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第79話 ボーイ・ミーツ・ガール

第79話 ボーイ・ミーツ・ガール


「これが膣と子宮で、この両脇に卵巣が…」


医師はレントゲンの画像をペンでひとつずつ指しながら、丁寧に説明してくれた。

ろくに医者にかかった事などなかったから、自分の身体の内部など初めて見る。


「とても未熟で、膣もお腹の中に埋まっていますが欠損はありません。

恐らく女性仮性半陰陽…つまり外性器は男性、内性器は女性という事です」

「俺は女ですか」

「染色体を検査すれば十中八九女性を指すと…」


俺は女…なんという事だろう。

確かに変わった身体をしているとは思っていた。

女の匂いがすると皆は言った。女として男たちは俺を抱いた…。

あれはこういう事だったのか。

俺という男は、俺という女と出会った。

…ボーイ・ミーツ・ガール、確かに。


「この病院には半陰陽を診られる医師がいます。そこで詳しい検査を受けてみませんか?」

「お願いします」


戻った病室では直政が若いのからスマートフォンを借り、使い方を教わって、

あれこれいじって遊んでいた。


「ぶっ、花が二代目当主かよ…あ、お帰りなさいいーさん」

「何を遊んでいる」


俺は直政の二重あごをぐいと引っ張った。

他人の気も知らずのんきな…。


「あ…そうだ、これで『新井直政』を拝見させていただいた。

まこと見事だね、新井紅千代いーさん直政は…『男でありながら女のよう』とある。

無双…まさにいーさん無双だ、いーさんのそこは誰にも真似出来ないね。

いやむしろ井伊直政とかデブ要らないかも」


『誰にも真似出来ない』か…そうだな。

俺もそこを武器として井上の家を、徳川の家を駆け上ったのだ。


「直政…俺は何と書かれてある?」


俺は直政の脇腹にはみ出した脂肪をつかんで、彼の手元を覗き込んだ。

デブの隣は汗でじっとりと湿って暑苦しい。


新井直政は徳川の重臣として、多大な功績をあげた猛将とあった。

官位は従四位下兵部少輔。別名「お熱さん」、「氷部」、兜の前立ても氷嚢とある。

武将でありながらも政治に優れ、徳川、島津、井伊の三家をまとめ上げた。

また技術の発展や麺類の発展にも尽くした。

男性でありながらも女性のような人ともあり、家康からの寵愛は異様なほどと記されてあった。

大坂の陣の後、大老に昇進したが晩年は熱に倒れ、

雪の降る早朝に幻覚を追いかけ、桜田門外で死亡と締めくくられていた。


…そういえば「桜田門外の変」も起こらないのだな。

俺が井伊を潰してしまった、当然その先も生まれない。

俺が代わりに桜田門外で死んでおいたから、チャラにしてくれないか。


直政の湿った指は画面を下に送った。

新井の家のその後が書かれてある。

花は俺以上に文武に優れ、女人である事を隠す事なく大老まで登り詰めた。

きっと何年かのち、花は大河ドラマになるぞ。


花の後は直勝が選ばれて民のために尽くし、名君中の名君となった。

俺よりも直勝の記述が多いと、直政は言った。

直勝の後も新井の家は選挙によって、血ではなく実力ある者が選ばれた。

それは家中の者だけではなく、民からも選ばれたと言う。

新井の家はそれから大政奉還まで、多くの老中や大老を輩出した。


「すごいね、私の隣に新井直政がいる…記事はまぎれもない事実だ。

私がこの目で見たのだから、私は彼と話したのだから。

しかも本当に男でありながら女人のようだ…それもまた事実」


井伊直政はそう言って微笑むと、俺の赤い耳たぶを引っ張った。

デブの熱い指にどきっとした。

俺もお返しに彼の腹肉をきゅっとつまんだ。



退院すると、俺は直政を自宅に引き取った。

自宅は業界のつながりで買った、都内の2部屋しかないマンションで、

あの世界からやって来た武士である直政は、狭い家を大層珍しがって喜んだ。

冬も近い寒さだというのに、デブだから汗臭かった。

風呂を沸かして、若いのに揃えてもらった服を脱がせて風呂場に突っ込んだ。

脱がせてもデブはデブ、性器が肉に埋もれて醜い裸だった。

おまけにデブは洗う範囲が広い、石鹸もすぐになくなりそうだ。


「いい香りだね、いーさん…何の香り?」


直政には入浴剤も珍しかった。


「蜜柑…橘の実だ」

「橘…井伊のお湯だ、橘は井伊の家紋だから」

「知ってる」

「いーさんが『井伊さん』だったらいいのに…」


直政は湯船から腕を伸ばし、濡れたまま俺の首筋に絡めて引き寄せた。


「いーさんも一緒に入って…私が洗ってあげるから」

「断る…」


俺は言葉の裏を感じながら、直政の耳朶に囁きかけた。

直政は俺を抱きたいと思っている、たぶん。

でもそれは…。

俺は直政の真意を探って、苦しくなった。


直政には服も何もかもなく、退院の翌日に買い物に行きあれこれと揃えた。

赤が好きらしい、やたら赤い物を選びたがる。


「アホか直政! そげん全身真っ赤で出仕すっもんがどこんおっとか!」

「えー、赤備えで良いではないか…て言うか何だその訛りは」

「又七郎語だな…そうだ。赤備えと言えば、お前の甲冑ぼろぼろにしてしまった。

井伊からの者が新井に持ちこんだ、すごい角のやつ」

「あれか…あれは正装でどちらかというと装飾や儀式用だな、重かったであろう。

まさかいーさん、あれ着て戦に? …ぷっ」


直政はげらげらと笑って、全身の脂肪を揺らした。

俺たちはショッピングモールの洋服店から、ホームセンターへと移動した。

ペットコーナーの前を通る。

俺はふと目を止めた。


「あ…熱帯魚」


水槽にネオンテトラが小さな群れをなして泳いでいるのが見える。

ぬっか熱帯魚、俺は又七郎を思い出した。

直政はその水槽にびたりと貼り付き、泳ぐ魚をじっと見つめていた。

戦国の終わりの人間にはネオンテトラも珍しいか。


直政はその後もショッピングモールに行く度、

ホームセンターに俺を引きずり込んでは、熱帯魚の水槽に貼り付いた。


「…熱帯魚、好きなのか?」

「うん、奇麗だ…奇麗なんだけれどどこか冷たくて、まるでいーさんのようだ。

表情が読めなくて、じっと見つめて探りたくなる…だから熱帯魚は好き」

「又七郎に言わせると、俺は『ちんたか熱帯魚』らしいからな」

「…いーさん」


直政は水槽に顔を近づけ過ぎて、豚鼻になりながら言った。


「いーさんはどうして笑わない?」


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