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1-7

 その後、レオは、自宅へ戻る時間を惜しんで、三階のギオルの部屋へ向かった。

(早く父に連絡しないと……。)

 ギオルの部屋なら、何がどこにあるのか、よく知っている。

 レオは、誰もいないこの部屋に入り、勝手知ったる机の引き出しから、ペンと便せんを取り出すと、父モラードに短い手紙を書いた。


 ------国王軍がカーラ姫をさらって、父さんの捜査を要求してきている。

  くれぐれも警戒されたし。  レオ------


 本当は裏金の事を問いただしたかったが、それはあえて書かなかった。もしかしたら、この手紙が国王軍の手に渡る可能性もある。だから今は、とりあえず、現在の状況だけを書き留めてロウで封をし、レオは、近くにいた兵にそれを託した。

「急いで議長のもとに届けてくれ。」

「分かりました。」

 兵が去ると、ふいに、レオは、むなしさに駆られた。

 ここはギオルの部屋だ。

 そこかしこにギオルとの思い出があるのに、ここにギオルはいない。

 それが、とても寂しかった。

(……ギオル。)


 ギオルは、不幸な子供だった。

 勤労日は、領礎結界石で守られた、この建物内しかいられないし、回復日でも、結界士用の重いローブを引きずっていないと、外にも出られない。だから、外で駆け回って遊んだ経験が、ギオルにはなかった。それを破って外に出れば、何日も寝込むことになる。ギオルは幼い時から、行動の自由が制限されていた。

 それに、ギオルには、職業選択の自由もなかった。

 ギオルには、他に兄弟がいなかったため、早い段階でデノビア領の結界士長になる運命が定められていた。もっと遊んでも、誰もとがめたりしないのに、少年ギオルは「他にすることもないから。」と、毎日結界術の勉強ばかりしていた。

 そんなギオルを、レオは、可哀想だと思った。

 せめて少しでもギオルを楽しませようと、いろんな話を持ってこの部屋にやってきた。どこかの子供がイタズラをした話とか、どこかの大人が酔っぱらって奥さんに怒られた話とか。ギオルは、喜んでレオを迎え入れてくれたが、今思えば、ギオルが少年らしい顔をしていたのは、自分と喋っている時だけだったのかもしれない。


 ギオルは、成人を前に、相次いで両親を亡くしている。

 ギオルの両親は、ともに上級結界士だったが、術力的には中級結界士に近かったため、毎日の結界石の構築作業に疲弊していた。デノビア領民を守るため、そして、息子ギオルにその苦労を背負わせないため、両親は、必死で結界石を構築し続け、その過労がたたって亡くなったらしい。

 青年ギオルがノーラ家を引き継いだとき、その姿は誰の目にも哀れに映った。

青年ギオルは、ひどく痩せていて、滅多に笑うこともない。寡黙で、粛々と職務に励む様子は、声をかけるのも躊躇ためらわれるほど、繊細せんさいな青年に見えた。


 ただ、そんなギオルが、別人のように輝いている日が、たった一日だけあった。

 あの日、ギオルは、「レオ聞いてくれ!」と饒舌じょうぜつに語りだしたのだ。ギオルは、ずっと心に秘めていた想いを、「ついに打ち明けてしまった。」と照れながら言った。そして、「あの人も、同じ気持ちでいてくれたらしい。」と。それが「本当に、嬉しかったんだ。」と。ギオルは珍しく、はしゃいでいた。あの日のギオルは、とても幸せそうだった。

 けれど、ギオルには、結婚の自由もない。

 その日以降、ギオルは、身を切るような苦しみにさいなまれた。ギオルが手に入れた恋は、誰にも祝福してもらえない恋だった。ギオルの頼みで、何度か逢瀬を手伝ったが、それは、たぶん逆効果だった。ギオルの苦しみは晴れようがなく、愛情が深まれば深まるほど、ギオルは一層、追い詰められていった。

 ギオルは、いつも彼女の事を案じていた。

 もし、この関係がおおやけになったら、たぶん、彼女は、デノビア領民から「悪女」とののしられることになるだろう。生まれ育った土地で、後ろ指さされて暮らすことになる彼女に、自分は何ができるのだろう。


