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第32話 漂着者

第32話 漂着者


「これは驚いた…英語を話せるのか? 徳川にこんな者がいたとは」


アダムス殿は俺の英語に目を丸くした。

俺の不十分な英語でもどうやら通じてくれたらしい。


「不十分な英語にございますがお許しくださいまし。

アダムス…いえ按針殿、私の事は『いーさん』で良うございまする」

「…『イーサン』! その名前…新井殿、いえイーサンも異国からの者なのですか?」

「いえ、私はその子孫にございます」

「なるほど…」


アダムス殿…按針殿と挨拶を交わすとナイフ様が入って来て、謁見が始まった。

ナイフ様は航海の目的などを按針殿に質問していた。

按針殿がそれに答えるのを俺が翻訳し、ナイフ様に聞かせた。


「ところでイーサン、なぜ私の事を『按針』と呼ぶのですか?」


その合間に按針殿は「按針」の由来を俺に聞いた。


「私のいた世界に『三浦按針』なる者が過去おりまして、やはり流れ着いた外国人で…。

アダムス殿はその三浦按針に似ておられるのです、だから『按針』にございます」

「『三浦按針』…それはどのような者にございますか?」

「外国人ながら徳川に仕え、造船技術を日本に伝え、海外外交顧問として活躍しました。

三浦按針殿は私のいた世界で、大変立派な偉人にございます」


このやりとりはナイフ様にも訳して聞かせており、

ナイフ様はそれを聞いて笑っていた。


「『三浦按針』なあ…いーさんも面白い事を言う、三浦と言うからに領土は三浦半島か?」

「はい、三浦半島は私のいた世界にもございました」

「ではアダムス殿、ここでの名前は『三浦按針』としなさい。

そなたにはいずれ船を作って、三浦半島に領地の手柄をあげてもらうが、

次の謁見まで新井の家に滞在して、いーさんと仲良くなっておく事、いいね」


俺がナイフ様の言葉を訳して按針殿に聞かせていると、

ナイフ様は「いーさんや」と俺にも話しかけた。


「いーさんは按針殿について英語を更に学び、按針殿にも日本語を教えて差し上げなさい。

正式な謁見は先になるが、私も時々様子を見に行きますから。

それからいーさん、英語が話せる事を隠していた罪で手討ちにします。

按針殿も麺ならば多少は食べやすいであろう」


謁見の後、俺は又七郎と共に按針殿を家へ伴うため、徳川の庭を歩いていた。


「イーサンは外国人の子孫とはいえ日本人、一体どこでそんな英語を習ったのですか?」

「台湾人の祖父が教師をつけてくれました。

私のいた世界の台湾人は台湾語の他に英語も使いますので」

「英語ん先生ばつけてもろたち…いーさん家はどげん家ね?」


又七郎が首を傾げて不思議そうな顔をした。


「『私のいた世界』とは…イーサンもここに流れ着いた者にございますか?」

「まあそんなものだ」

「いーさんは狐憑きに遭うたとね、按針さあ」

「キツネツキ?」

「狐がかける魔法の事、狐は日本では人を化かすという伝えがありますから…」


家に帰ると、俺と又七郎は按針殿を花様や家の皆に紹介した。


「ナイフ様のご命でしばらくこの新井の家で預かる事となった。

ウィリアム・アダムス殿…日本名を三浦按針殿と言う」

「異人にございますか、いーさん」

「異人でも髪は黒うございますのね」


家中の者は西洋人を初めて見るようで、按針殿を珍しそうな目で見ていた。

この世界では相当に珍しいのだろう。


「異人は我々東洋人と違う所も多いが、人は人だ。

冷たい魚ですら人を思う心がある、それが人である異人ならなおさら。

言葉は通じずとも、心は必ず通じ、互いに気持ちを通わせる事は出来るはずだ」


それから俺はナイフ様より手討ちを命じられたので、着替えて台所に立った。

同時に家の者に雌牛のいる家へ乳を分けてもらいに行かせた。

麺を打ってそれを切り分けていると、使いに出した者が牛の乳を持ち帰って来、

その乳をまずは分離させ、上澄みの乳脂液のみをすくって、

その乳脂液の半分を洗った酒瓶に詰め、交代で振って撹拌した。

そうして出来た乳脂の塊を洗って、塩で味をつけて器に詰めた。


次に麺のたれを作った。

うどん粉を先ほどの乳脂で炒め、それを牛の乳と乳脂液、鶏の出汁でのばした物に、

炒めた野菜や鶏の肉を合わせて、そこに塩で味をつけてたれは完成した。


使っていない土鍋に溶かした乳脂をひいて、そこに茹でた麺を盛る。

麺はひもかわうどんのように幅広だが短いもので、ねじってある。

その上に具の入ったたれをかけ、ふたをしてかまどで焼いた。


「ずいぶんと変わった麺にございます事、でもとても美味しそうな香りがします。

直政殿、これは何と言う料理にございますか?」


出来上がった料理を見て、花様は鍋を覗き込んで言った。

子供たちも又七郎も、目をきらきらさせて鍋の中の料理を覗き込んでいる。

これは女子供の方が好きな料理かも知れない。


「はい、『ぐらたん』と申しまして、これは西洋由来の料理なのです。

按針殿も日本食はさっぱりとし過ぎて物足りない事だろう。

今日ぐらいはこういうこっくりとした味が、久しぶりに美味しいのでないだろうか」


俺は鍋を覗き込む按針殿に目をやった。

彼が一番目をきらきらさせている、乙女かよ。


「イーサン、みなさんも早くこれ食べましょう! 熱いうちに!」

「そうだな、これは熱いうちでないと」


俺がグラタンを皿に取り分け、皆で手を合わせて食べ始める。

グラタンは按針殿だけでなく、家中の者にも案外好評だった。

…乳製品など、この世界では食べる習慣がほとんどないので危惧していたが。


「いーさんは美食家なのか、異国の料理にも精通している」

「大変、もっといーさんを手討ちにせねば!」

「おいが失敗ば誘導しっせえ、いーさんば手討ちんすっど! やっど貴様ら!」


家中の者は異国の料理食べたさに、更なる手討ちを画策し始めた。


「手討ちとは何にございますか?」

「手討ちっちゅうとは人ん首ば跳ねっちゅ刑罰ぞ、じゃどんこん家の手討ちは違うちょっ、

失敗ばした人が麺ば打っせえ、家中んもんらに振る舞う事ぞ」


又七郎が按針殿に新井の家の手討ちを説明したので、俺はそれも翻訳した。

そしてその後に付け加えた。


「…按針殿、又七郎の日本語は地方訛りが強うございますので」


俺たちはもう又七郎の訛りには慣れているが、

さすがに又七郎の「じゃっどか」や「じゃどん」などの「じゃっど」活用や、

「〜しっせえ」などは説明しづらい。

しかもナイフ様の前でもおかまいなしだから参る。

按針殿は又七郎の訛りも気にせず、何やらぶつぶつ言っていた。


「イーサンにはまだまだ他の料理もあるのか…これは食べずにはいられない。

そなたたち、私も混ぜてください! いえ、混ざります!」

「やろうぜ按針殿!」

「やっど按針さあ、いーさんば手討ちんすっために!」


按針殿は新井の陰謀の中へと飛び込んでいった。


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