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第7話 双極

第7話 双極


「処分なあ…」


ナイフ様は指をついて頭を下げる俺を見て、にやにやとした。


「いーさん、そなたはこの私に助太刀を求めなかった事の処分として、

五千石を与え、新しく側用人御庭番の役目を設け、又七郎殿と共に申し付ける」

「えっ…」

「関ヶ原での敗軍が報復に送った間者を、ひとりで討ち取っておいて何を申す」

「そんな、恐れ多うございます」


ナイフ様は身体を伏せる俺の肩を抱いた。


「ひとりで戦うなど、そなたに何かあっては…私に助太刀を申しつけてくだされば。

私といーさんの仲ではないか、そのような水臭い事を」

「ナイフ様…ありがたき幸せ、いーさんは今まで以上に忠義を尽くしまする」

「今日は出仕せず、家で又七郎殿と昇進祝いをしなさい。

明日からそなたは歴史の表舞台に出る、楽しみじゃのう」



徳川の庭を又七郎と歩いて、その隅にある家へと帰る。


「…いーさん、御庭番ちゅうとは隠密ん事ぞ」

「そう思う」

「おいたち、隠密んなっとか」


極道の世界にも御庭番は存在する。

警備員という役目ではあるが、やはり俺たちの考える通り隠密の役目もあった。


「俺たちはそもそもの存在自体が隠密だ。

又七郎は敗軍より姿を消して出奔した男、俺は狐憑きに遭い降って湧いた男。

御庭番こそ我らにふさわしい役目」


その日は家で又七郎と昇進の祝いをした。

二人だけのささやかな昇進祝いだったが、ナイフ様が使いをよこしてくださり、

膳に添える酒や魚など祝いの品を贈ってくださった。

その中には俺と又七郎の衣装、それから新しい甲冑もあった。


「そん御庭番が甲冑とね…こいは何ちゅ見事な甲冑、黒塗りに金の氷嚢ん前立てとね、

まこちいーさんらしかあ、ナイフさあもよう心得ちょっ…」

「…ずいぶん柔らかい甲冑だな、前立ても取り外し式か」


俺たちに贈られた黒い甲冑は、くにゃくにゃと布のように柔らかい地で出来ており、

部品は氷嚢の前立ても胴も、何でも取り外す事が出来た。


「…よく見れば細かい鎖で出来ている、鎖帷子みたいなものか。

そして裏は朱…又七郎、これをどう思う」

「こいは裏返しっせえ着られっちゅ事ね…」

「そうだ、俺のいた世界の言葉では『リバーシブル』…表裏両用だ。

黒で接近、潜入、偵察し、朱で煽情、誘導、攻撃せよ。

赤と黒、双方を使い分けよ、そういう事だと思う」


又七郎は新しい甲冑の裏をめくっていた。


「うん…! 素晴らしか! おいたちにぴったりじゃっどね、いーさん。

おいたちは赤と黒、黒と赤…陰と陽、陽と陰、双極ぞ。

おいっちゅ極はいーさんっちゅ極ば補うて助けっと」

「極か…」


そう言う俺の横から、又七郎が抱きついてきた。


「…双極は反発もすっけんど、求め合いもすっと。

おいはいーさんば熱う熱う求めちょっ、いーさんもおいば求めてくれんね…」


俺はそれをぱっと躱した。

又七郎の求めに応じて抱くのは簡単だ。

でもそれは得策ではない。


夜、眠る隣のふとんが黒い山となって、暗がりの中でもくもくと動く。

又七郎の切ない息遣いが聞こえる。

彼が時々ひとりで性欲の処理をしているのは知っていた。

又七郎はまだ若いからわかる、隣に寝ているから感じる。


「…いーさん、いーさん…」


喘ぎ声の中、又七郎は苦しそうに俺の名を呼ぶ。

他の誰かの名を呼べばいいのに、なぜ俺なんだ。

俺は寝返りを打って、又七郎の痴態をじっと見ていた。

ふと、又七郎と目が合ってしまった。


「いーさん…見ちょったっとか、恥ずかしか」

「まったく恥ずかしい姿だな」

「…じゃどん良か。見ててくれんね、おいがいーさんば思もてすっ事」


又七郎はふとんから出て、俺の目の前で続きを始めた。

俺が目を逸らそうとすると、いけんと言ってすぐに怒る。

まいった、これじゃ俺がいいなりだ。

又七郎は従順なようで、なかなか扱いの難しい家臣かも知れない。

こう言う奴を大人しくさせるには…。


「いい度胸だな、又七郎」


俺は又七郎を押し倒して、足で彼の腹を触った。

腹を、胸を、頬を、太腿を、内股を触って行った。

肝心のところに触れる事なく、俺は彼の全てを足で触れて撫でた。


「触って欲しいか、又七郎? …だが誰が触るか」


又七郎は喘ぎながら、涙を流して泣いていた。

こういう奴は生殺しに限る。

生かさず、でも殺さず、飼い殺しにするのがいい。



翌朝、泣きはらした目の又七郎と向かい合って朝食を食べていると、

誰か家を訪ねる者があった。


「おはよういーさん、それに又七郎殿」

「これはナイフ様…!」


来客はナイフ様だった。

俺たちは慌てて姿勢を正し、指をついた。


「さっそくだが、そなたたち御庭番に仕事を申し付けたい」

「は」

「いーさんが殺した間者たちの素性がわかった。

そなたたちに軍を与える、急ぎ先日の報復に行って参れ」

「御意」


ナイフ様の話によると、先日の間者は島津からの者だった。

つまり又七郎の家からの使者だ。


「くそ、島津め…よくもいーさんば」


又七郎は毒づいた。

ナイフ様は島津の屋敷に攻め入り、先方の御庭番を殲滅して来いと言ったが、

又七郎はそれに猛反発した。


「甘か! ナイフさあ、そいじゃ甘かと! 島津はそげん事じゃ潰らかせんでね!」

「案ずるでない…ほんのご挨拶だ、又七郎殿。

いーさんに又七郎殿、徳川にそなたたちという者がある事を島津に知らしめよ。

これは陽動、できるだけ派手にな…!」


俺たちはナイフ様のお手を借りて簡単な出陣式をすると、

新しい甲冑の黒い面を表にして着けた。

そして徳川の庭で兵たちと合流した。

二十名もいない小さな軍だったが、彼らもあの柔らかい表裏両用の具足を着けていた。

恐らくこの小さな軍は、隠密たちの軍なのだろう。

諜報活動を行う忍者とはまた違う、暗殺を行う戦闘員としての忍びなのだろう。

俺たちは徳川の城を出て、島津の屋敷を目指した。

細かい春雨が降っており、俺たちをしっとりと濡らした。


「双極」…バイポーラ。凝固、以上。

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