堂本病院物語
「教授!なんとかしてください(もらえませんか)!」
医師達の代表として准教授が、看護師達の代表として看護師長が教授室に押しかけた
本来ならば国立大学の医局すべての頂点に立つ教授の部屋に押しかけるのは御法度
それにもかかわらず代表が押しかけたところから事態の重要度は高い
「宇佐美医師か?」
「「そうです!」」
教授の問いに速決する二人
「はあっ」
教授は混迷する事態にため息をついた
宇佐美医師
外科医としての腕は良いが、そのプライドは高かった
そのせいで同僚の医師達を見下した言動が多かった
手術中に些細なトラブルが生じるとすかさず「そんなこともできいのか?」と言った
先輩医師が咎めると「ワタシ失敗しないんで」とせせら笑った
看護師達への指示も常に高圧的であった
患者への態度も同様だった
歯に衣着せない分、深刻な病状の患者からははっきり言ってもらえてよかったとのレアな感謝はあったが
そんな嫌われ者の医師をやっかい払いする意味で1年前に系列の地方の孫病院へ飛ばした
任期の1年をまっとうして先日帰ってきたら人格が変わっていた
まず人当たりが以前よりは良くなっていた
いや、良すぎるほどになっていた
食堂にいけば誰彼かまわず話しかけるようになっていた
「今日は立てこんでましたね、ようやく食事が出来ますよ」
にこやかな笑顔でそう言ってくる
「そうですね」
昔とは異なる態度にビックりして返事するとさらに笑みが増す
そこからは話に花が咲く
同じ職場なのだ
医局での噂話、患者間でのトラブルと話のタネはつきない
ここまで聞くと良かったと笑い話になる
しかし良すぎる所が問題だった
初日は話好きになって戻ってきたですんだ
3日もたつとプライベートの話まで突っ込んでくるようになった
1週間後は仕事から私事に至るまで親切心からの忠告が入るようになった
この親切心というのがやっかいだ
見るからに邪心がないのだ
言われた方も「そうですね」といえばそこで話しは終わる
その後も「どうなりました?」と聞いてくることはない
しかし忠告の数が1個、2個、10個、100個と増えると問題だ
さらに忠告する人の数が多いのも問題である
准教授、講師、助手、インターン、学生、看護師、患者、医療会社の営業、掃除人・・・
病院にいる人すべてにおよぶ
忠告を聞いて助かった人がお礼を言ったとする
そうすると忠告内容をしっかり覚えていて的確に返事を返す
最初は気にならない
しかし他の人とのお礼の会話を聞いたりもする
いつしか監視されている?
ストーカー?
いつしか影では宇佐美医師ではなくウザミ―と呼ばれ、持て余される存在になった
そこで皆がそれぞれの上司である准教授と看護師長に泣きついた
「朝、病院に出勤するのが苦痛になった」
「病院にいると片頭痛がする」
「夜眠れなくなった」
「廊下を歩いているといつのまにか隣にいて話しかけてくる」
等々
そこで冒頭の異例の直訴につながった
すでに製薬会社や清掃会社から苦情が来ていることもあり教授は頭を抱えた
帰ってきたばかりなので、また外に出すわけにもいかない
これだけ噂になったなら出す先もない
「そういえば宇佐美医師と交代でインターン(見習い医師)が堂森病院に行きましたね」
准教授が思い出したように言う
さらなるトラブルの予感が出てきた
堂森病院に関わったばかりに苦労をする教授の苦難は始まったばかりである