新年あけましてご生誕おめでとう、須坂君!
恋する乙女な私の最近の悩みは唯一つ。
年末に向けてどうやって大掃除しようだとか、どうやってお年玉回収しようか、だとかなんてものじゃない。
須坂君に何をプレゼントしたら喜んでもらるのだろうか。
それだけだ。
あ、須坂君というのは私の恋人で、世界で一番優しくてカッコいい人です。
これは誇張なんかじゃなくて事実。
恋は盲目とかあるけど、須坂君への恋心はむしろ私を覚醒させてる。
だってカッコ良過ぎて瞳孔開く勢いなのに、まだ私生きてるんだもの。
実は、そんな須坂君と運命の赤い糸に導かれ、見事に恋人同士になってから初めての彼の生誕日が目前に迫っている。
お誕生日なんて生温い表現じゃ駄目だから生誕日って呼んでいるんだけれど、あと幾つ寝るとお正月、あと幾つ数えると須坂君の生誕日……そんな歌がぴったりな程に日にちが迫ってる。
あと一カ月と一週間しか時間が無い!
世界一素晴らしい須坂君の生誕日は元旦。
流石世界一素晴らしい男の子は、世界一目出度い日が生誕日。
私はこれを知った時、あまりの素晴らしい日付に感動したあまり、鼻血噴いて倒れて須坂君に介抱してもらっちゃった!きゃあっ!
けれども未だに何をプレゼントしたらいいのか全くわからないし、土下座してリクエストくださいとお願いしたのだけれど、そもそもそれが謎すぎた。
『俺……世界で一番価値のあるものが、欲しいかな』
あんまりにも抽象的だし、世界一って何?
一回目の生誕日プレゼントに世界一を強請るとか、私は来年からどうしたらいいって言うの?
世界一の価値があるものって私にとっての世界一は須坂君だよ?
須坂君に須坂君をあげるの?
むしろ私が二人欲しいよね、観賞用須坂君と実用須坂君。
あああ須坂君のみで構成される逆ハ―とか楽園なのかな?この世の天国なのかな?
でも多分須坂君が求める世界一はこれじゃないと思う。
彼女の勘がそう言ってる。
そんなこんなで恋の壁は万里の長城より長い。
難題が難攻不落で先も隙も見えやしない。
あまりの苦しさに男友達に相談すると、彼は喜んで話を聞いてくれた。
曰くはっきりしない須坂君が悪い、私は献身的過ぎる、私は可愛い、私みたいな子を彼女にしたい、俺なら大事にするのに、とか。
優しい友人を持てて幸せだなあ、ただし須坂君をさり気なく貶したのは許さねえぞこの醜男、と涙ながらに考えつつ――感謝の意を込めて目を合わせて微笑むと、友人の頭がポンッと鳴り、倒れたのだ。
慌てて抱き起こした彼は口から血を零し、体温はぐんぐんと下がり、瞳孔が開き――有り体に言うならご臨終していた。
………うん、言いたい事は分かります。
でも死んだ事は仕方ない。
微笑みで死んじゃう事自体は自然の摂理、恋する乙女の哀愁パワーだから仕方ない。
恋する乙女の微笑みは最高に可愛いからね。
しかも世界一カッコ良くて優しい須坂君を想っての笑顔だから尚更ね?
でも私の乙女力が原因だとしても、故意じゃないんだから私に責任はありません。悪しからず。
確かに死んだ事はショッキングだしご愁傷様だけど、でもでも、驚くべきはここからだ。
なんと友人は生き返った。
口から血を吐き、白眼をむいて、あーうーとかしか言わない上にハンティング系肉食男子になっていたけど。
これ多分いわゆるゾンビだと思うし、自意識無いと思うけど。
兎に角生き返ったから私の笑顔の可愛さに罪はない。
キュートいずジャスティス!
私は無実です!
