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第22話 歌劇

第22話 歌劇


又七郎にも改めて新しい家の設立について話した。


「…そいはまこち良かね、井伊ん家もわっぜ嬉しか事じゃっどね」

「そこで又七郎にも参加して欲しいのだ、お前は吉富家唯一の家臣だからな」

「良かけんど…いーさん、井伊ん未亡人と結婚ばすっとか?」

「俺は…本妻は置かぬ」


井伊の家の事情を知ってしまった今、それが良いと思う。

本妻と側室の確執、その子供同士の家督争い…井伊のお家騒動がまさにいい例だ。

そして又七郎の事を考えても…。


「いーさんまこてか? 本妻ば置かんち…」

「新しい家には本妻はいない、皆が力を持ち寄って作る家なのだから」

「嬉しかあ!」


又七郎はぱあと花が咲いたような笑顔になり、俺の首筋に抱きついた。

俺もほっとした。

思えば俺は、又七郎の顔色ばかり伺っているな…。

気付けば又七郎が泣かぬよう怯えている俺がいる。

「コールド・フィッシュ」が何と情けない事だ。



ナイフ様へのお伺いは俺だけでなく、花様も子供たちも、井伊の家臣団も、又七郎も、

火狐のやつらも皆勢揃いで、お目通りして行われた。


「なんと、新しい家を設立すると申すのか…!」

「はい…皆で話し合った結果、それが最善かと。

どうかナイフ様にはこの件、お許しを切に願い致しまする」


俺たちは一斉に指をついて頭を深く下げた。


「…住まいは、城はどうするのかね、いーさんや」

「は、当面は今まで通りに暮らして、どこか近場に空いた屋敷でも探そうと考えております。

いつまでも思い出ある井伊の屋敷では、花様におつらい思いをさせてしまいます故」

「それもそうだな…では、こういうのはいかがか。

今の吉富家を工事し拡張して、そこに入るのはいかがであろう。

まああまり土地に余裕はないので、庭はうちの庭と共有になってしまうがね」


ナイフ様は片目をぱちとつぶって提案した。


「よろしゅうございますかナイフ様、まことに…!」

「いーさんや、家を新しく作るという事は苗字も新しく改める事になる…。

何という名の家だね、いーさんの新しい家は」


参った、苗字までは考えていなかった。

俺は言葉を失った。


「まだ考えていなかったのか…ではいーさんや、どうだね。

『新しい井伊の家』、『新しい井上の家』で『新井』というのは。

家紋は井桁に氷嚢と言ったところか…」

「『新井』…私どもにふさわしい良い苗字だと思います。

ナイフ様、まことにまことにありがとう存じまする…!」

「以降、公に『新井直政』と名乗るがよい」


ナイフ様は俺たちの作る家に、「新井」という新しい名を命名してくれた。

花様も、井伊の家臣らも皆、この新しい苗字を喜んだ。

そしてナイフ様はおずおずと付け加えた。


「それと…いーさんの新しい家に私も参加したいのだが」

「もちろんにございます! ナイフ様は花様の父上、すでに一家の一員にございます。

ナイフ様には新井の家の顧問になって、お力添えいただきとうございます」

「では皆も勢揃いしている事だし、正式の披露はまた別に行う事として、

ここでひとつ内々に家族の固めをしようではないか」


ナイフ様は又七郎に台所へ盃を用意するように言いつけた。

俺たちは彼の帰りを新しい家族として、めでたい空気に包まれて待った。


「花からの文によると、新井の家には正妻を置かぬという事だが…」

「恐れながら、花様や井伊の者たちの事を思うとそれが最善にございます故」

「いーさん構わぬ、苦しゅうない。そなたも井伊の内情を聞いたのであろう。

かつては直孝を後継に推して、いずれは井伊家の支配をも画策していた。

だが私は直孝以上の人材を見つけた…それがいーさん、そなただ」


やっぱり…ナイフ様はそういうつもりだったのだ。

遅かれ早かれ、俺を井伊の家に行かせるつもりだったのだ。


「私はいーさんを井伊の家に行かせて、その後継にしようと思っていた。

いーさんに亡くなった直政を重ねて、第二の井伊直政にしようとしていた。

でもそなたはそれ以上だった、それがこの新井の家だ。

徳川、井伊、島津…直政にこの三家を結びつける事は出来ても、

それらの利害関係を排し、ひとつの家にまとめ上げる事までは出来なかっただろう。

私は心から新しい家の誕生を祝福する」


俺たち新井の家の者も、心からナイフ様に指をついて感謝の意を表した。


「ありがたき幸せ、いーさんと新井家一同は嬉しゅうございまする」

「父上、まことにありがとうございまする」


井伊の未亡人、花様も感謝を言葉にした。

又七郎が台所より戻って来、遅れて盃と酒が運ばれて来た。

俺たちは始め厳かに固めの盃を交わし、それから打ち解け合って談笑した。

こうして俺たちは家族になった。


正式な披露を経て、新井の家は周囲に知られる事となった。


「新井家か…いーさんめ、やりおるの」

「『新井』なる名はナイフ様直々のご命名とか」

「いーさんと火狐が徳川、花様が井伊、又七郎殿が島津…三家合同の家か」

「新しい栄えよの…これはいずれ我々と同じ地位まで上がって来るぞ、なあ榊原殿」


それは徳川の高官の間にも聞こえていた。


「そうですね…本多、井伊なき今、この先の四天王入りは間違いのうございましょう。

その時はこの榊原が生き長らえて、お世話致そうと思っておりまする、

新参の家はなにぶん敵が多うございますのでな」



新井家の新設によって、徳川の御庭の家に工事が入る事となり、

その間、俺と又七郎は井伊の屋敷で世話になった。

そんな井伊の屋敷を榊原殿が訪ねてきた。


「吉富殿…いや、新井殿」

「これは榊原様…『いーさん』で良うございますのに」

「ではいーさん…どうやら新井の家は設立早々、徳川の家臣団に喧嘩を売ったようですぞ」


榊原殿は興奮した口調でまくしたてた。


「それは当然だと思います、榊原様」

「新井家の新設は、徳川家中でも風当たりが強い。

三家からなる特殊な構成、新参である事、何よりナイフ様の後見がある事…。

家臣らは出る杭を打つつもり、これは覚悟しないと」


榊原殿は俺と新井の家の者の先行きが厳しい事を危惧した。

そこへナイフ様がだめ押しした。


「新井直政殿、そなたを側用人御庭番と兼任で老中に取り立てる。

なに、私からほんのささかやかな祝いだよ」


それはまずい。

この先厳しい事になる…相当に覚悟しないとな。

■「歌劇」…オペラ。タブブラウザの一種、デスクトップ版も存在したが、モバイル機器に多く組み込まれた。

iPhoneの登場によってサファリに取って代わられ、モバイル市場でのシェアを落とした。

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