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第73話 思い出帳

第73話 思い出帳


大御所様に報告に行くと秀忠様もそこにおり、報告を待っていた。

俺は秀頼殿と淀殿は爆死したと報告し、火狐の者の見つけた布切れを差し出した。


「…よくやったねいーさんも、忠恒殿も、秀忠様も、皆も」

「ありがたき幸せ、でも皆が力を貸してくれたからにございます」

「おいたちは皆で日ん本一ん武士じゃっどな」

「そうだね、でもまさか忠恒殿まで来るとはね…どうやって来たんだか、笑える」


俺は着替えぬままの、井伊直政デブ装備に隠していたあの綴りを取り出した。

横で秀忠様が俺の幽霊姿をげらげらと笑っている。


「…最後の情報更新を行いとう存じまする」


情報は火狐の口伝えで更新され続けて来た。

その綴りも汚れてもうぼろぼろだった。

大御所様、秀忠様、忠恒殿もそれぞれ写しの綴りを取り出した。


「豊臣秀頼とその母の淀殿、この二人の死亡をもって、

綴りに掲載の人物は全員殺害完了、ご協力感謝いたしまする…!」

「了解」


三人は筆を取り、残りの二人の頁にバツ印を大きくつけた。


「…この綴りはもう要らないでしょう、燃やしますか」

「あ、いや…私はずっと持っているつもりだが」


大御所様が俺の提案を断った。


「協力っちゅ思い出帳じゃっど、おいは島津が仲間割れしたらこん綴りば見っど。

見っせえ、皆ん協力ば思い出すんじゃ」

「…うん! 私はこの綴りを家宝にして徳川末代まで伝えるぞ、協力という教本だ。

で、その証しに皆の署名が欲しいのだ…いいですよね?」

「何それ! 私も欲しいぞ! 独り占めは許さぬぞ秀忠!」


俺たちはそれぞれの綴りにそれぞれ署名し、この先の協力を誓い合った。

そして解散の時、秀忠様が陣に残って大御所様に頭を下げていた。

俺と忠恒殿は幕の陰からそれを見ていた。


「…父上、この度の戦ではいろいろとありがとうございました」

「そなたには良い勉強になったと思う、これからも精進するのだよ」

「それと父上、私にいーさんをありがとうございました…」

「いーさんはいい男だろう、気に入ったかね」

「はい、とても…! ね? いーさん? 忠恒殿と覗き見丸わかりです」


秀忠様は俺と忠恒殿の方をぐりんと向いた。

俺たちは慌てると陣に戻り、非礼を詫びた。


新井の陣に戻って、俺は装備を解く。

こんな重いデブ装備など、早く脱いでしまいたい。

忠恒殿がその様子を眺めており、外した兜を手に取った。


「頭でかかね、井伊直政は…いーさんもでかか身体しちょっけんど、

ようけ詰めもんばせんとならん。デブじゃっど…井伊ん直政はわっぜかデブじゃっど。

…じゃどん、こん装備がいーさんば守りよったど。

あいがとなデブ、おまんさはまこちいーさんが守護霊じゃっどね…」


忠恒殿はデブ、デブ、と言って、長い角の付いた赤い兜を撫でて抱きしめた。

守護霊か…でも俺はいつかあんたを殺すよ、井伊直政。

いつだって俺は殺して道を開いて来た者だから。


忠恒殿は夜を新井の者たちと過ごして、明け方帰って行った。

帰り際、彼はいたずらのように俺の唇を奪って笑った。


「ほんなこつ、一度薩摩に遊びん来やんせ。薩摩はもう敵地やなか。

今ん島津は新井ん最大ん友、又七郎がそげんしてくいた…おいは思も」

「忠恒殿…」

「おいは島津又八郎忠恒…『又八郎』じゃっど!」


そう明るく笑う忠恒殿に、一瞬又七郎が重なって見えた…。

又七郎はただ死んで行ったのではないのだな。

皆が生きる為に死んで行ったのだな。



それからの俺は江戸に出仕する事が一層多くなった。

伏見の家には何かの用事のついでに寄る程度となってしまった。

新井の家は人手不足で、伏見の家の保守に新しい家臣たちを雇い入れた。

皆、戦で行き場のなくなった者たちである。

豊臣方にいた者も大勢いる、中にはあの砦の汚いおっさんの家臣だった者もいる。

敵だった者は反発し、敵討ちを試みる者もあったが、

俺はそれを承知で彼らを受け入れた。

敵は愛せば敵ではなくなる、そう花や井伊からの者が教えてくれたから。


大御所様と秀忠様は結託し、俺を大老の職に放り込む事を画策しているようだった。

俺はと言うとそれを拒否すべく、戦後の処理にかこつけて全国を逃げ回っていた。

徳川の追っ手が江戸の家に日参していると、花が文に書いていた。

江戸の家は桜田門を出てすぐだ、帰ればただでは済まされない。

年が明けて、その桜田門の家からの文を出先でまた受け取った。

どうせ昇進の催促だろうと、なんとなく開いたが全く違っていた。

花の文は大御所様が倒れた事、至急戻られよと知らせていた。


俺は桜田門の家に宛てて、ここからだと駿府の方が近いので駿府へ至急向かう、

秀忠様にそう伝えてほしいと返事を書き、早馬に持たせた。

駿府にも近くまで来ているので、伺いたい旨を文に出した。

そうして訪ねた駿府では、家中の者らがよく来てくれたと歓迎してくれた。


「まことよろしゅうございました、新井殿がお近くにおられて…」

「…まったく良かったよ、ちょうど近くにいて」

「大御所様がいーさんは早く顔を見せよと仰せにございます」

「すぐに参ります」


家中の者に案内されて入った部屋には、大御所様がふとんに寝ていた。


「大御所様…」

「…来てくれたか、いーさんや」


「いーさんや」…大御所様はいつものように俺を呼んだが、あまり力はなかった。


「いーさんは出先で知らせを聞いて、もう心配で心配で推参してしまいました…。

ご無礼をお許しくださいまし、大御所様」

「そのような、来てくれただけで嬉しいのに…私はどうやら疲れ過ぎてしまったようだ」

「お気弱な、しばらくご静養されればまた…」


大御所様は寝たままふふと笑って首を横に振った。

彼は少し痩せた…?


「そうはなるまい。わかるのだよ、この身体から命が流れ出してゆくのが」

「大御所様…」


大御所様はそれから春じゅうを療養に暮らした。

俺も駿府にとどまり、彼の側について身の回りの世話をした。

大御所様は俺の介護に昔を思い出して懐かしがっていた。


「まるで小姓の頃に戻ったようだね、あの頃はまだいーさんの額に前髪があった。

まだこの世界に来たばかりで、満足に髷も結えなかったね…。

いーさんは狐憑きに遭ってここに来たと言うけれど、いーさんのいた世界はきっと、

ここよりずっとずっと先の未来なのだろうね…教えておくれ、いーさんや」

「何をにございまするか」

「徳川の世はこの先どうなった、私のしてきた事は間違っていなかったか」


大御所様は俺に手を差し出した。

俺はその手をぐっと握りしめた。

未来から来た怪しい男、大御所様はこんな俺でも受け入れてくれた。

花を通して、俺の父となってくれた。


「私のいた世界…ずっと未来の日本は、泰平の国にございまする。

泰平があるからこそ、教育も文明も発達いたしました。

その礎を築いたのが大御所様や徳川の世にございまする、

大御所様は少しも間違ってはおりませぬ」

「そうか」


俺はこの人が死んで行こうとしているのをようやく感じた。


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