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第77話 桜田門

第77話 桜田門


筋力が落ちてふらつく足で俺は雪を踏む。

俺を置いて行かないで。

俺をひとりにしないで。


「又七郎…又七郎…」


目の前は徳川の城だった。

桜田門から門番たちが出てきて、俺の許にかけ寄った。


「新井殿!」

「だめです新井殿、そんなお体で…!」


彼らは俺を支えようとしたが、俺はそれを振り切った。

俺を止めようと、後方から追いかけて来る花や直勝、家中の者を呼ぶ声がする…。

門の内側には又七郎とナイフ様が、昔の姿のまま見えた。


「ナイフ様に又七郎…行かなくては…俺は」


俺は出仕せねば、ナイフ様も又七郎も待っている。

一歩、また一歩と、俺は雪を踏みしめる。

でもすぐに転んで前のめりに倒れ込んでしまった。


「…仕事がまだ」


俺は手を伸ばした。

薩摩で療養のつれづれに描いた又七郎の漫画が、脳裏によみがえって来る…。


“…むかしむかし、あるところに「いーさん」と言うお殿さまがいました。

本当は「新井直政」と言う立派な名前があるのですが、

みんなが「いーさん」と呼ぶので、いーさんは「いーさん」なのです…”


「行かなくては…行かねば…」


俺は門の内側へと雪の上を這った。


“…いーさんは戦で又七郎という名前の子犬を助けました。

又七郎はいーさんをすぐ好きになって、大変なつきました。

いーさんも又七郎が大好きで大変かわいがって、ふたりはとても仲良しになりました。

そんなある日のこと、いーさんと又七郎はおたがいに誓いました。

私はあなたのために生きると、ずっとずっと一緒にいようねと…”


「ナイフ様…又七郎…」


俺の先で雪を掻く、左手の三本しかない指は力が抜け、

そしてもう二度と動く事はなかった。




眩しさに目を開いた。

天井に蛍光灯があるのが見える。


「イーサン、よかった…!」


男たちの野太い泣き声がする。

俺は異常に気が付いて、ふとんを撥ね除けた。


「…え!」


辺りを見回すと、そこは病院の2人用病室だった。

しかも現代だ、あの時代などではない。

前髪もある、行く前のままだ。

俺は元いた世界に戻って来たのだ。


「イーサンね、中国黒社会との抗争の最中に倒れたんですよ。

俺ら二手に別れて、イーサンを病院に運んだんです」

「俺は何日寝ていた?」


俺はベッドについていた若いのに聞いた。

若いのは俺に水のペットボトル差し出してくれた。


「3日間くらいですかね…疲れがたまっていたんでしょう、もう熟睡」

「3日…」


その3日間、俺はあの世界を生きて死んだ記憶がちゃんとある。

単なる夢オチなのだろうか、でも又七郎は…。

若いのはあの後すぐ応援が来て、抗争は一旦おさまったと話してくれた。


「そういやイーサン、抗争の時に変な男が混じって倒れていたんで、

そいつも一緒に連れて来たんですが…ほら、隣のベッド」


若いのは隣のベッドに目をやった。

頭に包帯を巻いた男が眠っていた、坊主頭は治療のために髪を剃ったからだろう。

俺と同じ年頃か…でかい男だな、そして結構なデブだ。


「びっくりしないでくださいよ…あいつね、ちょんまげだったんすよ。

なんか赤い甲冑着てたし、まあ役者か何かですかね…」


俺は飲んでいた水をぶっと吹き出してしまった。

マジかよ。


「そいつの着ていた物や持ち物はあるか?」

「ありますよ、窓際ベッドの脇に」


俺はその男の所持品を改めた。

…なかなかの身分だ。

そして持ち物の中に家紋を発見した。

やっぱり…俺は腹に重いものを感じた。


男はまだ目が覚めず、それからも昏々と眠り続けた。

デブだからいびきをかいたり、時々突然「うご」と言ったりしてうるさい。

そうして翌日の午後になってようやく目を醒ました。


「…ここは?」

「病院…診療所だ」

「そなたは…」


デブは視線を俺の方に流した。

俺はベッドから出て、彼の枕元についた。


「新井…吉富直政、そなたを保護した家の長だ。

失礼ながらそなたの持ち物を改めさせて頂いた。そなた…井伊直政だな?」

「はい…井伊万千代直政にござりまする」


…やっぱり、井伊直政だったか。

何と言う事だ、こんなところで井伊直政に会うとは。


「ここはそなたのいた世界より400年と少し先の世界だ。

して井伊直政、そなたはどうやってこの世界に来た?」

「…黒い雨を見ました…関ヶ原より島津を追いかけていたところ、討たれたと思いきや、

突然目の前に黒い雨が降り出して…それから今まで記憶はございませんでした」


黒い雨…!

たぶん井伊直政はあの時完全には死なず、俺と入れ違いになったのだ。

黒い雨によって俺はあの世界へ、井伊直政はこの世界へと。


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