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 キース・レイナード、魔術師大国とも、光の皇国とも名高いこの国で、一番二番を争えるほどの権力を持つレイナード公爵家の一人息子である。父親に、現国王陛下の実弟でありながら、闇の魔術師としての名声をあげ、魔術師団長を務めている国民の憧れとなっているシリウス・レイナードを持つ。


 次期公爵と名高い彼の一日は、朝日が昇る前から始まる。


 次期公爵でありながら、経験を積むために騎士団に所属しているキースの目覚めは早い。朝日が昇らぬうちにベッドから起きだし、さっさと準備を済ませると始めるのはもちろん剣術の稽古である。大陸でも有数の魔術大国であるこの国では、騎士にも色々と種類があるが、その中でキースが所属しているのは近衛騎士団というエリート集団である。


 近衛騎士団には基本的に、剣術を扱いながらも魔術を駆使して戦う魔剣騎士が採用され、キースもその例にもれず魔剣騎士としての能力を有していた。魔術を使いながら剣を使うと聞くと、小さな子供たちは派手な魔術の練習を思い浮かべるらしいが、魔術剣士の基本は剣術である。キースはその訓練を欠かさず起きてすぐにすることに決めていた。


 朝日が昇るまで徹底的に型の練習をしてから、朝一の人がまばらな食堂で食事をする。ここでしっかりと食べておかなければ、昼までに倒れることは間違えない。がっつりと朝食を取り終え、一度自室に戻れば、同室である同期の騎士たちが準備を始めている。


「おう、相変わらず早いな、キース。

 今日こそお前から平和だったって聞けるの楽しみにしてるぜ」


「今日は定例会と茶会がある。

 平和になると期待はできなくはない」


 にやにやと笑う同期達に適当に返事をしながらも、軽くシャワーを浴びて近衛騎士の制服に着替える。食堂に騎士たちが集まりがやがやとし始める時間に、キースは寮を出て王宮へと向かう。眠そうに見張り番をしている後輩たちに声をかけながら、大広間などが集まっている区域を足早に通り抜けていく。各部署の本部や執務室などか集まっているこの辺りは、早朝でさえも人が途切れることはない。


 図書館の前を通り抜け、建物から一度出たところで外廊下を歩くことになる。この辺りで警備をしている騎士たちは、中堅のベテランたちであり、この時間でも決して眠そうな顔は見せない。目礼をしながらそのまま突入するのは、王族が暮らしている居住区である。手前の辺りは侍女や女官が詰めているので、この時間から活気がある。知り合いの侍女を捕まえて、手早く今日の朝食を訪ねてから、厳重な魔術の施してある大扉を開いた。


 この先は魔力登録をされた人物のみが入れる区画となり、基本的には皇族と彼らの世話をする侍女や従者しか入ってこれないようになっている。迷路のようになっている廊下を迷うことなく進み、実質一番奥にある部屋へとたどり着くと、ノックをしながらも返事を待たずに中へと入った。


 皇族の部屋はまず最初に小さな正方形となっている間があり、そこで訪れてきたものをチェックする魔術が発動する。それから部屋付きの侍女か従者が出て来て主へと伺いを立てるのが普通なのだが、この部屋は違った。まず、四六時中詰めている侍女も従者もいない。魔術が発動すると、すぐに奥にある扉ががちゃりと自動的に開いた。


 扉を大きく開いて中へと入れば、サンルームとなっている。朝日が目一杯注ぎ込み、庭を一望することができる大きな窓から少し離れたところに華奢なティーテーブルのセットが置かれ、その上はすでに食べ物が並べられていた。ふわりと香り立つ紅茶は、つい最近発売されたという、城下町でも一番有名な紅茶店の新作フルーツティーだ。


 朝日に揺らめく紅茶が入った上品なカップは、千年の歴史を誇る老舗食器メーカーの一品物。貴族たちが見れば、興奮して仕方がないだろうそれらは、彼らに手を取られてしまえば些細なものとなってしまう。


「今日も間に合わなかったな、キース」


「おはよう、近衛騎士のバッジが曲がっているわよ?」


 たった二つしかない椅子に座る彼ら、この国が誇る第一皇子であるルテールと皇女ルイーゼが似たような顔に、全く印象の違う笑みをキースに向けた。双子の兄妹である彼らは、その膨大な魔力の関係から一つの大部屋を簡易的に二つに分けて使っている。その為、サンルームなどは共同で使っており、朝食などは共に取っているのだ。


「・・・どこでその食材を手に入れた?」


 そして双子はもちろん、王弟の子であるキースとは従兄の関係にある。米神を抑えながら、食事を睨みつけるようにして問いかけるキースに、二人はくすくすと今度は同じような笑みを浮かべて顔を見合わせた。


