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第25話 山羊体験装置

第25話 山羊体験装置


直孝様の堕落は、徳川の家中で俺を見る目を一気に変えた。

誰も責める事はなかったが、俺の仕業である事はもうばれていた。


「直孝様もお可哀想に…新井殿もまだほんの子供になんと容赦ない」

「新井殿の事、きっと手を下す時も顔色ひとつ変えなかったに違いない」

「残酷極まりない、いっそひと思いに手討ちにして差し上げた方が…」


家中の者は俺を見る毎、ひそひそとある事ない事噂した。

…これは思いもかけぬ嬉しい事。

脅しをかけて黙らせるいい好機ではないか。


「さて…次の仔山羊さんは誰かな? 体験されてみたい方はいつでもお申し付けを。

いーさんは『山羊体験装置』にございます故」


殺すのは簡単だ、でも殺してしまえばそれで終わってしまう。

直孝様はこのまま生き続ける事に意味がある。

末路という見せしめとして。


以来俺が通ると人は割れ、あからさまに避けるようになった。

モーゼか、俺は。

同時に俺と対立する者もなくなった。

貴様らの大好きなチート? チーレム? 無双? そんなわけあるか。

チートとはルールあってこその物、この混沌の無法状態で何をしようがチートは成立しない。

派閥を作るのも至極当然、それを守りもするがそのために殺す事もまた当然。

それで孤立しても是非はない、俺はひとりででも敵中に突き掛かって行くぞ。


次の仔山羊は島津、貴様らだ。

徳川の家中の雑魚どもに用はない。

島津は又七郎が殿様を殺したとは言え、まだ生き残りがいる。

文の差出人が変わっても相変わらず、のらりくらりとしているようだが、

九州のやつらを討伐した事が見せしめとなり、他の家も徳川についた。

島津などとっくに孤立しているはずだ、それにも関わらずまだ抵抗するか。

これは又七郎に代わって可愛がってやらねば。



ナイフ様が工事を入れてくれていた、徳川の御庭の家はとうとう完成し、

翌年の年明けに新井家一同は、世話になっていた井伊の屋敷から新居に移った。

出立の折、花様は井伊の屋敷を振り返って少し涙した。


「あん御庭ん家がこげん立派に…いーさん、わっぜすごかね!」


家を見た又七郎は、乙女子のように目をきらきらさせて歓声をあげた。

新しい家はもう急ごしらえの庭小屋などではなかった。

老中の城と言うにはあまりにも小さく、家に毛の生えた程度だったが、

それでも二階建てで、全員を収容するには十分だった。

相変わらず装飾の少ない家だが、俺もそこに金はかけたくない。

この新しい家の何よりの特徴は、庭が徳川の御庭と共有である事だった。 


「ずいぶんと変わったお城にございます事」


花様はそう言って笑っていた。

俺たちが家に入るのを見に来たナイフ様は、そんな花様に言った。


「花や、いーさんの…新井の家の領地はこの徳川の庭しかない。

武家としては日本一狭い領地に、日本一小さき城とは思う。

なれどどこよりも勝る、日本一の国だと思うよ」


俺と花様、そして新井の家の者はナイフ様に頭を下げた。

日本一の国…確かにここ以上の領地はないだろう。

どこの譜代の領地よりもナイフ様に近く、どこの要所よりも要所だ。


「ナイフ様、新井家一同厚く厚く感謝致しまする…!」


もうこれ以上は苦しい。

いくら償いは終わったと言ってくれてはいても、ナイフ様が俺を寵愛してくれる度、

俺を評価してくれる度、俺を取り立ててくれる度、俺は苦しい。

その度に殺した人の存在が、俺の中で大きくなっていく。

昨日よりは今日、今日よりは明日、井伊直政は俺の中で鮮やかさを増していく。

…思うこと恋のごとく。

恋ならまだいい、そこに希望も許しも救いもある。

だが祈っても祈っても、俺には許しも救いもない。

俺の心には今も黒い雨がしとしとと、ただ降り続いている…。


俺は自分含め、誰の目にも冷酷非道に映る人間だった。

誰の事も信じては来なかったし、誰の事も愛しはしなかった。

誰の愛も俺には届かなかった。

台湾伊家の者だって俺を可愛がってくれたというのに、それも俺には届かなかった。

それがこの世界で揺らぎ始めている。

無様だな、コールド・フィッシュ。


俺は新しい家でとりあえず無駄な殺生をやめる事、そこから始めてみた。

昔は不穏分子は徹底的に排除していたが、今は人材にも限りがある。

殺すとはどういう事かここで教わった。


「そなた…昨日、皿をひとつ割ったな?」

「あ…も、申し訳ございません!」


俺は失敗を犯した家中の者を前に、扇で自分の首を横になぞった。


「お手討ちにございますか、そんな…! 」

「…手打ちだ。 明日麺を手打ちし、家中の皆に振る舞う事。よいな」

「は…? 麺にございますか?」


俺は手討ちの代わりに、手打ちの麺を振る舞わせる事にした。

次の日の昼食にはさっそく蕎麦が振る舞われた。


「うん、うまか! こげんうまか罰ならみんな嬉しかあ」

「変わった家の変わった罰は美味にございますなあ」

「おかわりお願いします!」


この新しい手討ちは好評で、家中の結束を高めるのに大いに役立った。


「直政殿、今度は私を手討ちにしてくださいな。

子らと季節の趣向を凝らしてみとうございます故」

「いんや花さあ、次の手討ちはこん又七郎じゃっど! 譲れんでね!

おい、新しかうどんば考えちょっ。早よ作ってみたかと」

「あら、私こそ譲りませぬよ又七郎殿」


懸念していた又七郎と花様の仲も、この新しい手討ちが助けてくれ、

互いに子供のように張り合って、すっかり打ち解けたらしかった。


「いや…ここは私が手討ちとなろう」

「ナイフ様!」


家を訪れたナイフ様までが、この手討ちを所望した。


「邪魔をしておる。いーさんも考えたの、手打ちの麺を振る舞う罰とは」

「人員には限りがございます故、手討ちより結束を高める方がが良いかと」

「面白いのう、私も参加してみたくてうずうずしていたのだよ」

「ありがたき幸せ。ではナイフ様を手討ちに致します」


その数日後、宣言通りにナイフ様が手討ちとなり、自らが打ったうどんを振る舞ってくれた。

彼のうどんはしょうがや葱など、薬味を効かせた肉入りのうどん鍋だった。

自分で薬を調合するほどの人だ、うどん打ちも悪くない。


「いただきまする」

「はい、たんとお上がり」

「いただきもす!」

「…ん?」


鍋を囲む者の中に、見覚えのない者がひとり混じっている事に気付いた。

俺は又七郎と顔を見合わせた。


「誰だ?」

「あ、いただいちょりもす」


男はうどんをすすりながら軽く挨拶した。


「げっ、忠恒? 貴様何しに来よった? しかも何食うちょっ?」


又七郎は男にびくりとした。

知り合いだろうか。


■「山羊体験装置」…箱のおすすめとして毎度表示される。

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