第20話 狩猟の旅
第20話 狩猟の旅
足音の主である大勢の軍団は、どこかの軍らしかった。
将の者が前に出た。
「ようやく見つけた…吉富殿! この榊原を置いて行くなど、ひどうございます!」
「榊原様!」
軍を率いて来たのは榊原殿だった。
もう高齢でとても旅には耐えられないだろうと、黙って置いて来たというのに。
井伊の家臣団に続いて、榊原殿もストーカーだったのか。
「馬鹿な…追いかけて来たとおっしゃるのか、何と言う恐ろしい事を…!」
「構いませぬ! 私は吉富殿と又七郎殿の監督、部下に同行する事の何が悪い!
これが死罪に値するなら、榊原は喜んで死にまする!」
俺は榊原殿の太い、皺だらけの手を取った。
「榊原様、ありがとうございます…私こそ至らず申し訳ありませんでした」
「理なき事とは申せ、この榊原もささやかながら尽力いたします」
俺たち火狐は榊原殿の軍を加えて薩摩を離れ、九州を北上した。
その道中、ふと榊原殿は言った。
「吉富殿、火狐の連中はわかりますが…なぜ井伊の家臣団までおられる?」
「さあ…火狐のやつらが加えたとは言っていたが」
俺もそれ以上は知らない。
井伊の家臣団は俺と榊原殿の間に割って入った。
「我ら井伊家家臣団はナイフ様に火狐への合流を直訴いたしました!」
「なんと、ナイフ様に直訴したのか…!」
榊原殿は目を見張った。
「直訴にあたり花様も我らの後押しをしてくださいました。
いーさんと又七郎殿が島津相手に大人しくしているはずはない、
島津も二人を相手に動かないはずはない。
火狐の者と一緒に薩摩へ渡り、事あらば助けよと」
「花様が…!」
井伊の未亡人は火狐の出動もナイフ様に頼んだのだろう。
…ありがたい、さすが井伊の未亡人もよくわかっている。
俺の愛する女はなんと見事な女人か。
亡くなった人はどうして、これほどの女人を疎んじていたのだろう。
俺たちの軍は小さく、榊原殿の軍を加えても百名と少しだった。
それをいい事に、俺たちは九州各地に点在する討伐の勢力をひとつずつ潰して行った。
又七郎の提案する島津の誘導戦法は有効で、人数の少ない俺たちの大きな助けとなった。
もちろん事前に火狐のやつらが敵陣に潜入して、さまざまな工作をして。
戦闘員の俺や又七郎、榊原殿とその軍、井伊のストーカー軍団とは違い、
火狐のやつらはもともとが隠密、そういう工作事は本職だった。
火狐のやつらの工作のおかげで俺たちは戦える。
又七郎が綿密な作戦を立ててくれる。
井伊のストーカー軍団は俺について前に出てくれる。
榊原殿とその軍は誘導した敵を包囲してくれる。
俺は彼らと戦って、初めて人を信じたように思う。
俺は誰の事も信じてはいなかった。
母親は俺を捨て、引き取られた先で虐待を受け、たらい回しにされた。
俺はやくざの子、人殺しの子。
15歳で台湾伊家に引き取られるまで、明日殺されても何らおかしくない暮らしだった。
信じられるのは自分自身だけ、それは俺に与えられた恵みだと思ってきた。
外国人が「コールド・フィッシュ」と呼んだ、感情を露にしない冷たい性格は、
犯罪の世界で花開くためにある、そう思ってきた。
「抜け駆けして悪いな…でもそれは貴様らがぐずぐずしているからだ」
俺は柔らかい甲冑の赤い面を表に着て、本丸に踏み込み、
組み立て式の大槍でくぎ付けにした敵将の首を刀で跳ねた。
肥えた敵将なので首も重く、床を鈍く響かせて転がった。
「嘘だろ…よくも殿を」
「島津はおいたちん獲物じゃっど、邪魔すっでなか」
又七郎が報復を試みる敵兵らを斬った。
速い、いやそれ以上に強い…だが人数が少し多い。
俺もピストルを抜いて、又七郎に加勢した。
敵が又七郎の脇から発砲した。
「かかって来いコラ! 貴様らぐずぐずするな! また抜け駆けしてもいいのか、ああコラ!」
「ちょっ…いーさん!」
「行くぞ又七郎、『誘導』」
俺は又七郎の耳に囁きかけた。
又七郎は頷き、俺たちは揃って駆け出した。
俺を付けて来た井伊のストーカー軍団も、敵の後ろについて動いた。
「鬼さんこちら!」
そうして庭に出ると、隠れていた榊原殿とその軍が出て来て敵を包囲した。
「漁業『巻き網絶対包囲!』」
「かかったぞ、大漁だな!」
俺たちと火狐のやつらもそこに加わり、敵は完全に包囲された。
「くそ…どこの軍だ、徳川にそんな軍があるなんて知らんぞ」
「どこの軍? 俺たちは島津をぶっ潰す、いーさんと愉快な仲間たち…、
名付けて『井伊直政さんを偲ぶ会』だ、我々の邪魔をしないでいただきたい」
俺たちの中心には井伊直政がいる、彼が俺たちを引き合わせてくれた。
…まあ、井伊直政を殺したのは俺だけどな!
「いーさん…おい、別に井伊直政ば偲んではなかとよ」
「私どもも全然…むしろ殿を殺してくれて感謝しているくらいですし」
「我々火狐も別に…」
又七郎と井伊のストーカー軍団、火狐のやつらは苦い顔をした。
榊原殿は驚きに口を手で覆った。
「うわっ…私の直政、嫌われ過ぎ…?」
「嫌われているのは我々の方らしいですよ、榊原様」
俺は囲んだ敵の尖った目つきを見た。
俺たちは包囲する網を縮めた。
それから俺たちは九州のやつらを残らず潰し、ナイフ様の許へと帰った。
「島津との交渉が九州討伐とは…まあいーさんらしい」
ナイフ様は苦笑し、「おかえり」を言うと俺を抱きしめてくれた。
その夜、俺はナイフ様のところに泊まった。
暗がりの中でナイフ様は俺の脚を割って言った。
「蛍は甘い水の許へ帰って来るのだな…」
「私は甘い水がなければ生きていけませぬ故」
俺はかすれた声で答え、脚をナイフ様の腰に巻き付けた。
「蛍は…言葉に出来ない想いを燃やすから美しいのだよ。
そなたも娘の事は十分に愛しておろう、なのになぜ結婚を迷うのだ」
その話か…やはり出たな。
どうしても避けられないのか。
■「狩猟の旅」…サファリ。ネットスケープ、ファイアフォックスに並ぶタブブラウザ。
かつてはMacintosh用の弱小ブラウザだったが、iPhone、iPadの登場によりシェアが飛躍的に拡大した。




