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第72話 爆弾正プレイ

第72話 爆弾正プレイ


俺たちは大坂の城の正門から堂々と入って行った。

攻撃はない、もう籾倉のやつら以外は皆死んだのか。

城を回って、敷地の北側に出る。

そうして倉のあるあたりまで来た。


「あの倉です」


片桐殿は籾倉を指差した。


「ありがとう片桐殿、でもそなたはここで引き返してください。

顔を見られるのは良くない、そなた自身のためにも」

「…わかりました。いーさんこそご武運をお祈りします。

今こうしていられるのも、いーさんが徳川に誘ってくださったからこそ。

まことありがとうございました、いーさん」


片桐殿は元来た道を引き返して行った。

彼の姿が見えなくなると、俺たちは静かに接近して倉を囲んだ。

島津の分隊がそんな俺たちの背中を守ってくれた。


「行くぞお前ら、『ジハード』!」


俺は小声で合図した。


「新井の心のために。…『ジハード』」


俺たちは銃撃から始めた。

もちろんそれで標的を殺すつもりはなく、威嚇と側につく家臣らを殺す発砲だった。

火狐たちは刀に持ち替えて倉に踏み込み、まず家臣らを殺した。

その最中で標的の親子は手を取り合い、抱き合って言葉を交わし合うのを見た。

そして淀殿が懐に手を差し入れた。


「茶でも一服いかがか」


俺は作った簡易爆弾を抱え、全員に退避を命じて倉に踏み込んだ。

淀殿は振り返った。

秀頼殿はじっと黙ったまま、母親の方を見ていた。


「…天からのお迎えにございますか、井伊殿…いえ新井殿。

やはりそなたが井伊直政殿の亡霊なのですね」

「わかっておられたか…さすがは淀殿」

「新井殿こそ…おかげで豊臣は兵の集まりが悪うございましたのよ。

そなたらが陰で動き回ってくれたおかげで…ひどい方」


淀殿はくすりと笑った。

そして彼女は守り刀を抜いた。

俺はそれを見て、後ろの火狐に目配せした。

火狐のひとりの持つ松明は忍び寄り、俺の簡易爆弾の容器である茶釜からはみ出た、

導火線にそっと火を移して、走らせた。

俺は爆発の範囲を計算してそれを倉庫の隅に投げた、爆発はすぐだ。


俺は受け身の姿勢をさっと取った。

爆発が始まる、地の薄い茶釜が炸裂した。

ところが爆発は予想以上に大きく、倉を破いて外にまではみ出た。

この簡易爆弾の火薬の使用量は少ないはずだ。

まるで爆発を引き金に別の爆発が起こったような…そういう事か。

この倉にも爆弾があったと言う事か。


俺は淀殿の上に折り重なった。

瓦礫がどしどしと落ちて背中を、頭を叩き付ける。

爆弾に込めた釘が俺の頬を切る。

これはさすがにだめだ、「俺ごとどかん!」どころの火薬量ではない。

あれは火薬量を調節してあるからこそ出来る事だ。


でも俺は死なない、幽霊だから。

霊体に爆発など無効だ、俺はこの役を演じきってみせる。

又七郎を糧とし、残りの人生を皆と生きるために。

これも井伊直政を殺した罰ならば、受けてやるよ。

かかって来い、かかって来い。

俺を殺しに来い、井伊直政。

俺は俺の中のお前を殺して生きるから…。


「あれ…どうして私…」


…女の声がする、淀殿か。


「いーさん!」

「直政殿!」


皆の声がする…助かったらしい。

俺はくらくらしながら、身体を起こした。

淀殿はぼんやりと座っていた。


「馬鹿かいーさん! 敵を何助けてるんだよ!」

「さすが幽霊じゃっどね、いーさん…こいが火狐ん『俺ごとどかん!』か、すごかね。

どこぞん弾正でん生き残れやせんでね」


淀殿は又七郎の扮装をした忠恒殿に、ひっと震え上がった。

そして尻のあたりを黒く濡らした。


「父上もすごい怪我で心配ですが…どうします、父上」


直勝が淀殿を横目に言った。


「細かい傷は気にするな。 直勝、秀頼殿はどうした?」

「何分大きな爆発だったので…たぶん」

「ありました! これですかいーさん」


そこへ火狐の者が赤く濡れた物体を掲げて俺たちに見せた。

それは秀頼殿の着ていた着物の切れ端だった。

ぼろぼろにちぎれて、血に塗れ、細かな肉片がこびりついていた。

淀殿はそれを見て、悲鳴のような声をあげて泣き出した。


俺はそんな彼女の腕を強引に取り上げ、刀で落とした。

右腕、左腕、それから右脚、左脚…。

手足を落とすと両耳と鼻を落とし、両目を突いた。

冷たい魚は何も思う事はない、良心が痛むことなどない。

最後に顔を傷つけ、俺は淀殿を地面に転がした。

そしてあの綴りを取り出し、指に淀殿の血をつけて最後の二人にバツ印をつけた。

彼らは死んだ。


「生きろ。自害など許さぬ、貴様には死すより辛い地獄をくれてやる。

これが女の恨みだ、じっくりと味わうがいい」

「女…」

「俺は男にして女、又七郎の前でだけな。…おいは新井直政、島津又七郎豊久がおなご。

おなごん恨みはわっぜわっぜ恐ろしかね…!」


俺は必死にもがく淀殿を放り出し、皆を連れて跡地となった倉を後にした。

背中に淀殿の悲痛なうめき声が投げかけられる。

皆の笑い声でそれはもう聞こえない。


「しっかしいーさん、又七郎語上手いですね」

「もうすっかり覚えてしまった」

「…直政殿、そんな血をだらだら流して迫力ありません事よ?

早く戻って手当てしないと…大御所様もお待ちですわ」

「某は家に帰ったら冷やしうどんが食べたいです!」

「拙者は江戸風の蕎麦を希望します!」

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