「どこでしょう」


「お前はいつも遅いからな」


 皇族の食事の時間は決まっており、同じ時間に部屋へと運ばれる。毒見の関係でそうなるので、決してその前に食べ物が皇族の元へと届くことはないし、そのようなことはあってはいけないのだ。が、何故だかこの双子の元にはその時間の前に食事があるのだ。


 近衛騎士としてのキースの仕事の殆どは、この二人の護衛である。朝食から夕食が終わるまでがキースの勤務時間であり、キースの出勤時間は、朝食が届く三十分も前のことだ。三十分前に主につき、今日の予定を従者たちと確認してから朝食の時間というのが普通の流れである。


「朝食の配布時間はまだだろう。

 ・・・今日はどこからもらってきたんだ?」


「今日はテールが貰って来たわ」


「昨日はルーが貰って来たな」


 いまだにほかほかとした湯気の立っているパンを始め、朝にピッタリなポタージュや、健康を考えているのだろう色とりどりのサラダ、グラスに入った果汁ジュースに、スコーンと艶やかなジャム。どこをとっても皇族が食べて差支えが無いようなレベルのものだ。


 それをキースがいない時間帯は侍女も従者も決して近づけない彼らが、キースが来る前に揃えて朝食を始めているというのは不可能に近い事である。このような不思議な朝食が始まってから、何が行われているのかを確かめようとキースは何度もここで寝ずの番をしたことがあるし、不意打ちのようにとても早い時間に来たこともある。だが、いつもキースが目を少し離した一瞬の隙で、この朝食は揃えられてしまうのだ。


 どこで貰ってくるのかを聞いても、はぐらかすような答えであって答えでないような返答しかない。厨房に聞いても、決して毒見の前に通すことはしないと答えるし、他の者たちもこの部屋に食事が運ばれているところを見たことがないと答える。実際、そうなのだろう。だからこそ謎が深まるばかりで、一向にその答えは出ないのだ。


「キースも食べればいいわ」


「今日のパンは特に美味しい。

 騎士寮の食事もいいけど、たまにはこういうのも食べたら?」


 ぱちん、とルテールが指を鳴らすと、おそろいの華奢な椅子が一つ現れ、どうぞとでもいう様にかたりと一度だけ動いてテーブルの前に納まった。これもいつものことであり、キースは昨日やったのと同じように深いため息をついてからその椅子に座った。


「せめて俺が来るのを待ってくれないか。

 毒見ぐらいはさせてくれ」


「いやだわ、キース。

 毒だなんてそんな物騒なことを言わないで?」


「そうだよ、こんな朝からそんな怖い言葉を聞いていたら、昼前には僕たちは殺されてしまうかもしれないだろ」


「昼前に殺されてしまう前に、俺に毒見をさせてくれ。

 物騒なことを防ぐためだ」


 肝心なところを上手くかわしながら、どこか違う方向へと話を持っていく癖がある二人に釘を刺してから、今更ながらとは思いながら全ての料理を少しづつ取り分けて口に入れていく。どれもこれも上品でありながら、飽きを感じさせない味である。


「キースは一番初めに髪がなくなりそうだわ」


 朝から怒ってはだめよ、なんておっとりとした笑みを浮かべながら、一人前にキースを心配してくるルイーゼに、誰のせいだと言い返しながらも今更ながらの毒見を済ませて少し安堵を得る。この二人が毒をそうそう口にすることはないとわかっていながら、いつも心配になってしまうのだ。


「おいしいだろう?

 コーヒーと紅茶、どちらか入れてあげるけど、どっちがいい?

 ああ、別にそこにある果汁でもいいけど」


「いらん、もう飲んできたからな。

 おいしいのは事実だが、問題は解決していない。

 どこで手に入れてくるんだ、これらは」


「さあてね、知りたいなら頑張って調べることだ。

 ルー、そろそろ着替えておいで」


 部屋着用の簡易なワンピースを着たままであったルイーゼが、ルテールの言葉に頷いて奥へと姿を隠す。ルテールはそれを見送ると、にぃっと口角をあげてキースを見た。


「楽しい事だよ?」


「・・・お前の楽しいことは碌でもないことだと昔から決まってる」





 朝食が終われば、ルテールとルイーゼは各々の執務室へと向かうこととなる。いまだに静かな皇族の居住区を抜けてから、次に通っていくのは庭園の中を通る道である。キースが一人で使う道は、侍女や従者たちなどが使うもので、皇族が使うのはまた別の道だ。


「あら、綺麗な蝶だわ」


「どこが綺麗なのさ?

