第27話 愛より思う人
第27話 愛より思う人
忠恒殿は手討ちとなった者の振る舞う麺を、しこたま食べて薩摩へ帰って行き、
その後薩摩へ着いた彼から文が届けられた。
嫁さんとも上手くいったようで、内容の九割がのろけの驚くほど長い文だった。
それに返事を出してしまったら、もっと聞けとさらにその返事が来てしまい、
俺は忠恒殿と文通状態に陥ってしまった。
「忠恒と文通とか、こん又七郎よか仲良かち許せん!
いーさん、おいとも文通ばしてくれんね!」
忠恒殿に妙な敵対心を抱いた又七郎までが、俺に文をよこすようにもなった。
徳川家側用人御庭番、島津又七郎豊久。
「豊久」と言う諱に又七郎は、「おいは豊久やなか!」とぶうぶうと文句を言っていたが、
又七郎は島津との取り引きで、正式に新井の家の者となった。
その又七郎の文はというと文字もごつく、あまり上手くはなく、
ただ好きだの愛しているだの、抱いて欲しいだの妻にしてくれだのそんな事ばかりで、
雅やかな歌も言葉遊びの教養もなく、粗野であまりにも男らし過ぎる文だった。
それじゃ俺の妻どころか、女になる日など永遠に来ないぞ、又七郎。
さらに又七郎は返事をくれと、まとわりついてきゃんきゃんうるさいので、
渋々返事を書いてやると、首をひねって目をぱちぱちとさせてむうと唸った。
「いーさん、こん文は何ち書いてあっと?
いーさんが文はわっぜか洒落ちょって、おいにはようわからん」
「『お文をありがとう。愛は仁義に似て愛に非ず、仁義は愛に似て愛より重し。
…又七郎はいーさんの最初の家臣、大事に思っていますよ』だ」
「えー、そんなあ…いーさんも愛しちょっち書いてくいやあ」
又七郎は唇をにゅうと突き出して尖らせた。
俺はそんな又七郎の唇を、欠損した左手の指で掴んで黙らせた。
「満足しろ。大事には思っているのだから、それでいいではないか。
お前は俺が自分の指を切って与えた人、それ以上に何がある?」
「むうう、じゃどんいーさん…」
「俺はお前を大事に思っている、一生側にいて欲しいと思っている。
お前を失いたくない。だからお前とだけは寝ない、お前との間に色恋を排除したい。
俺たちの間には女陰も男根もない、俺はお前に愛のその先を見ている。
愛より思う人、自分の指を切って与えるとはそういう事だ」
愛より思う人…極道の世界がまさにそうだった。
盃を交わす事、指を詰める事、そうして生まれる仁義はいつだって愛以上のものだ。
それは恋よりもずっと強く長く、愛よりもずっと深く純粋だ。
俺は又七郎の捨てた物の重さに報いたいと思っている。
そして俺は又七郎と愛以上の物、仁義で結ばれたいと願っている。
俺は新井直政、やくざだった男だから。
「『愛より思う人』…良か響きじゃっどね、いーさん」
「それが俺のいた世界で言う『仁義』だ。
『愛は仁義に似て愛に非ず、仁義は愛に似て愛より重し』、
愛は移ろうが一度交わした仁義は永遠…俺はそう思う」
そう言ったそばから又七郎は俺に抱きつき、唇を近づけようとした。
又七郎の脳みそは鳥と同じかよ。
俺は又七郎の顎をつまんで、もう片方の中指で額をぴんと弾いてやった。
又七郎はぎゃんと鳴いて、額を押さえながらじたばたと悶えて床を転がった…。
「あー! いーさん今、失敗しましたね?」
「うん、某も見ましたぞ。いーさん今、文を書き損じましたね?」
「…手討ちですね、これは」
ある朝の事、俺は忠恒殿への文を書き損じたのを家中の者に見られてしまった。
さすがにこれは言い訳出来ない、俺も手討ちになってしまった。
「直政殿がお手討ちに? それは見逃せませぬ、楽しみですこと」
「じゃあ、冷たいお魚さんが麺を打ってくださるのですか?」
「冷たいお魚さんだから冷たい麺ですわ、きっと」
俺の初めての手討ちは花様も子供たちも大喜びだった。
そして又七郎もそれを喜んだ。
「わっぜか楽しみじゃっどね、いーさんが手討ちか…くくく、こいは下手出来んでね。
おいも花さあも子どんらも家臣らも皆、麺打ちん腕上がっちょっから」
「くそ…又七郎め」
誰が耳に入れたのか、城に出仕するとナイフ様までが俺の手討ちを楽しみにしていた。
「いーさんが手討ちになるのか…それは是非とも見に、いや食べに行かねばな。
ちょうど大名らが何人か来ている、彼らにも『新井の手討ち』を見せてやりたい」
「は…恐れ多うござりまする」
まいった、こんな大事になるとは。
下手な物など出せなくなってしまう。
この世界に来る前の俺は独り身で一人暮らしをしていたので、料理はしていた。
ただ、俺が知っている料理はあくまでも、元いたあの世界の料理だ。
果たしてこの世界の者に通じるだろうか。
「…ラーメンに餃子、お待ち」
悩んだ挙げ句、俺は知っている料理をそのまま作って出した。
中華麺に必要なかん水は手に入らないので、ここでは卵つなぎ麺とした。
「新井殿、『らあめん』とは『ぎょうざ』とは何でございますか?」
「恐れながら、明国風の麺類にございまする」
事情を知らぬ者に「ラーメン」と「餃子」を説明しても、理解はまずされないだろう。
特に「ラーメン」が中華風の日本料理である事は。
「え! 旨か! 何ねこいは」
「ラーメン」を食べた又七郎が身体をびくりとさせて驚いた。
「鶏の出汁か? これは何とも複雑な味の汁だな…これは確かに旨い」
「『餃子』なる物は酢醤油で食べるのか、これも旨い。飯が欲しくなる」
「肉の出汁に肉餡…肉というのは、料理法ひとつでこんなにも旨くなる物だったのか」
「しかしながら明国風とは…新井殿は明国へ渡られた事があるのか?」
世界は違えど、彼らも一応日本語を話す日本人。
「ラーメン」と「餃子」の味がこの世界の者にも通じたようで、俺はほっとした。
「はい、私は商人の出にございますから。明国へも仕事で渡った事がございます。
女手のない旅でしたので、自分らでその場にある物を調理してしのいでおりました。
この料理はその名残にございます」
まあ犯罪を犯しに行く旅で長期滞在となれば、ホテルでは経費が掛かり過ぎる。
アジトを移動させながら潜伏するのがその時の最善だった。
当時まだ若かった俺なんか雑用も兼ねていた。
限られた食材を前に、毎日アジトで献立に悩んだものだ。
「新井の家はまこと驚きであろう、そなたたち」
ナイフ様が客人の大名たちに話しかけた。
「は…徳川の庭なる立地もさる事ながら、供される料理にも驚きを隠せませぬ」
「この家は人の出自もさまざま、新設の家だから伝統もこれから。
しかしながら家と家がつながり力を合わせ、新しい家をもり立てて行く、
それは徳川も新井も同じ、どうか徳川にそなたたちの力を貸してもらえまいか」
なるほど、この大名たちは徳川につく事を未だためらう者たちか。
俺は姿勢を正して指をついた。
「恐れながら、料理はまだまだ用意してございます。飯も酒もございます。
どうかごゆるりとおくつろぎくださいませ、お話は食べながらでも。
よろしゅうございますね? ナイフ様」




