こんな時に押し売りか?」
「ハハハハ」
会場が笑いに包まれる中、鎧を着た兵士が数人、入って来た。
会場が静まり凍りつく中、鎧を着た兵士が整列、剣を掲げた。
「私を招待しないとは、失礼な部下だな」
「ドレーゼンさん・・・出来ないですよ」
「冗談だ、アルスウエストの落盤事故の視察の道中でね。参加して構わないかな」
「もちろんです、是非どうぞ」
「兵達は表で待機、通行人の邪魔にならぬよう配慮せよ」
思わぬ来客に会場がザワザワしている。
「えー、それでは始めますよ。親戚代表のスピーチをお願いします」
「リコの叔父エドワードです。皆様、お忙しい中、婚約パーティーに・・・」
形式に習ったスピーチが始まった。
ここまで来れば主役の僕達は只の飾りだ、食事を取りながら進行役に任せれば良い。ドレーゼンさんはアグレイさんと何か話している。近くに仲間達がいる、その横で・・・不安要素を思い出した。
「ありがとうございました。続いてのスピーチをタリムさん」
「あなた、しっかりして」
「パパ、汗でインクが」
駄目だ・・・こりゃ。
「私が行こう」
ドレーゼンさんがスピーチの壇上に上がった。
「王国軍総司令官ヘンリー・ジョン・ドレーゼンです。ショウ君とは血縁関係はありませんが、軍では上官は兄であり、父であると考えています」
総司令官という役職のせいか、会場がザワザワしている。
「ショウ君は王国軍第3近衛部隊に所属してます。また御両親、御親戚も王国軍の重要な部隊に所属してます。軍の機密事項の為、彼の生い立ちは聞かないで下さい」
会場がザワザワが消え、皆がスピーチに注目する。
「ショウ君は優秀かつ信頼の厚い存在です。またエルフ語にも堪能で、ここアルストリアで勉学に励んでいます。この美しい町で美しいお嬢さんを花嫁に出来る、ショウ君は勉学に励んでいないようです」
「ハハハハ」
「先日、王都で戴冠式がありました。ショウ君は前日深夜の警備を担当しました。その折にリコさんを紹介され、今日の良き日を迎えられた事を喜ばしく思っています。若い2人の幸せを願い、スピーチとさせて頂きます」
静かな会場から、割れんばかりの拍手が響く。
人の上に立つ人って、何でさらっとスピーチ出来るんだろう。
「え、ありがとうございました。続いて・・・」
こうして、婚約パーティーはつつがなく終了した。
「ドレーゼンさん、今日はありがとうございました」
「なに、礼には早いよ」
「?」
「総司令官殿、すばらしいスピーチでした。なんとお礼を申し上げればいいか」
トーマスさんが超ご機嫌だ。
元々、見栄を張る性格の人なので、娘の婚約パーティーに総司令官殿が来て嬉しいのだろう。僕も正直、格差が埋まって安心した。
「礼には早い、馬車の巡回ルートを兵に教えてくれ」
「?」
「えっと、地図をご用意します」
トーマスが地図を持ってきた。
大通りで待つ兵士達の元へ行くと、僕は体が震えた。
ラッパにタイコ、軍旗、赤い派手な軍服を着た兵隊が綺麗に整列している。
「こ、これは・・・」
「王国軍第2近衛部隊だ、鼓笛隊と言った方が一般的かな」
「なんとも、総司令官殿の粋な計らい、お礼の言葉もございません」
「さぁ、始めよう」
既に周囲には人だかりが出来ている。
ドレーゼンさんが豪華な馬車に、リコをエスコートして乗せ、僕に手招きする。
豪華な馬車は2階建で上の階の屋根は無い、凱旋パレードで使用する専用の馬車らしい。
「王国軍第2近衛部隊!整列!ショウ殿!リコ殿!に向け、敬礼!」
周囲から拍手が起こる。
上から見下ろすと、ヴァンとテル、マナは固まっている。ルキアとエミリさんはお腹を抱えて苦しそうだ。タリムさん家族は拍手をしている。
「ショウ君!胸を張りなさい!」
「ショウちゃん手を振るのよ!」
アグレイさんとセシリアさんの声に、ルキアとエミリさんはお腹を抱えて倒れこんで、息をするのも苦しそうだ。
笛の音が聞こえ、ラッパが鳴る。
タイコのリズムで行進が始まる。
鎧を着た兵士が旗を掲げながら、馬車を先導する。
こうして、黒歴史は長く人々に語り継がれた。