ゾンビ化した友人はハンティングが一番の優先事項らしく、道行く人々に迷わず襲い掛かって行く彼は、車に撥ねられようが鉄バットで殴られようが起き上がり、不屈の精神を見せ付けた。
そこからは大騒ぎで警察やら軍やら色々わらわらと出張り始め、銃で蜂の巣だったり友人が華麗に銃弾を噛み砕き始めたり。
あまりに凄惨な光景に、か弱い恋する乙女な私はついにもう止めて!と声をあげると――何故か友人は私の言葉に従って無抵抗になった。
そんなこんなで呆然としてる間に謎の車両に私ごと拉致されて、友人とは離れ離れになっちゃった。
救いの手は何処にも現れないまま、私は悲劇の囚われ系ヒロインになってしまったのです。
須坂君、私はここよ!なーんてね。
それからは白いコンクリート部屋に閉じ込められて、白い明かりの下でひたすら尋問、尋問、尋問!
白衣を着た科学者という悪魔共による尋問に次ぐ尋問で、私の心は弱り切った。
だってこんなところで時間を潰してなんていられない。
須坂君の生誕日は刻一刻と迫って来てるって言うのに、友人の変貌の理由を聞かれたって困る。
そんなの乙女パワーが働いて頭がポンッてなったに決まってるじゃない!
メカニズムなんて聞かれたって世界一カッコ良い須坂君への恋心が発端なんですとしか説明出来ないじゃない!
わんわんと泣き出した私を哀れに思ったのか、白衣の悪魔の一人がハンカチを差し出してくれたので――私は微笑みと共にそれを受け取った。
ポンッという軽快な音と共に。
そして悪魔は私に陥落し、悪魔へと進化した。
悪魔は私のお願いは何でも聞いてくれた。
人並み外れた腕力で鉄の扉を破り、人並み外れた脚力で警備の男たちを蹴散らして行く。
それでも忠実なる悪魔が一人だけじゃ脱出に心許ない。
ふと思いつき、向かってくる大量の人々に微笑めば――私のゾンビ達は大量に増えた。
彼等はどんなお願いにも素直に従ったけど、やっぱり食欲だけは旺盛だった為に歩くスプラッタホラーになっちゃったけど、まあ、それは、ねえ。
ゾンビだし仕方ないかなって。
はいはいご愁傷様、ご愁傷様。
*
そんなこんなで見事に謎の白い施設から逃げ出す事に成功した私は、考えに考えた。
まず須坂君の生誕日まで時間が一カ月しか無いという事。
次に、白い施設に拉致された経緯と謎のゾンビの事。
最後に、私の微笑みにはゾンビを作り出す能力があるらしいという事。
これらを総合して考えるに――私はこの先多くの謎の人々や団体に狙われるだろう。
そして、それらは総じて須坂君の生誕日を邪魔するものでしかない。
ただでさえ要求されたプレゼントは世界一価値のあるものだと言うのに、準備する期間を削られてしまう。
普通の女子ならばここで絶望のあまりに涙するだろう。
だけど私は恋する乙女、涙は流しても絶望はしない。
考えに考えに考えて――そして私は覚悟を決めた。
私はゾンビにお願いして無理矢理テレビ局を乗っ取り、世界中に笑顔を振りまいた。
その過程でゾンビのご馳走になってしまった方々の御冥福は時間が勿体無いので一分だけ祈ります。ご愁傷様です。
勿論公共の電波に私の笑顔を流す際、須坂君がテレビを見ちゃうとアレだから電話でお喋りをしながら収録した。
久しぶりに聴く須坂君の声は余りに美しいのに、私の心配をする言葉まで出てきて、もうね!もうね!
私と須坂君のらぶらぶトークを全世界に公開するのは恥ずかしいけど、仕方ないものね!
あっ、勿論彼は恋人と電話をしながらテレビを観るような心無い事をする人じゃないから、須坂君の頭はポンッとはならなかった事をご報告させて頂きます。
流石は須坂君の気高い人格よ。
それに比べてうっかりな私は一番大事な事をゾンビ達にお知らせするのを忘れていたから、慌てて再度公共の電波に、須坂君は食べないでね!とメッセージを流したところでテレビ局に軍隊が突入してドタバタ騒ぎに。
ま、でも全国のゾンビ達にお願いは出来たからオールオッケー!
これで須坂君の安全は守られます。恋人の身の安全を確保するくらい、恋する乙女ならお茶の子さいさい!
