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第40話 狐火

第40話 狐火


城に戻ってナイフ様はそのまま俺を部屋に召した。

そのままなので着替えず、朝廷にあがった装束のままだった。


「袍の黒地にわずかに覗く裏地の赤…あの夜を思い出すのう、いーさんや」

「…は」

「そなたと初めて過ごした夜もそなたは黒を纏っていた。

私の前だというのに地味ななりだったよ…でもそれは違った。

内に着ている小袖も肌も、そなたは燃える赤を黒の裏に隠していた…」


ナイフ様は俺の襟元を乱して、着ている物を一枚一枚剥いで行き、

中のあこめの衣を露にした。

束帯姿におけるあこめの衣は赤色と決まっている。


「それは今も同じ、そなたは炎を見え隠れさせながら夜を舞う蛍だ。

妖しい人…今度は何を燃やすのか」

「…私は何も燃やしませぬ、己の心以外は」


俺は顔を背けた。

ナイフ様はそれを笑った。


「燃やさぬならば透明にするか? 赤は赤に交われば、黒に飲み込まれれば同化する。

同化すれば姿は見えぬ、透明だ」

「さあ、何をおっしゃる…」

「私がそなたに官位を与えた事で、井伊の直孝派はこのまま黙ってなどいない。

そなたは直政から、井伊から全てを奪った男、井伊は何度でも必ず復讐に来るだろう。

…いーさんや、さっそくの乗り越えるべき試練ぞ。

もう狸と狐の化かし合いはよそうではないか、そなたも相当に悪よの。

まるで悪の四天王の一角だ、本当に見事な男だよ」


ナイフ様はにやにやとして俺の目を覗き込んだ。

くそ、お見通しか。


「井伊は…難しゅうございまする。ナイフ様ご寵愛の直孝様がいらっしゃいます。

そして、井伊のお家はナイフ様とも親戚関係にございます」

「関係ない、私が今愛しているのはそなただ。

突然降って湧いた男は十分に私を魅了した、それは他ならぬそなた自身の資質だ。

言ったであろう、それは他の誰の命とひきかえにしても惜しくないと」


俺の動かぬ目にナイフ様の固い顔が映る。

俺は心を決めた。


「本当によろしゅうございますかナイフ様、私の心のままに動いても」

「やってみよ、いーさん…いや、直政。私はそなたの行いを黙殺する。

火狐よ、この徳川の夜に狐火を灯してみせよ。

そなたは圧倒的な悪。罪なき井伊を潰し、闇で心を洗って陰を乗り越えてみせよ…」



「いーさん、また井伊ん間者が来ちょっ」


それから間もなく、井伊の間者がまた姿を現した。


「放っておけ、又七郎」

「じゃどん、いーさん…」


火狐や井伊から来た者たちは、やはり井伊の間者を笑っていた。


「井伊も懲りねえな、わざわざ殺されに来るとは」

「井伊もさすがに人員が尽きて来て、間者がどんどんお偉いさんになって行くな」

「新井の家に来てよかった、あのままじゃ俺らも井伊の恥だ」


又七郎はそれを笑えなかった。


「いーさんが官位ばもらいよったから、井伊も面白うなかとね。

こいはまた戦んなっとか、いーさん」

「なるだろうな…でも今度は静かに行く、俺たちは火狐だ」

「おいたちは火狐…」


そうつぶやくと、又七郎は表情をぎゅうと固くした。

そこへ直勝様が頬を染めてやって来た。


「いーさん…もしも井伊と戦になるのなら、私も…この直勝もお連れください!」

「それは出来ぬ」

「それは私が若いからですか?」

「…そうだ」


直勝様はあまりにも若過ぎる。

普通の合戦ならば初陣を飾るのも良いだろうが、これは火狐の戦いだ。

火狐は忍びとはまた違って全員が戦闘員の隠密部隊、全員が前に出る。

戦場の後方で陣を構えて采配を振るっていればそれで済む、ただの合戦ではない。


「いーさん、私は井伊の子です! 井伊の不始末は井伊で片付けたい!

それをいーさんに戦わせておいて、自分は安全なところでなんてそんな事…。

私の何が悪いのですか、どうか私もお連れください…!」


直勝様は泣きながら俺に参戦を訴えた。

俺は目を伏せた。


「ならぬものはならぬ」


直勝様は俺にすがりついたが、俺はそれを振り切った。

かわいそうだとは思う、でも直勝様は生きねばならぬ。

こんな小競り合いで命を落としてはならぬ。

それが花様や井伊から来た者たちのためだからだ。


そんな井伊との腹の探り合いが続くある夜、俺はナイフ様のお召しで城に泊まった。

夜が明けて、家に戻ると皆は朝食もとらずに眠り込んでいた。

井伊からの間者が来るかも知れないのに、なんと暢気な。


ところがあれほど頻繁に来ていた井伊の間者は、ばったりと途絶えてしまった。

家中の誰も井伊の事を忘れて、口にもしなくなった。

そうして城に出仕すると、井伊は存在すらしなくなっていた。

俺は家中の者に問いただした。


「お前らだな、井伊をやったのは」

「いんや、知らんど。いーさんが井伊ばうっ潰らかすんやなかとね」

「とぼけるな、井伊が消えた」

「…きっと井伊は狐憑きに遭うたのでございましょう、直政殿と同じく」


花様まで知らないふりをした。

馬鹿な、集団で狐憑きなどないだろう。

それから俺がいくら家中の者を問いただしても、全員口を固く閉ざしたままだった。


そんなある夕方、散歩に出るふりをして直孝様の井伊屋敷に行ってみた。


「おかしいな…確かこの辺りだったような」


道は合っているはずなのだが、どう言う訳か井伊の屋敷は見つからない。

通行人に聞いてみた。


「ああ、あそこじゃないかな?」


通行人は近くの空き地を指した。

そこには屋敷はなく、その残骸らしき物が散乱していた。

屋敷の残骸だけではない、家臣らのものと思われる死体も散らばっていた。

そしてその山の中に少年がひとり座り込んで呆然としていた。

直孝様だった。


「…いーさん」


直孝様は俺に気が付いた。

そして歯を見せて笑った。


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