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第60話 醒めながら

第60話 醒めながら


なるほど、作戦会議か…。

秀忠様は俺にこの泥棒騒動の経緯を説明した。


「私たちは示し合わせて、それぞれ別々に忍び込んだのだよ。

大御所様も連絡したら、すぐに来てくださった」

「うん、一大事だからな」

「おいは江戸ん出仕じゃったから、連絡ばもろてそんまま来たど」


俺は三人の泥棒たちに呆れ返った。


「私が将軍として、諸大名らの前で豊臣への怒りや不快感をあらわにしておいたよ。

うまく豊臣に伝わる事を祈るばかりだね」

「私は豊臣が怒って無礼を働くように、会見の場をわざわざ設けてみたよ。

もちろん表向きは豊臣との和平を結びたいって事でな」

「おいと島津はどっちに付くんか曖昧にしっせえ、

戦ば不参加んしてん、ちいともおかしゅうなか状況にしたど。

出来れば徳川に謀反ば計画しちょっ感じにしたかと…戦はいつでん良かよ」


泥棒たちはそれぞれの活動内容を報告し合った。

俺も活動の内容を報告した。


「秀忠様はご存知と思いますが、火狐の活動は今も続いておりまする。

私も伏見にある時は活動に参加しておりますが、彼ら火狐の仕事はまこと見事、

あの綴りの内容は日々更新されておりまする」

「うん…豊臣は喉から手が出るほどその綴りが欲しいのだよ、誰が殺される予定なのか。

あの綴りさえあれば対策は取れるし、徳川が得た情報も抹殺出来る」


秀忠様はうんうんと頷いていた。

忠恒殿はふと言い出した。


「…おいと大御所さあにもそん綴りん写しばくれんね、いーさん」

「いいでしょう、手写しなので少々お時間をいただきますが」

「いーさんや、綴りの内容の更新はいかが致す?」


大御所様も綴りに対して発言した。


「私か家中の者が伺い口頭でお伝えします故、それを書き写して頂きたい。

そして綴りはそれぞれの手で厳重に管理願いまする」

「了解」

「で、豊臣に今以上の無礼をいかにして働かせるかだが…」


大御所様が切り出した。


「徳川で勧めて豊臣が再建している寺がもうすぐ完成する。

当然この寺に新しい鐘も設置される訳なのだが…私に考えがあるのだ」

「何でしょうか、大御所様」

「この鐘の表面に彫る銘文の選定を、豊臣の総奉行の片桐且元なる者が依頼しておる。

この片桐と依頼先の僧侶を抱き込み、なるべく徳川に無礼な内容としたい」

「それは良いですね、父上」


俺たちは大御所様の話に耳を傾け、頷いた。


「なるほど…そうして出来上がった鐘ん銘文に、徳川がいちゃもんば付けっちゅうとか。

大御所様やらしかあ、さすがじゃっど!」

「もう父上は…これだから狸親父は」

「この片桐且元なる者を徳川と豊臣の板挟みに出来れば、なお使えますな」

「そなたもそう思うか、いーさんや」


「いーさんや」…離れていても、こうして会えばまた聞けるのだな。

まるで昔、御庭の家から又七郎と城に出仕していた頃を思い出す。

あの頃は大御所様に気に入られようと、必死で仕えていた。


「大御所様…いえ、義父上。片桐殿の事、私にお任せくださいまし」

「お、いーさんがやりますか…」

「いーさんなら簡単じゃっどね、片桐どんもすんぐ陥落すっで」

「父上ですら、ひと目で陥落でしたし」

「秀忠こそ、ひと目でいーさんに夢中になったくせに」



「これは片桐殿…遠路はるばるご足労いたみいりまする」


俺はまず、淀様の使いで京へやって来た片桐殿に接近した。

もちろん秀忠様の協力で、接待の役に指名してもらって。


「…新井の兵部殿」


片桐殿は俺より少し年上で、取り立てて目立ったところのない凡庸な男だった。


「そのような堅苦しい事を…どうか『いーさん』とお呼びくださいな。

徳川の者は皆、私を『いーさん』と呼びます故」

「ではいーさん…お初にお目にかかりますが、まさかこんなにお若い方とは」

「いいえ、若くは見えても歳は片桐殿とそう変わりませぬ」


片桐殿は二条城の一室で、淀様からの用件を話して文を渡した。

俺はそれを受け取り、大御所様に取り次ぐと返事をした。

一通りの用が済むと、片桐殿は付け足すように言った。


「それからいーさん、淀様よりいーさん宛てにお文を預かっておりまする」

「淀様より?」


俺は片桐殿が差し出す文を受け取るなり、それを読みもせずに破いて捨てた。


「な…いーさん!」

「どうせ大した内容ではないし、淀様には興味もない。

それよりも私が興味あるのは片桐殿、そなただ…」


俺は片桐殿に近づいて、畳についた肉厚の手に自分の手をそっと重ねた。


「家と家の間に入って立ち回るそなたとなら、なんだかわかり合える気がするのだよ。

私たちはきっと同種、そう思うのです…」

「だめにございます、いーさん…そなたは大御所様のご寵愛ではありませぬか」


片桐殿は手を引いて逃げようとした。

俺はそんな彼を捕まえ、抱きしめてじっと目を見つめた。


「大御所様は駿府にいらっしゃる、黙っていればわかりませぬ。

私はたったひと目でそなたに恋した、そなたと心を分かち合いたい。

たった一度でいい、どうか私に情けをかけてくれまいか…!」

「情けなど…まるでおなごのような事を申される」


片桐殿は太い指で俺の頬に触れた。


「片桐殿が情けをかけてくれるのならば、俺はおなごで結構…」

「ずいぶんと赤い、熱い肌だな…熱でもおありか」

「…片桐殿の指に、俺はもう十分熱い」


俺は片桐殿の手を取って、自分の身体へと、肌へと導いた。

落ちたな、ならばあとは簡単だ。

俺は計算した、どう動けば彼を奴隷に出来るかを。

赤く、熱く燃えているのは表面だけ、俺は冷たい魚。

いつだって情事は理論に冷たく醒めきっている。

醒めながら、俺は夢を見る。

たった一夜、又七郎の胸で見た夢を。


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