そんな風に近代兵器VSパニックホラーを背にテレビ局を華麗に脱出し、須坂君には生誕日を楽しみにしててね(はーと)とメールを送った。
よーし、俄然やる気が出てきたぞー、待っててね須坂君!最高のプレゼントを用意するからね!
*
そんなこんなで本日は元旦こと須坂君の生誕日。
恋する乙女の行動力に人々は驚く事が多々あるけれど、今では誰も彼もが私に恐怖していた。
ゾンビを従え、デススマイルを浮かべ、今日まで破竹の勢いで世界を闊歩しているのである。
そりゃあ私だって須坂君に恋をしてなければ恐怖に涙しただろう。
そして須坂君の胸にあわよくば飛び込んで――いや、それは恋に落ちちゃうから、結局泣くより幸せの余りに鼻血を噴いていただろう。
勿論人類が私という存在を許した訳では決してない。
出来る限りの事を彼等は頑張っていましたとも。
けれど最早私の笑顔は鉄板の粒子の間を縫うように通り抜け、目標の頭の中身をポンッとしてしまう。
私を殺そうとミサイルをどれだけ撃とうとも、私が笑顔でくるっと回ってみせれば全ての武器は空中でポンッと無力化されて墜落する。
私が微笑めば道は死体の絨毯が敷き詰められ、通り過ぎればむくりと起き上がる不屈のゾンビの群れが出来上がる。
さらっと大地に微笑めば、地からマグマが噴出し、新たな大地を生み出そうと世界は蠢きだす。
そんな私に敵わぬ人間達を責めてはなりません。
ただ恋する乙女パワーに敗北してしまったに過ぎないのです。
ラブ&ウォー、ラブ&ピース、どちらも最終的には愛しか残りません。
最後の国家がついに私の愛の力に降参の意を示した時、私は一糸乱れぬゾンビ軍団を従えて、生きとし生ける人間達を駆逐して、愛高らかに宣言した。
ハッピーニューイヤー!
ハッピーニュージェネレーション!
ハッピーニューヒューマン!
――そして私は覇王と呼ばれるようになった。
それでも人間とはいじましいもので、覇王に最後の希望を差し向ける。
一般的な流れで言えば無駄な努力としか言いようのない最後の抵抗だけれど、なんと今回私に立ち向かう勇者は世界一優しくて、世界一カッコ良い須坂君!
世界で唯一ゾンビに襲われない奇跡の人間として、私と戦う為に連れてこられたんだって話を小耳に挟んだ。
あれ?それってゾンビに命令したアレが原因?
でもでもやっぱり、須坂君が私に会いに来る流れになるなんて、運命の赤い糸に導かれてるからなのかな?
やだもう恥ずかしいっ!
勇者の須坂君が近代武器というか銃を担いで覇王の城に単身乗り込んで来た瞬間には、あまりの格好良さに鼻血が流れた。
誰だよその装備と衣装選んだやつ…分かってんじゃないの…。
悲痛な顔でなんで、とかどうしてなんだ、と私に向けて呟く彼はもう余りにイケメン過ぎて世界が滅びそうっていうか私が滅ぼしたい。
そんな余りにカッコ良すぎる須坂君に笑いかけないように気をつけながら、心からの祝福を口にする。
「ハッピーバースデー!世界で一番価値のあるものを――そう、世界の全てをあげるわ須坂君!」
私が出した答えはいたってシンプル。
世界で一番価値のあるものが分からないなら、世界全てをあげれば良いの!
だから、喜んでくれるよね、須坂君?
けれども須坂君のカッコ良さは私の斜め上を光速で駆け抜けるから困っちゃうのだ。
もう本当、どうしてこんなにカッコいい人がこの世に存在するんだろう。
俺が欲しかったのは君の笑顔だ、なんて惚気を聞かされて、ゾンビに囲まれながらついうっかり笑顔をこぼしちゃった私は最早うっかりさんどころではないだろうけど正直仕方ないよね。
だって須坂君カッコ良いんだもん。
ああああああ!しまった!
須坂君まで頭がポンッてなっちゃったぁ!
そんな叫びが世界中に響き渡るまであと二十秒。
騒がしくしてしまう前にご挨拶と共にこのお話も締めましょう。
それでは皆様ご一緒に。
あけましてご生誕おめでとうございます、須坂君!