1-3
研究所の見学は後回しにして、クイたちは、急いでノーラ家を訪れた。
兵たちは、すでに領内の捜索を始めていたが、レオはまず、カーラを護衛していた女兵士に詳しい事情を聞くために、カーラの部屋へと向かった。
兵の話によれば、カーラは、その部屋でさらわれたらしい。カーラの護衛兵は、まだそこにいるという。
レオは、二階に上がり、廊下をまっすぐ進んだ。
長い廊下のつきあたり。
その一番奥の部屋の扉の前で、女兵士がオロオロしているのが見えた。
「ネリー、何人だ?」
レオが手短に問うと、護衛兵ネリーは、
「ひ、一人です!」
と答えた。
「一人? どこから忍び込んだ?」
すると、ネリーは、レオの後ろを指さした。
「げ、玄関の方からやってきて、「やあ、ちょっといいかな?」って言ってきて、……それで、私、「どうぞ。」って答えて……。」
「どうぞ?」
ネリーは、束ねた髪が揺れるほど頷いた。
「それで、しばらくして「ちょっとの間、カーラ姫を外に連れ出してもいいかな?」って言ってきたから、私、「どうぞ、どうぞ。」って。」
「どうぞ、どうぞ?」
そこまで説明して、ネリーは、ビシッと敬礼を決めた。
「はい! まんまとカーラ姫を連れ去られました!!」
「バカか! お前は!!」
レオがネリーを怒鳴りつける。
クイは、それを横目に見ながら、
(わ~、すごい護衛だな~。)
と、感心してしまった。
もしその話が本当なら、ほぼコントだ。
ここの領軍は、こんな遊びを毎日楽しんでいるのだろうか。
「……ネリー。」
「ひ~~。」
しかし、レオは本当に怒っている。
それに、よ~く考えてみると、クイは、それができる犯人を一人だけ知っている気がしてきた。
(ん? まさか……。)
そうしている間にも、レオとネリーの会話は続いていた。
「お前は一体、何をしていたんだ?!」
「カ、カーラ姫の護衛を……。」
「これの、どこが護衛だ!!」
「すみません、してやられました!」
クイは、そのやり取りを遮って、
「あの~、ちょっといいですか?」
と、手を上げた。
クイは、その犯人に心当たりがある。
「?」
「あの~、ネリーさん。その犯人って、金髪碧眼じゃなかったですか?」
すると、ネリーの表情が、パッと輝いた。
「そうです! その通りです! もしかして知っているんですか? あの超絶イケメンを!!」
あ~、やっぱり間違いない。
「誰だ? それは?!」
ネリーを押しのけて、レオがクイに問いかける。
クイは、自分の中の確証に、ため息をついた。
「はぁ~、たぶん、国王軍兵長のマーティンです。」
「国王軍?!」
その言葉に、レオの顔色が変わった。
窓を開けて、外にいた兵に命令する。
「至急、街道を封鎖しろ! 犯人は国王軍だ! 領外に連れ去られたら、カーラ姫を取り返せなくなるぞ!!」
まだ、国王軍と決まったわけではないが、クイは、あわただしく動き出した兵を見て、頭をかいた。
「……そこまではしないと思うけど。」
その瞬間、
どおん!
という爆発音がした。
窓に近かったレオが身構え、建物がメシメシときしむ。
クイは、すぐさま、近くの窓を開けた。
たぶん、音がしたのは東の方角。
(どこ?)
目を凝らしても、火の手は見えない。
すると、さらに反対の方角から、どおん!と、同じ爆発音がした。
「うわっ!」
音に反応して、神経が逆立つ。
胸騒ぎに、居ても立っても居られない。
クイは、ある程度の方角を記憶に叩き込んでから、廊下側の窓の枠に足をかけた。
「ちょっと見てくるね。」
「?! 待て!」
レオが制止する前に、クイは、窓から飛び降りていた。
二階の窓から中庭にあるテラスの屋根を伝って、ノーラ家の塀にとび移る。
そして、そのまま、クイは、夜の闇へと駆け出した。
(何かが起こっている!)
謎の爆発音、いなくなったカーラ、マーティンらしい影。
何がどこまで、つながっているのか、分からない。
けれど、クイは、すべてを楽観視していた。
(いやっほ~い! なんか、ワクワクしてきたぞ~。)