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第36話 透明な身体

第36話 透明な身体


爆弾が飛来するのを確認し、俺は身を屈めて島津の海へと沈み込んだ。

島津のやつらも沈んだ俺を捕まえようと、身を屈めて上を塞いだ。

俺は完全に行き場を塞がれ、島津で固く密閉された。

爆弾が炸裂し、爆発が発生する。

中に釘か何かを詰めてあるのだろう、島津のやつらの肉は裂けて血で真っ赤になった。


「『俺ごとどかん!』ち、そげんアホな事…!」

「捨てがまりが自害しっせえどげんすっとか、意味なかとね」


島津のやつらの嘲笑は悲鳴に変わり、爆炎の中へと消えていく…。

俺は爆風がおさまるのを待ち、まだ生き残る島津のやつらの足首を掻いて再び浮上した。


「だめだな、貴様らは…それじゃだめ過ぎだろ。

貴様らは井伊のアホ備え軍か? ちょっとは学習しろ、島津」

「アホは貴様じゃ、いーさん!」

「馬鹿かいーさん!」


又七郎の、榊原殿の泣き叫ぶ声が近づいて来る。


「なしてひとりで捨てがまりなぞ…そげん事おいに言うてくれたら良か、

おいが命くらい差し出しちゃる、捨てがまりはおいが十八番じゃっど…!」


又七郎は俺にしがみついて、子供のようにはばからず泣いた。

榊原殿もそこに割って入った。


「いいえ、捨てがまりはこの年老いた榊原に!」

「嫌じゃ、榊原殿じゃ先が短うて捨てがまりんならん」


榊原殿と又七郎は捨てがまりの役をめぐって言い争いになった。

忠恒殿はそれを苦笑しながら言った。


「いーさん…あんだけん爆撃ん中、どげんして生き残りよったとね?」

「簡単だ、事前に人ひとり分の小さな穴を掘っておいて、その上に俺が立てば。

爆発の少し前に蓋をずらして潜れば、島津が上から寄ってたかって盾になってくれる」

「人を盾にするとか、いーさんは鬼畜過ぎだろ。さすが『冷たい魚』」


新井の家の者も残党を狩りながら笑った。


「ところでどうします? こいつらの死体」

「そうだな…」


この山道の下には川が流れている、俺たちは息のあるなし関係なく、

死体を崖から投げ落とし、そして河原に降りてそれを回収した。

まず装備と着物を解いて丸裸に剥き、装備と着物を別々に焼いて、

刀は地中深くに穴を掘って埋めた。

死体は爆弾と一緒に装備してきた包丁やのこぎりでさばいた。

骨は骨、皮は皮、肉は肉、内臓は内臓と。


皆が歌ったり笑ったりしながら、和気あいあいと作業をしているところ、

俺は木に逆さ吊りしてあった死体から肉の塊をもらい、それを調理し始めた。

人肉などまずそのまま煮て焼くものではない、丁寧に血を抜いて川の水で洗い、

塩水を揉み込んだそれを何度も茹でこぼして、食料の中の味噌で味を付けた。

まだ生臭い…でも貴重な食料だ、大事に食べないと。


皆の休憩に出来上がった肉のみそ汁を出してみた。


「人肉のみそ汁にございますか…これは珍しい」


榊原殿は人肉のみそ汁に渋い顔をした。


「旨かあ! 『島津汁』じゃっどね、いーさん」

「え…こいが旨かちゅうとか、又七郎は」


皆が微妙な顔をする中、又七郎だけが旨そうに食べておかわりまでした。


「…こん汁は徳川と島津、井伊と榊原が力ば合わして狩った獲物。

おいにゃ世界一ん味じゃっど、世界一旨かと」

「そうかもな」


俺は汁をかき込む又七郎を眺めた。

彼が少し眩しく感じる…。


俺たちは河原の石で炉を作り、そこで肉や内臓を焼いて水分を飛ばしてから燃やした。

骨は固いのでなかなか燃えず、焼いてからからに乾かしてから石で砕いて粉にした。

そうして出来た灰や骨粉、焼け残った金属類は川に流して捨てた。

夜の闇に島津の灰が、満開の桜の花のように霞んで流れて行く…。

川は島津の残滓を飲み込んでさあと流れ、水と同化させて透明にした。



「なんと…忠恒殿おひとりで来られたのか」


城に戻って、俺たちはナイフ様にお目通りした。

ナイフ様は島津は忠恒殿ひとりである事にたいそう驚いていた。


「はい…島津は私ひとり、身軽な姿で参りました」

「まったくよくやりおるの、いーさんと新井の者だな?」


ナイフ様はにやにやしながら、俺たち新井の家の者らを見た。


「さあ…島津の従者のお姿など私には見えませぬ。

ナイフ様はきっと、島津の従者の透明な姿を見ておられるのでございましょう」

「透明…!」

「私の左指も透明にございます、姿はあっても見えぬだけ」


透明な姿、透明な指。

ナイフ様は俺の言葉にぞっと身震いをした。


「…いーさんや、今まで一体何人を透明にして来たんだね?」

「わかりませぬ…一より先は数えきれませぬ故」

「なにはともあれご苦労だった、何か食事でも取らせよう」


ナイフ様は又七郎に台所へ行くように命じた。

その晩皆は遅くまで飲み食いし、徳川の庭の家へ帰って行った。

俺はナイフ様に呼び止められ、そのまま一緒に過ごした。

ナイフ様はふとんに横たわる俺を抱き起こし、唇を交わして深い吐息を吐いた。


「そなたは夜ごとに美しく、慕わしくなられる…いーさんや」

「…そう見えるだけにございましょう、ナイフ様。

私より美しい人はあまたございます、私など又七郎の足元にも及びませぬ」

「それは姿だ、そなたには姿以上のものがある。

男の身でありながら女人のような艶かしさがあるのだよ…いーさんや。

そなたの中には透明な女がいる、直政にもそれは真似出来ぬ事」


ナイフ様は伸ばした俺の首筋に舌を滑らせた。


「そなたの肌は女人のように優しい匂いがする、抱いた身体は男らしからぬ柔らかさ。

身体にそぐわぬ幼い、少女のような甘い顔立ち、女陰の如きへこみ…。

そなたの中の透明な女がそうさせるのであろう、なんとも妖しい人だ」


…童顔もへこみも、気にしている事ばかり。

透明な女か…。

ナイフ様は俺の足の間に丸まってふと問いかけた。


「いーさんは私を透明にするか?」


これは…。

なんと思いがけぬ一言だった。


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