第6話 「ものを作る者」
人の流れに沿いながら市場を抜け、また違う地区に入った。
市場があった通りよりもかなり狭い路地の両側に、赤練の家屋がとても密に立ち並んでいる。路地に面している家屋の壁には大きなガラスの窓があって、なにかを展示している。
近づいてよく見ると――――
「家具が多いな」
「そりゃあ職人街だし」
椅子や棚、机が窓の向こうに並んでいる。見る限りでは、どれも主に木材を用いているようだ。落ち着いた色合いのものが多い。
職人街の路地は、人の数こそ市場ほど多くはない。けれど、窓の向こうの家具を眺める人々の視線には熱気と感心が満ちている。
「家具が尊ばれているように見える」
「まあ、ソーハンの家具は世界的に有名な銘柄だしね」
家具を眺めるチエの様子はあまり面白そうじゃない。
「なにか良さがあるのか?」
「えっとね……確かめちゃくちゃ軽いのよ。軽さと美的外観を限界まで追究しながら強度を保つ手法がどうのこうの……まあとにかく、すごい技術の完成形なのよ」
「これが……技術の完成形……」
ひと目でなんの家具なのかが分かる、簡潔明瞭な外観。骨組みは僕の腕よりも細い。外板はとても薄く、その表面には細かな模様が彫られている。中には彫り抜いているものまである。本当にこれで強度が保てているんだろうか?
「興味あんの?」
「ああ」
「じゃあ中に入れば?」
「入っていいのか?」
「そりゃあ営業中なんだから、入ってもいいでしょ」
答えるが早いか、チエは扉を開けた。
入ってすぐに、木の香りに包まれた。壁に沿い、あるいは部屋の中央に、家具がいくつも家具が並んでいる。
「先に言っとくけど、壊さないでよ?」
「ああ」
ということは、椅子に座ったりするのは避けたほうがよさそうだ。
デザインはどれもほとんど変わらない。けれど、奇抜さを不要と思わせてしまうほどに、装飾の精密さが視線を奪う。模様に直線がほとんど無く、たどろうにも延々とうねり続けているから、果てが無いんじゃないかすらと思えてしまうけれど、そこにわずかほどの直線が区切りや切れ目を入れる。そのせいで、模様をたどるうちにいつの間にか沈み込んでいた意識がふっと跳ね上がる。
動かない物体に、動きがある。動いているんだ。
「らっしゃい! ……ってなんだ、ナカタの嬢ちゃんじゃねえか。また冷やかしか? えぇ?」
部屋の奥側にある廊下から、左肩にタオルを引っ掛けた軽装の男がやって来た。若くはない容姿だけれど、老いているわけでもない。快活さから、そう感じるのかもしれない。
「ああ、あんたの店だったのね。“コウカク工房”って改名したら、あんたの名前も併せて分かるのに」
振る舞いは本当に分かっていなさそうだけれど、実際は分かっていたんだろう。おそらくチエはそういう人間だ。
「何回も来てるんだからいい加減覚えろやい。先代から継いでんだ、この工房の名前は“円角工房”からぜってえ変えねえ……っておい、なんだよツレか?」
男――――コウカクが僕のほうを見やる。
「この人は普通のお客よ」
チエが指しているのは――――僕だ。
「んっ!」
「ちょっ、チエ――――」
「すいやせんしたお客さん! 数ある工房の中からこの円角工房を選んでいただいて、ありがたい限りっす」
コウカクがチエとの間を遮る。笑顔だけれど、どうも笑顔だとは思えない表情。チエに対していた時とは違う雰囲気だ。
「おい、ちょっと待ってくれ」
「あい、失礼しやした」
向こうでニヤついているチエよりも先に、コウカクと話をつけるほうが先のようだ。
「僕はチエの……」
……あれ? 僕とチエはどういう関係だと言い表せばいいんだ?
