新人冒険者(2)
宿屋に入り2階に上がると、ヴァンとテルが廊下に立っていた。
チームとは別行動だが、部屋は同じ大部屋に泊まっている。
「おかえりー!今、女子が使ってるー」
ヴァンが手を振る、テルは小さく手を上げる、僕も手を上げあいさつ。
宿には風呂がないので、濡らした手ぬぐいで体を拭く、女性2人が使っている時は、男は廊下で待つ。
ヴァンは剣術士、明るい性格だが愚痴が多い、ギルドの教官に天才と言わせた剣の腕前で、両手剣を使いアタッカーとしてチームを引っ張っている。
本名は山本雄一だが、この世界には戸籍がないため、ギルドに登録した時、ゲームの主人公の名前をつけていた。
テルは槍術士、責任感が強く冷静な判断ができるタイプ、長い槍と大きな盾を使うナイトのような初期装備だったが、今は槍だけを使っている。
本名は佐々木照雄。
「お待たせ、あっ、ショウ君、おかえりなさい」
「ただいま」
「おかえり、食堂でご飯、頼んどくねー」
「よろしく」
男達はサッサと体を拭いて食堂へ行く。
食堂は1階だ、丸いテーブルに背もたれのない椅子、料理は美味しくないが安いので、いつもここで食べる。
マナとルキアは食事中も帽子をかぶっている。召喚された時は全員、丸坊主だった。2ヵ月たって髪は伸びたが、女の子にとっては短すぎる。
マナは魔術士、しっかり者の印象が強いが、この世界に来たときは、かなりおびえていた。本名は吉田真理奈。
ルキアは聖術士、妄想癖のある天然キャラと思っていたが、男性同士の漫画が好きなオタクだとわかった。本名は鈴木陽子。聖術士は主に回復役、防御魔法も使えるが攻撃魔法は苦手。
全員無言で食事を済ませ部屋へ戻る、速くしないと酔っ払った冒険者に絡まれてしまう。見た目は15歳の若い冒険者なので絡まれやすい、しかし中身は全員アラサーなので、リスク回避能力は高い。
部屋は大部屋を貸し切っている、貸切と言っても6人部屋なので、余るベッドは1台だけだ。2段ベッドが3台ある部屋の右側を女性陣、左側と真ん中上を男性陣、真ん中下をテーブル代わりとして使っている。
僕は火魔法でランプに火を付けた、電気がないので夜はランプで生活する。
「あー、スシ食いてー」
「ヴァンちゃん、昨日はラーメンだったよー」
部屋に入るとすぐに、ヴァンとルキアの愚痴が始まる。
自分たちが異世界人、という事は秘密にしている。
王都で「混乱を招くため他言無用!」と強く言われた。
なので他人がいない時にしか出来ない会話だ。
「しょう油!しょう油があれば、今日の肉だって美味くなる!」
「私は、マヨかなぁー、から揚げにマヨー」
「マヨネーズって作れた、ん?・・・卵と油と・・・なんだっけ?」
「やめてよ、こっちも食べたくなるから」
僕は記憶を探りながら言った。ネットで見た覚えがあるが、忘れてしまった。
全員日本人なので、異世界に来てもソウルフードは同じだ。
「今日の稼ぎは、50Sと80B、それとショウ君の5Sでした」
会計役のマナが、シルバーとブロンズ硬貨を並べながら言う。
僕は自分用に少し貯めているが、チームにお金を入れている。
「必要経費は?」
「・・・宿代と食費で8Sと40B、あと、毒消し薬を買ったから・・・」
「また、噛まれたの?」
僕はヴァンを見ながら言った。ヴァンはテルを小さく指差した。だから経費を気にしていたのか。
暖かくなり毒蛇も活発になっている。毒消し薬は、15Sと高いが、使わないと死んでしまう。
「今まではヴァンちゃんの役目だったのにねー」
「噛まれたのは2回だけだぞ!」
「はいはい、経費は23Sと40B、利益は・・・32Sと40Bでした」
過去最高益だ、レベルが上がって討伐の効率が上がっているのだろう。
正直、羨ましい。
お金の話しが多い、王都を出る時に武具と支度金をもらったが、服や下着、生活用品、それを入れるバッグなどで、底をついてしまった。
僕はテルが気になった、顎に手を当て暗い顔をしている。
「テル、どうした?暗い顔をして」
「いや、ちょとな・・・」
「なに?体調?悪いなら早目に言ってよ、私みたく寝込まないように」
マナは先週、風邪をこじらせて寝込んだ、薬局へ行き薬を頼んだが、この世界にも風邪を治す薬はない。代わりに上級回復薬を飲んで寝るしかない。
「病気は体力勝負」タリムさんが言っていた。
「体調じゃない、槍の調子なんだ」
「槍?」
「先が曲がって、きてるんだ」
「折れそうなの?」
「いや、まだ大丈夫だが、鍛冶屋に聞いたら、無理すると折れるかもって」
「直るの?」
「今なら、1Gで直るらしい、折れると高いぞって言っていた」
「ゴールドかぁ、でも直した方が良いよ。折れたら大変だよ」
「そうだよー槍が折れたら、ショウちゃんの『弓矢ポキポキ事件』より大変だよー」
「ルキア!」
マナがルキアを怒る、僕は気にしてないと笑った。
『弓矢ポキポキ事件』とは、僕の矢が何本も続けて折れた話しだ。
弓術スキルが低かった時は、矢は浅く刺さっていた、スキルが上がると深く刺さるようになる。
刺さった矢は抜いて、何度も使うのだが、深く刺さった矢は抜きにくい、そして『弓矢ポキポキ事件』が発生した。
矢は1本20Sと安くない、それが何本も続けて折れたら、大赤字だ!
弓術士はコストパフォーマンスが悪い、そのため戦いに参加できなくなった。
「よし!明日、朝一で鍛冶屋に行こうぜ、俺の剣も見てもらっとく?」
「そうだな、見るだけならタダだ」
「武器って大変ねー」
魔術士や聖術士は武器を使わず魔法を詠唱する、補助装備として短剣を持っているが、使う時はピンチの時だ。
「キズ薬も買っとく?」
「帰りに寄ればいいよ」
「明日は薬局お休みだよ、山菜を取りに行くって」
「山菜!天ぷら?」
「天ぷらは、ないと思うけど、僕も一緒に行くから遅くなるかも」
明日の予定も決まり就寝、ランプを消すと真っ暗になる、僕はこれからの事を考えた。みんなレベルが上がり、僕だけ置いて行かれている。
先が見えないから人生は面白い、なんて気楽なことを言っていた人が羨ましく思った。




