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爆発音のした方角へ、デノビア領軍の兵たちが走っていく。
クイは、それらを見送って、別の方角へと走った。
たぶん、あれは陽動だと思う。
では、本隊はどこにあるのか? 本当の目的は?
クイは、手あたり次第、人が隠れていそうな建物を覗いて回った。例えば、あまり使われなくなった民家、打ち捨てられた倉庫など。屋根の上を渡って街全体を眺めているうちに、クイは、なんとなく分かってきた。
爆発の現場に、領軍の兵たちの明かりが集まっていく。その場所を線で結んで、正三角形を描くと、外界ではない側の頂点に、あまり使われていない倉庫群が見えた。
それは、人気のない倉庫だった。
正面の扉は、錠がかかっていて入れない。
クイは、倉庫の裏手に回って、上部に一か所だけある通風孔から中を覗くことにした。まずはそこにたどり着くために、縄に鍵爪をつけて通風孔に放り込み、その縄を伝って壁をよじ登る。
そっと覗くと、中に明かりはなかった。
人の気配もしない。
ダメかと思って、別の倉庫を探そうとすると、
「遅い!」
と叱責が飛んできた。
「うわぁ。」
カーラの声だ。
「呼ばれたら、すぐ来なさい!」
ここを見つけるのだって苦労したのに……、けれど、そういう言い訳は、カーラには一切通用しない。
「はい、ごめんなさい。」
条件反射で、まず謝る。
わずかな隙間と月明かりで、ローブを羽織っているカーラが見えた。
拘束されているようには見えない。
とにかく、無事でよかった。
クイは、格子を外して内側にあった換気扇を蹴破り、通風孔から体を滑り込ませた。そして、縄で体を固定してから、その通風孔から光が漏れないように、携帯食が入れてある布袋を取り出した。中身を口の中に放り込み、袋を切り裂いて、それで穴を覆う。すると、月明かりが入らなくなったのを待って、下の方で、明かりが一つ二つ灯りだした。縄を緩めながら見下ろすと、その明かりに照らされて、カーラ以外にも、十人ほどの剣士がいるのが見えた。
「やっぱり、マーティンだ!」
マーティンと、その部下たち。
部下たちは、面白がってニコニコしているが、マーティンは、不機嫌そうに頬杖をついている。たぶん、興味本位で「クイの姉」を見に行って、カーラに顎で使われたのだろう。
(やっぱ、カーラ姉さんは怖いな~。)
どうやって、あのマーティンを動かしたのか。
カーラの魔法は、未だにクイにも分からない。
倉庫の中は、焼き印の押された木箱が山積みになっていた。微かに薬の匂いがするから、乾燥させた薬草などを入れるために使っていたのだろう。クイは、その箱の近くまで縄で降りると、箱の上に跳び移り、それを伝ってカーラのところまでトントンと降りてきた。
「で、カーラ姉さん。ノーラ家では言えない話なの?」
「ええ。」
すると、カーラの目がギラリと光った。
「ギオル様がいないのです。」
「ギオル? ああ、花婿の?」
「そうです。」
ギオルは、ノーラ家の当主で、カーラの結婚相手だ。
「もしかして、誘拐されちゃったの?」
カーラも一応、誘拐されたことになっている。
しかし、カーラは首を振った。
「いいえ、ギオル様は、レオ様がかくまっています。」
「ん?」
「ギオル様は、今、愛人と一緒にいるのです。」
「うわ~。」
ドロドロの人間関係。
結婚式の前に、まず修羅場があるらしい。
(怖いよ~。)
もちろん、カーラが負ける訳がないので、恋人たちの哀れな末路が想像できる。
(ひ~。)
クイが震えていると、カーラが目を吊り上げて言った。
「クイ、あなたは、レオ様の家に忍び込んで、ギオル様の居所を突き止めなさい。」
ギオルを引きずり出すつもりらしい。
「うん、分かった。」
カーラの命令に、否はない。
すると、そこに、
「俺はもう、手を貸さないぞ。」
と、マーティンが口をはさんだ。
「俺は帰る。クイ、お前一人で何とかしろ。」
「うん、いいよ。でも、カーラ姉さんが一人に……。」
「私の心配はいりません。適当にノーラ家に帰りますから。それより、モラード様に気をつけなさい。」
「ん?」
聞いたことのない名前。
「誰?」
「モラード様は、デノビア領の議長です。」
「ん? 悪い人なの?」
すると、カーラは、ため息をついた。
「危うい人です。息子のレオ様が押しとどめてはいますが……。」
「ん?」
ということは、レオの父親?
「あ、知っている!」
クイは、記憶の点がつながって嬉しくなった。
「下着ドロボウの人でしょ?」
「下着ドロボウ?」
「うん、ちょっと前に、レオから聞いたんだ。レオのお父さんって、若いころ、王国中を回って下着ドロボウをしてたんだって。そんで、コレクション用の蔵が、四つも建っていてさ~。ブラジャ~の蔵でしょ、パンティ~の蔵でしょ。それから、専用器具の蔵。……あれ? あと一つは、何が入っているんだろ?」
「……。」
指折り数えるクイに、ドン引きのカーラ。
そこに、
「いいだろう。」
と、マーティンが言った。
「困った女性を助けるのが、国王軍の使命だ。」
「?」
そうだったっけ?
すると、マーティンは、おもむろに立ち上がった。
「お前ら~! しばらくタダ働きになるが、カーラ姫のために働いてくれるか?!」
その言葉に、部下たちは全力で応えた。
「おー!」
無駄に盛り上がる国王軍。
その熱気に取り残されて、カーラは、ひきつった顔でマーティンを見つめた。
(ま、そう思うよね。)
マーティンは、クイの目から見ても、ただの悪ガキだ。人を困らせて楽しむ悪癖が、厄介この上ない。
そんな彼が、異例の出世を遂げている理由は、本人以外の要因が大きかった。
ひとつは、ヨシュアという有能な副官や、優秀な剣士が部下に揃っていること。さらに、移民という境遇や華やかな外見に、周りが勝手に期待を持ってしまうこと。そして、彼を上に押し上げるほど、国王軍の腐敗が進んでいること。
そうやって考えると、マーティンは、時代に愛されていた。
ちなみに、一度だけ、ヨシュアの方が適任じゃない?と思ったことがある。が、よく考えてみて、それはなかった。本人の前では言えないが、ヨシュアはたぶん、人望がない。
カーラは、軽蔑のまなざしでマーティンを見つめながら、ぼそりと言った。
「最低な男ね。」
うん、さすが自慢の姉。
護衛兵ネリーと違って、マーティンのイケメンオーラにも、惑わされていないらしい。
クイは、自分の知るカーラのままで嬉しくなった。
「うん、私もそう思うよ。」