第46話 大坂遠征
第46話 大坂遠征
「一番のアホはあんただろが、いーさん!」
「ひとり突出していくアホの大将がどこにいる?」
「『俺ごとどかん!』とかアホ過ぎでしょ、ここが井伊家だったらいーさんなんか、
とっくにあの『直政』と書いて、『人斬り兵部』と読む殿に手討ちされてます!」
「…俺も『直政』なんだが?」
新井の家はまったく騒々しい。
「吉富組」とは正反対だ。
井上の家の幹部は全員が大名のようなもので、皆がそれぞれの組を持っており、
俺もまた自分の組である「吉富組」を持っていた。
すぐに部下を手討ちにしていたから、ここで言う井伊家に近いと思う。
武力や利益だけでなく、その規律の厳しさで、「吉富組」は恐れられて来た。
もし時間の戻る事があれば、「吉富組」をこの新井の家のように変えてみたい。
挨拶に伺いたいと文を出しておいた、豊臣から返事があった。
豊臣の家中でも新井家の変わった手討ちが知られており、
ぜひとも食べてみたいとの事だった。
そこで俺は家中の者の中から、大坂で手討ちにする者を選ぶ事にした。
家中の者の麺打ちは皆上達していて上手いが、その中で特に上手い人に同行を頼んだ。
「私でございますか、直政殿」
「はい、花は家中で一番麺打ちが上手ですから…」
家中一の達人は花だった。
一番多く手討ちになっただけあって、最高の熟練を持つ。
「私などしょっちゅう失敗して手討ちになっているだけですのに、良いのですか?」
「私の麺料理は少々奇抜だから、花に助けてもらえると嬉しいよ。
花ならば風雅で豊臣の方々の口に合う物を作れるだろう」
もちろん花ひとりでは少ないので、もうひとりにも頼んだ。
「私ですか、いーさんや」
「はい…ナイフ様には恐れ多うございますが、花と肩を並べられるのはナイフ様しか。
ナイフ様の健康に配慮された薬膳は滋味にあふれます故」
もうひとりはナイフ様だった。
ナイフ様は最初に手討ちになった時から、良い感性をしていた。
「いーさんは私を新井の家中の者として扱ってくださるか、なんと嬉しい事…。
で、それはつまり私も同行せよと? いーさんめ、謀りおって憎らしい人だね」
「いえ、純粋に技量のみで選出いたしましたので、そこまでは」
「苦しゅうない、私も行こう」
「ありがたき幸せ」
それから出立の日まで新井の家の台所に、花様とナイフ様が詰め、
出し物についてああでもない、こうでもないと、親子で騒ぎながら試作していた。
俺たち家中の者は散々試食させられ、腹が麺で膨れて訓練の動きも鈍くなってしまった。
午後は居眠りする者も出る始末だった。
俺たちは荷車に材料と製氷機を一台積み、大坂へと旅立った。
新井家からは俺と花、そして付き人の又七郎と井伊家旧家臣の代表が護衛として、
それにナイフ様と徳川の従者たちが旅路についた。
ナイフ様がいると、結構なお行列だ。
大坂の城に着くと、すぐに秀頼様と淀様のお目通りがあった。
俺はナイフ様の隣で話を聞くふりをしながら、彼らの顔を頭の中に刻み込んだ。
これが敵の姿だ、よく覚えておかねば。
…いつでもすぐに殺せるように。
御前から下がると、忘れないうちにと俺は部屋で人相画を描いた。
「いーさんは大層な絵の上手だのう」
ナイフ様は感心していたが、そんな優雅なものではない。
「井上の家での仕事上、絵は大事にございました。
敵の人相画、潜入先の間取り図、部下への説明図…あまたの絵を描きました」
「なるほど」
文盲ほどではないが、やくざは基本馬鹿ばかりの集団だ。
まともに学校も行かなかったやつも少なくない。
その馬鹿どもに理解させるには、絵に描く事が一番手っ取り早かった。
吉富組は盲ごよみのように、絵で情報の伝達を行う組としても知られていた。
又七郎は人相画を見て九州遠征を思い出した。
「いーさん、危うく島津に漫画家っちゅもんにされっとこじゃったとね」
「そうなのか、又七郎殿」
「ほんなこつ危なか、いーさんが島津んお抱え絵師なんぞ」
その時、部屋を訪れる者があった。
「何だ?」
「あの、淀様がを又七郎殿お呼びでございまする」
俺は人相画をさっと懐に隠した。
「又七郎を?」
「又七郎殿はこれでも島津又七郎豊久、豊臣との縁はいーさんより深い」
「ナイフ様、おいは豊久やなか」
又七郎は立ち上がると、豊臣の家臣に従って廊下を歩いて行った。
「…心配かね」
「全然」
そうは言ったものの、とても心配だった。
又七郎は明らかに美しい、そんな男を淀様が見過ごすはずはない。
良からぬ事をされなければいいが…。
俺は又七郎に泣かれるのが一番つらい。
「いーさん」
しばらくして又七郎が戻って来た。
その様子から、心配は杞憂に終わったようだ。
ところが又七郎は意外な事を言い出した。
「淀さあんお目当てはいーさんらし。
おいば呼び出っせえ、淀さあはいーさんが事あれこれ根掘り葉掘り聞いちょったが。
もちろんそげん事おいがそうやすやす答えっ訳なかろうもん」
又七郎はぷりぷりと怒って、口をにゅうと突き出し尖らせた。
「なんで俺?」
「いーさんはわかっちょらんかも知らんけんど、いーさんごた童顔はここじゃわっぜ美しか。
おなごんごた美しか事まさに衆道好みん『よかにせ』じゃっど」
「あり得ん」
「いーさん、もし淀さあからお召しあっとならどげんすっと?」
「断る…!」
淀様と寝るなどとんでもない。
又七郎はナイフ様に泣きついた。
「ナイフさあ、いーさんば助けてくいやんせ」
「もちろん、断固阻止する!」
「俺も断固断る!」
俺たち徳川の三人は手を重ね置き、ときの声を小さくあげた。
「我ら徳川の名誉にかけて」