 不自由な環境と、度重なる不幸、報われない恋。

 ギオルはもう、限界だった。

 そんな憔悴しょうすいしきったギオルを、レオはもう、見ていられなかった。


   ★


「軍将、こちらにいますか?」

 誰かの声に、レオは、ハッと我に返った。

「ああ、ここにいる。」

 返事をすると、扉が開かれ、ネリーが、

「ああ、こちらでしたか。」

と、顔を出した。

「あの~、国王軍の方は、帰られたんですか?」

「……お前が心配することではない。それより、ネリー。そちらの首尾はどうだ?」

「もちろん、バッチリです! 久しぶりのガールズトークに盛り上がっちゃいました~。」

「そうか。」

 やはり、同性同士の方が話しやすいのだろう。

 心配事が一つ減って、レオは、安堵の息を吐いた。

「それで、クイ姫は、どんな男が好みだった?」

「え~っとですね~。」

 しかし、ネリーは、なぜか、もったいぶって視線を泳がせた。

「え~っと、一字一句そのまま伝えますね~。え~っとですね~、クイ姫が好きな男性は、……「レアな変態さん」です。」

「は?」

「そんでもって、「レアな変態さん」に「束縛されるのがサイコー」なんだそうです。」

「は?」

 ネリーの言葉に、レオは、眉間にしわを寄せた。

「……お前、もしかして、「男の好み」ではなく「夜の好み」を訊いてきたんじゃないだろうな?」

 ネリーは慌てた。

「ち、違いますよっ!」

「じゃあ、他に、クイ姫は何と言っていた?」

「他ですか? え~っと、「すっごくおっきい人がいい」って。」

 その瞬間、レオは、カチンときた。

「何がガールズトークだ! 貴様らが盛り上がっていたのは、ただのわい談ではないか!!」

「ぎょぎょ!」

 ネリーは慌てて言い訳をした。

「ち、違います! たぶん、それは、うつわが大きい人って意味で……。」

「もういい、出て行け!」

「ぎゃふっ。」

 レオは、ネリーを蹴り飛ばすと、力任せに扉を閉めた。

 バン!

 扉に苛立いらだちをぶつけても、気持ちが収まらない。

(ああ! ネリーが、ここまで使えないヤツだったとは……。)

 しかも、役に立たないのは、肝心なところだけだ。

 体力もあり、剣も使えて、雑務もそつなくこなすのに、護衛対象は逃がすは、収拾した情報はエロ方向に偏っているは。これでは、何のためにネリーを重用してきたか分からなくなる。

(くそう、まともな奴はいないのか!)

 まだ入隊三年目のネリーを重宝してきたのは、女兵士がごくわずかしかいないからだ。デノビア領では、領軍の活動は、ほとんど外界で行われるため、「将来の母体に悪影響があるのでは?」と、女性の入隊が敬遠されてきた。また、よそ者が入りにくい社会構造をしているために、護身術を習う女性も少なく、武術に触れる機会が乏しいために、それを志す女性も少なかった。


(……いまさら、そんなことを言っても始まらない。)

 レオは、気持ちを落ち着かせるために、長く息を吐き出した。

「ふぅ~。」

 情報を整理すると、クイは、「束縛系の変態」が好みらしい。

(……クイ姫を喜ばすためには、何をすればいいんだ?)

 想像すると、急に悪寒がした。

(……ダメだ。)

 考えるだけで、吐き気がする。

(……くそっ、クイ姫を口説き落とせる気がしない。)

 レオは、がっくりと項垂うなだれた。

 自分とクイが恋人同士になれば、すべてが丸く収まると思ったが、やはり、人の心をどうこうしようと思うこと自体、間違っていたのだ。

 今日、なるべくそばにいて、クイとの距離が縮まってきている実感はあったが、この先、クイが普通以上のものを求めてきたら、とても応えきれないだろう。「束縛系の変態」の役など、自分にこなせる自信がない。

(……すまん。)

 レオは、クイをあきらめて、窓の外を見やった。

 窓の端に、半月がぽっかり浮かんでいる。

 レオは、その月に、部下たちのことを思った。

(……俺は、もう無理だ。……あとは、お前たちだけが頼りだ……。)

 彼らも、この半月を見上げているだろうか。

 彼らは今も、この月明かりの下を歩き続けている。

 西へ、西へ。

 その先にある、ウテリア領を目指して。


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