「えっと……」
「おやはあ、お客さんはナカタのお嬢と面識がおありで?」
“おやはあ”ってなんだ? 決まり文句のようだけれど……
「面識というか、なんというか……」
「くっ……ふふ……」
コウカクの背後から聞こえてきたのは――――
「おい嬢ちゃん、なにがおかしいんだ? えぇ?」
コウカクが声を潜めながら背後のチエに訊く。
「だって……あんたらどっちもバカだから……ふひふっ……」
“ふひふっ”という笑い声は初めて聞いたな。
「……あっ! そういうことかよ!」
コウカクはなにかに気づいたらしく、チエはその様子をまた笑う。
「あんたってほんとに接客の時の視野が狭いわね。余裕を持てって何度も言ってあげてるのに」
「サクッとそんなことができりゃあ苦労しねえや。まあとにかくよ、この少年はお前の知り合いってことでいいんだな?」
「つい数時間前からの新入りよ」
チエが苦い顔になる。本当に表情の変化が鋭敏だな。
「新入りってことは、少年も風旅すんのか?」
コウカクが僕をじいっと見つめる。
「そうらしい」
……“らしい”?
“だ”と言い切るつもりだったはずだ。どうして曖昧にしたんだ?
「おおそうか! よかったな少年!」
コウカクが笑顔で言う。今度の笑顔はちゃんと笑顔だ。
「はあ……」
こういうものを祝意というらしい。そういえば、あの第一歩の時、アラシは僕に祝意を表していた。
祝意。誰かの成功や発展に贈るもの。今の僕は贈られるばかりだ。
「なあコウカク」
思考のままに声が放たれる。
「なんだ?」
「ここにある家具はお前が作ったんだよな?」
「ああ。中には先代の作った古いやつもあるが、ほとんどのやつは俺ひとりで作ったものだ」
「じゃあ――――」
言葉にする前から、きっと不自然になるんだろうと分かっていた。
けれど、僕は贈りたかった。
「見事な家具を作って、よかったな」
動かない物体に動きを与える。そんな未知を見せてくれて、僕の知らない場所と時間でそれらを作ってくれたから、僕は未知を知り、感じることができた。コウカクの働きに、僕は祝意を贈りたかった。
けれど、コウカクは、そしてチエも、呆気にとられた。
そこから抜け出したのはチエが先だった。
「……一応訊くけど、本気で言ってんのよね?」
「ああ」
「やっぱそうよね」
コウカクも呆けから抜け出したけれど、代わりに困惑している。
「こういう時ぁ……どう返しゃあいいんだ?」
コウカクがチエに向かって尋ねる。
「なんでチイに訊くのよもう……」
そう言いつつ、チエは少し思案して――――
「『ありがとう』とか言っとけば?」
「まあ……そうすっか」
コウカクが僕のほうへと向き直る。
「あ……ありがとよ?」
「ああ」
「……やっぱ違えんじゃねえか?」
コウカクが落ち着かない様子でチエのほうを向く。
「だからチイは知らないってえのよ」
チエは気だるそうに返した。
やっぱりうまく贈ることができなかったようだ。けれど、それでいい。この祝意の端だけでも贈ることができれば。
「まあなんだ……少年が本当にソーハンの家具を持ちたくなったら、そん時はコウカク工房……じゃなくて――――」
「ほら、やっぱ改名したほうがいいんじゃない?」
「しねえよ! まあなんでもいいからよ、円角工房の名前だけでも覚えていてくれりゃあ十分だ。気が進みゃあウチで買ってくれてもいいからな」
「ああ、そうする」
僕がお金を持っていないということは分かっているようだ。
「チイが買うとしたら向かいの迅牙工房にするけどね」
「嬢ちゃんは煽るのがうめえのな」
「お客が欲しいならちゃんと技で勝ち取りなさいってことよ」
あっ、また“笑顔とは思えない笑顔”だ。
「そもそも家具は定住者に買ってもらいなさいよ。チイたち遊行者には需要ないわよ」
チエが出入口の扉のほうへ歩いてゆく。ここから出るようだ。
追いかけて、チエの手を掴む。
「そりゃあでかいやつはそうかもしれねえけどよ、小さくて軽いとなりゃあ、持ち運びだって楽だと思うぞ?」
チエの顔がコウカクのほうへと振り返る。
「まあ、いつかチイがどこかの定住者になったら、考えてあげるわ」
その横顔は微笑みに似ていて、けれどそれは見たことのない表情だった。




