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第10話 徳川の四天王

第10話 徳川の四天王


俺たち御庭番が島津を任された事は、徳川の家中を騒然とさせた。

傷が癒えるを待って出仕すると、皆が一斉に俺たちに目を向けた。


「御庭番ごときが島津を相手にするだと…?」

「島津とは又七郎殿のご実家ではないか」

「御庭番とは忍からなる隠密の軍のはず」

「くそ、火狐の奴らめ…」


本来島津を任されるべきはたぶん、徳川の中でも四天王に相当する重臣だったのだろう。

俺は彼らの半数を殺し、そこに割り込んでしまったのだ。

思えばなんと恐ろしい事をしでかしてしまった事よ。


「御庭番ちゅうとは徳川ん庭ば領土とし、そこに城ば構えいつでん参上しっせえ、

ナイフさあばお守りすっ、直属ん部署じゃっど」

「煽るな又七郎」


俺は家中の者に言い返す又七郎をたしなめた。


「じゃどん、いーさん…!」

「風当たりが強いのは承知だ、今のうち言わせるだけ言わせておけ」

「そなたたちが御庭番の火狐か」


五十過ぎの男が廊下で俺たちに話しかけてきた。

ナイフ様は俺たちのために付けてくれた者だった。


「これは…榊原様」


榊原殿は老中ではあるが、すでに一線を退いた老臣だった。

俺たちの教育も兼ねているらしい。


「ナイフ様のご寵愛と言うからには、さぞ美少年だろうと思いきや、

まさか私と一回りほどしか違わぬとは…」

「四十にございます」

「そうであったか、ちょうど同じ年回りなのだな…」


榊原殿はうつむきながら、もじもじと横目で俺を盗み見た。

亡くなった人とそういう関係があったのだろうか。

老臣ではあるが、榊原殿も徳川四天王の一角。

この人が力になってくれるのはとても心強い。

…大事にしたいものだ。


「どうされましたか榊原様、私が誰かに似ておられますか」

「あ…いや」

「榊原様、至らぬ者にございますが、何卒よろしくお願いいたしまする」


俺は廊下の端に逸れて座り込み、指をついた。

又七郎もそれに続いて指をつく。

榊原殿は動揺しながら、頭を上げてくだされと腰を屈めた。


「いいえ、榊原様は私どもの上司にあたられる。そのようなご無礼など…」


俺は又七郎の視界の外で、袖に隠しながら指先で榊原殿の指先に触れた。

榊原殿は一瞬戸惑い、でも年老いて太くなった自分の指を俺の指にそっと絡めた。

陥落だな、榊原殿。



「ナイフ様より榊原様のお名を聞いた時より、ずっと心にかけておりました。

でもまさかこんなに素敵な方だったとは…想像以上にございまする」


俺は榊原殿の腕の中、終わってかすれた声で耳元に口づけた。

俺と榊原殿は示し合わせ、又七郎に用事を言いつけて二人きりの時間を作った。

まだ白昼だった。


「吉富殿…こんな白昼堂々、見つかってしまえば一大事ですぞ」

「…これは秘密の恋、私たちは互いに秘密を分かち合うのでございます。

恋は秘密を纏っていっそう激しく燃え上がります故…」


俺は榊原殿の唇を自分の舌で割った。

俺たちは長いこと唇と唇で戯れていた。


「赤い肌、そなたはずいぶんと違うのだな…そなたも美しいことは美しいが、

それ以上に妖しい魔力がある…火狐だからか」


美しさ、妖しい魔力…当たり前だ。

生きるために必死で身につけた能力だからだ。

商品をより良く見せたいのは、商人としては至極当然。


「私は榊原殿に恋するただの男にございます。

榊原殿が病んで亡くなれば、私も共に病んで死にまする…榊原殿は?」

「私も…吉富殿が病んで死なば、この榊原も共に病んで死のう」


榊原殿、あなたはもう俺の奴隷だ。

どうしてもあなたが欲しかった。

俺と又七郎の吉富家は新参の外様。

ナイフ様とは別に、徳川の家臣らとの間に入る者が誰か要る。


島津との交渉は現在も難航しており、徳川からの再度に渡る出頭要請にも、

あれこれ理由をつけては、のらりくらりと躱している様子だった。

その島津の又七郎はと言うと、あの日以来しゃがんで小用を足すようになった。


「いーさん、おいはいよいよおなごんなっとよ」


戸を開け放した便所の中で、又七郎はしゃがんで用を足しながら言った。

まだ痛むのか、苦痛に顔を歪めている。

俺はふと目を逸らそうとした。


「いけん! いーさん目えば逸らしよったらいけん! ちゃんと見い!」

「見ろって言われても…」


又七郎は恥ずかしいところをわざわざ俺に見せつける。

そして俺がちょっとでも目を逸らそうとすると、すぐにいけんと言って怒る。

俺は呆れた。


「…お前はそのうち俺の目の前で大便でもするつもりか」

「すっど、出来ればいーさんが顔ん上でしたかと。おいん恥ずかしかとこ、

一番恥ずかしかとこ、いーさんに見て欲しかち思も。

恥ずかしかとこんみいんなみいんな、おいが心ん全てはいーさん、いーさんじゃっで…」


又七郎はちり紙を取って、俺に差し出した。


「いーさん、拭いて欲しかと」


俺は仕方なくちり紙を受け取り、又七郎の背中に被さるようにして、

彼の尻を拭いてやった。

…又七郎の尻は少し丸くなった?


「おいはそんうち、胸も尻も突き出しっせえ女陰も出来っせえ、完全なおなごんなっど。

おいがおなごんなったら、いーさんおいば嫁じょんしてくれんね…」

「俺の嫁は男かよ」


俺はちり紙を落として、又七郎の傷跡を三本しかない左手の指先で撫でた。

又七郎は俺の首に手を後ろに回した。

俺の胸で、くうんと甘く切ない鳴き声がする…。


■「徳川の四天王」…徳川のすごい人たち4人。

・酒井忠次:じじい、以上。

・本多忠勝:他人の怪我をプゲラしに来る人。

・榊原康政:成田氏と一日の全国最高気温を争う地味な人。

・井伊直政:成田氏と買い物客争奪戦をくりひろげたデブ。

■「御庭番」…徳川の御庭の家に住む番犬又七郎と、そのハンドラーであるイーサンの事を指す。

■「じゃどん」…又七郎用語のひとつ、「しょぼん」の仲間。


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