第43話 スーパーノヴァ
第43話 スーパーノヴァ
ナイフ様は俺の視線にどきりとし、喉仏を動かした。
「…思い出すよ、嫌でも。他の皆もそう思うだろうよ。
でもそれはちっとも悪い事じゃない、直政の影は敵ではない」
「私が井伊直政の影を利用しても?」
「直政の影はいつでもそなたの側にある、そなたが直政を思うかぎり。
赤は黒なる影が、黒は赤なる影があればこそ映えるものだ」
こうして俺は井伊直政の亡霊を纏った。
昼間は新井直政こといーさんとして、ナイフ様の許に仕え、
夜は井伊直政の亡霊として、狐火を連れて豊臣に与するであろうの者の許へ。
まずは近場から始めて、大坂の変化をじっくりと楽しもうか。
事前に火狐に警備の状況や経路などの内偵を頼み、それから標的に接近する。
俺が姿を現すと、標的はまず俺を井伊直政と見間違える。
俺もそれなりの格好で作戦に参加している。
俺の装束は花に頼んだ。
これは花にしか出来ぬ仕事で、井伊直政好みの装束や持ち物を用意してくれた。
案外派手な趣味だ、自己顕示欲あり過ぎだろ。
「身につけるのが恥ずかしいくらいだな」
「直政殿こそ直政の事言える趣味ですか、地味なのは表だけで裏は…」
「直政の次は直政、そなたの趣味こそ他人の事言えないね」
「おっしゃる事…でも負けませぬよ、趣味の悪さでしたら」
試着をした俺を見て、花は笑った。
すると、家中の者らが俺を見にどやどやと入って来た。
「お、井伊直政発見じゃっど」
「具体的には亡霊だ」
俺は両手の先を垂らして幽霊の真似をした。
「これなら敵も見間違えるな、狐憑きだ」
「いーさんは化けもんじゃっどね、『妖怪井伊直政』」
「ひい、殺される! …まあ、俺らが殺すんだけどな」
「ぎゃあ! 父上が帰って参りました、怒られる!」
俺の変装はなかなか悪くないようで、敵も大いに恐れ戦いた。
当然だろう、死んだはずの人が生きて目の前に現れるのだから。
「そなたは…井伊殿! 一体何をしに…」
「何をしに? それはもちろんただひとつ」
「そなた、死んだのではなかったのか?」
どう言う訳か、敵の誰も俺が別人である事を疑わなかった。
面差しも声も違うはずだ、俺はただのなりすましのはずだ。
なぜ疑わぬ、なぜ気付かぬ。
「直政は死んだ、その死人が目の前に現れる…どういう意味かわかるか?」
「ひっ…」
俺は井伊直政として敵を虐げ、殺してはその姿を透明へと変えた。
敵もまさか井伊直政が、ここまでの暴挙に出るなど思ってもいないだろう。
だが中の人は殺人生まれ殺人育ちの、由緒正しき殺人者だ。
誰が戦場で正々堂々と名乗りを上げて討ち取るものか、卑怯で結構。
井伊直政…中の人は新井直政、「冷たい魚」。
井伊直政の亡霊の噂は徳川の家中で知られるようになった。
豊臣で噂となる事はないだろう。
「最近、巷に井伊殿の亡霊が出没するらしい」
「某もその噂を知っておる、井伊の『人斬り兵部』は現世で殺し足りずに、
夜な夜な人の血を求めてさまよい歩いているらしい」
「…それって新井殿では? 殺しは新井殿も相当にお好みのようですし」
「新井殿だろ絶対。武家の屋敷に押し入って殺すなど、正気の沙汰ではない。
本人より恐ろしくしてどうする、新井殿の演じる井伊直政は」
俺は噂をする者の方を振り返った。
「私がどう致しましたか?」
俺は井伊直政を演じる事で、彼を殺そうとしている。
殺す事で必死に自分をなぐさめている。
殺しは新井の家名を新星にしたが、俺には終わりへと向かう超新星だ。
井伊直政、あんたは俺の中で死ねばいい。
俺があんたの墓だ。
「いーさんが井伊直政はまこち似合ちょっ、ちいとも敵んばれん」
「井伊直政の扮装など、俺は恥ずかしい」
「扮装は忍びにとって大事だぞ」
「いや、いーさんは殿に似てるよ。だから敵も気付かないんだよ」
俺たちは殺害現場から逃走の最中だった。
「お前ら先行ってくれ、小便だ」
俺は火狐を先に行かせた。
小便な訳ないだろ、追っ手だ。
「貴様、よくもうちの殿を! 何者だ名乗れ!」
「…俺か?」
俺は懐からピストルを抜いて、連続で発砲した。
その先端には鉄を削り出した芯に、綿入りの外装のサプレッサーが取り付けられてある。
たいした効果は期待出来ないが、無いよりはだいぶましだ。
敵は静かに倒れて、闇に沈んでいく。
「井伊兵部少輔直政…またの名を新井兵部少輔直政、いーさん。
井伊直政から全てを奪った男…!」
俺は脇差しを抜いて、まだ息のある者にとどめを刺した。
殺した直孝様の脇差しだ。
「わっぜ長か小便じゃっどね、いーさん」
「いーさんの小便は、そんな返り血を浴びるものなのか?」
「一体どういう小便だか、足元に死体が転がっているなど」
火狐のやつらも小便など、はなから信じていなかったようだ。
すぐに気が付いて引き返して来た。
「馬鹿じゃねえの、いーさん。こんな大人数をひとりで殺っちゃってさ」
「なんで俺らを呼んでくれないのさ」
「まったく、そんなとこまで殿に似せなくても…」
火狐のやつらと合流して、俺らは物陰で死体の処理をしていた。
最初は歌って笑って、死体を切り刻んでいた彼らだったが、
そのうち井伊の旧家臣団の間からすすり泣く声がしてきた。
「どうしたお前ら、何を泣いている」
「…いーさんに殿を思い出しまする」




