第6話 いーさん
第6話 いーさん
殺した人の影が俺を苛む。
死人が俺の罪を背負って、俺の中を歩いている。
「いーさんが元服したら、きっと今以上んよかにせんなっとね」
向かい合って朝飯を食べる又七郎は嬉しそうだった。
「『紅千代いーさん』かあ、ナイフさあから名あば頂戴すっとはすごかね。
いーさんはそんうちきっと徳川ん四天王入っと、四天王ん二人潰らかしたし」
「…又七郎」
「何ね」
俺は茶碗を置いて言った。
「俺が殺した人たちについて知りたい」
「ああ、本多どんと福島どん親子、そいから松平どんに、井伊どんね。
…本多どんは古くからん家臣、ようさん戦行ってん傷ひとつなか、わっぜか武将ぞ。
福島どん親子、息子はナイフさあん義理ん婿。
松平どんはナイフさあの四男、井伊どんが婿…」
なんという事だろう、俺はナイフ様の息子も殺したのか…!
「井伊どんは…いーさんとは大分違うけんど、似ちょっとこもあっと。
たぶんナイフさあもそげん思もちょっ」
又七郎は朝食の膳を横にずらして前ににじり寄り、俺の膝の上に置いた手に触れた。
「ナイフさあはいーさんに、け死みよった井伊どんば重ねちょっ。
じゃどんおいはそげん思わん、いーさんはいーさんじゃっど。
ほんまのいーさんば思もちょっはこん又七郎、おいだけぞ…」
又七郎もこの世界では相当に美しい男であろう。
なぜ俺なんだ、又七郎ならいくらでもハーレムを形成出来るはずなのに。
ナイフ様も又七郎ほどの男を差し置いて、なぜ俺を寵愛する。
この世界の男たちの趣味はどうもよくわからない。
なぜ俺なんだ。
「…なぜ私なのでございますか?」
元服の儀の前夜、寝所でナイフ様に思い切って聞いてみた。
「そなたを…いーさんを愛している、それだけだ」
「私はナイフ様のご子息を、ご寵愛の家臣がたを殺した男にございます。
それなのにどうしてご寵愛くださる…?」
俺はふとんの上に起き上がって、乱れた襟元を直した。
ナイフ様は横になったまま、目を閉じて言った。
「熱に倒れるそなたを初めて見た時、亡くなった人が生きて帰って来たように思った。
直政が死んだ者たちとひとつになって、私の許へ帰って来てくれたように思えた。
でもそなたは直政ではなかった…そなたはいーさん、別の男。
私はそなた自身の資質に魅かれ、そしていつの間にかそなた自身を愛していた」
「どうして私をお責めにならぬのですか、私は…」
ナイフ様はふとんの中から腕を伸ばし、それを俺の首筋に絡めた。
「いーさん…そなたは気付いておらぬだろうが、そなたは美しい。
教養もある、少々真面目過ぎるのが難だがそれすら愛おしくてならぬ。
何より島津を、徳川の重臣らをひとりで倒したほどの勇猛さ。
私も戦国の将として、これほどの能力を放ってなど置けぬ。
たとえそれが誰の命とひきかえであっても…!」
俺はもう何も言わなかった。
ナイフ様が俺に惚れてくれている、俺自身に惚れてくれている。
それだけでもう十分だった。
俺はナイフ様を抱いた。
ナイフ様を愛している訳ではない、でも心を込めて抱いた。
俺は祈る、ナイフ様の身体に身を伏せて祈る…。
元服の式はナイフ様がたいそう立派に整えてくれ、
この世界に親族がいない事から、俺の烏帽子親にもなってくれた。
新しく月代を作った俺の頭にかぶせた、これまた新品の烏帽子の緒を結んで、
ナイフ様は出席してくれた者たちに宣言した。
「以後、吉富直政改め、吉富紅千代いーさん直政と申す。
皆の者はこれより『いーさん』と呼ぶように」
ナイフ様の宣言に、参列者はどよめいた。
「『紅千代』はナイフ様の『千代』だから良いとして、『いーさん』とはなんだ?」
「変わった名だな、『さん』も名に含むのか?」
「『いーさん』さん? 『井伊さん』とはまた違うのか? 」
「と言うより、ナイフ様直々の命名…しかもナイフ様のお名前の一部まで頂戴とは」
やはり外国人名である「イーサン」は、仮名にしても相当に浮くようだ。
又七郎はそんな彼らを見て鼻が高いらしい、得意げな顔をしている。
「いーさんはいーさんじゃっどね」
「島津の又七郎殿、何故に『いーさん』か?」
「いーさんは元々いーさんじゃっど、初めて会うた時から」
「『いーさん』は異国とのやりとりにも使われた、大変意味のある名ぞ」
「上様まで…!」
ナイフ様まで又七郎と一緒になって、俺を後押ししてくれている。
ありがたいとは思うけれど、後々面倒な事にならねば良いが…。
それから少し経ったある夜、俺はナイフ様のふとんを抜け出して便所に立った。
その帰り、庭に人の気配を感じた。
俺は一旦部屋に戻った。
ナイフ様は眠っている、枕元の刀をそっと持ち出して庭に出る。
たちどころに敵が俺を囲む、俺は額の氷嚢をたもとにしまった。
そして俺は黙ったまま、敵を斬った。
たくさんの返り血が白い寝間着を真っ赤に染め上げる…。
「仕事の邪魔をするな」
俺は最後のひとりに刀を突きつけた。
「お前は…そんな小姓がいるなど、情報には…!」
「俺か? こんな歳食った小姓、知らぬも当然。
俺はいーさん…吉富紅千代いーさん直政、降って湧いた男だ」
俺は最後のひとりも殺してしまうと、別の部屋で着替えを用意してもらい、
血を拭って新しい寝間着に着替え、ナイフ様のふとんへ戻った。
その翌朝、すっかり寝込んでしまった俺を、ナイフ様が起こした。
「いーさんや、そなたはゆうべ大変な事をしでかしてくれたのう」
ナイフ様は先に起きて、枕元で微笑んでいた。
「あ…」
「隠すでない、わかっておる」
しまった、昨夜の立ち回りがばれている。
俺はふとんから飛び出た。
「申し訳ございません、つい…」
あれはさすがにまずかった。
処分も致し方ない。
俺はふとんの横で姿勢を正して、指をついた。
「完全に私の落ち度にございます故、なんなりとご処分を」
■「いーさん」…FPS「死んじゃった!」登場キャラ。
ゲーヲタ過ぎてゲームの見本市になった。「井伊さん」ではない。
■「本多どん」…ケガをするとプゲラしに来る先輩。細けえ傷はいいんだよ。