 蝶って言っても、虫の一種であることには変わりないだろ。

 それよりも花の方が美しいと思うけど」


「テールはわかってないわ。

 動く美しさというのもあるのよ。

 ・・・お花も好きだけれど」


「ルテール殿下、ルイーゼ様、足を動かしてください。

 今朝は定例会があると伺っていますが」


 この庭園の道は、双子がよく足を止めやすい場所であり、午前中に会議などが無い日に二人だけにしたりすれば、あっという間に彼らはここで時間を費やしてしまう。幼児か、と突っ込みたくなるところだが、勤務中ということでその言葉を飲み込んだ。


 双子の部屋から出れば、近衛騎士の制服を着ている間は、キースは騎士として丁寧に彼らに接しなければならないので言葉は丁寧だが、どこか慇懃無礼な声音になってしまうのは仕方がないだろう。早くしろと言外に告げるキースに、双子は楽しそうに顔を見合わせてからゆったりとしていた歩調を少し早めた。


「定例会に出るのはテールだけだもの、私は庭園にいてもいいのではないかしら」


「執務室で護衛と合流してからにしてください」


 定例会に常に出るのはルテールだけではあるが、今の護衛はキース一人しかいないので、先にルイーゼを執務室へと送り届けて他の近衛騎士に護衛を引き継がなくてはならない。護衛もなしで庭園で遊ばせていたと知られれば、叱られることは誰よりもキースは分っていた。


「今日の護衛は誰かしら?」


「女性騎士がジャネット、近衛騎士がケンダルです。

 今日は特別なことは何もないと聞いていますが、昼下がりに第二妃であるディオンヌ様主催のお茶会があります。

 前回は欠席されたと聞いておりますが、くれぐれも今日は出席なさってください」


「今日は陛下が参加するっていうから、ほとんどの面子が集まるだろうから。

 僕も強制参加だ」


 面倒この上ない、と肩を竦めるルテールに、ルイーゼはふぅん、とさして興味もなさそうに頷いた。双子の母親である第一妃は随分と昔になくなっており、現状で一番力のある妃の第二妃とはあまり交流をもっていない。定期的に、皇女や公爵家の子女を集めて開かれる第二妃ディオンヌの茶会に、ルイーゼは全くといってもいいほどに顔を出していなかった。


 それについて苦言をされるのは、一番近い立ち位置にいるキースだった。ルテールもルイーゼもどこか近寄りがたい空気を持っているので、近衛騎士として二人よりもずっと他者とかかわりがあるキースに話が来るのは自然なことではある。だが、そのキースがそれを伝えたとしても、この双子が言うことを聞くかどうかは別であった。


「おはようございます、ルイーゼ様、ルテール殿下」


 居住区域から出てすぐの所で、ぴっしりと髪をまとめた女性騎士が三人を迎えた。ルイーゼ付きの女性騎士であるジャネットである。比較的長くルイーゼの騎士をしているジャネットは、非番ではない限りはこうしてすぐ近くまでルイーゼを迎えにくることが多い。


「おはよう、ジャネット。

 それではテール、定例会頑張って」


「ありがとう、ルー。

 またあとで」


 まるで恋人が交わすように、頬に口づけを送りあい、とても悲し気に別れを告げている二人にため息が込み上げてくるのを感じながら、キースはジャネットに視線を向けた。


「ジャネット、今日は昼下がりに第二妃主催のお茶会があるので、くれぐれもルイーゼ様を逃がさないようにしてください」


「お疲れ様です、キース。

 今朝の定例会は昼の鐘までと決まっているそうです」


「わかった、ありがとう」


「いえ、それでは」


 双子たちが挨拶を交わしている間に、ジャネットと軽く情報交換をしてから、ルイーゼと分かれる。皇族の執務室と、会議が行われる広間は方向が違うので、こうしてジャネットが迎えに来ることで少し時間を巻くことができ、少々の余裕をもって広間へとたどり着くことができた。


 定例会用に整えられた広間は、大きな円卓が置かれ、皇族が入場する時間には各部署の代表席は全て埋まっている。一番奥にある玉座の右隣の席が第一皇子であるルテールの席となる。開け放たれた重厚な大広間の扉をくぐり抜ければ、ルテールの表情は一気に変わっていく。


 妹姫に見せるどこか甘やかな表情ではなく、情を入れることなく淡々と仕事をこなし、一流の魔術師として名高い第一皇子の顔に、キースは心の中で息を吐いた。この顔をしている間は、ルテールは真面目に仕事をこなし、キースが頭を抱えるような事項が起こることはない。


 他の貴族や官僚たちには恐怖であっても、キースにとっては数少ないまともに仕事をしている気がする有難い時間が始まった。

 


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