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1-1

   一日目


 デノビア領は、王国で唯一、魔草の栽培に成功した領地なんだそうだ。

 魔草は人の世界では育たないので、一般的には、外界に採りに行くしか方法がない。なのに、どうやって魔草を栽培しているのか。

(うひゃ~、楽しみ~。)

 しかも、栽培された大量の魔草を使って、安定的に薬が生産できるおかげで、魔草の加工技術も発達し、薬学の分野においても、王命を戴いた研究所が建てられるなど、薬学研究が盛んにおこなわれている領地らしい。

(何それ、最高ぉ~!)

 クイは、もともと魔草が大好きだった。

 形状も奇妙なら、生態も異質で、もうそれだけでも十分興味深かったのだが、これを採ってきて売れば生計が立てられると知った時点で、どっぷりと魔草にのめり込んでいった。今では、魔草を使って、ウテリア領に新たな産業を作ろうと奮闘中だ。

 だから、デノビア領は、クイにとって垂涎の領地だった。

 栽培が可能になっている時点で、クイの理想の一歩先をいっている。


 そんなことを考えていたら、居ても立っても居られなくなって、気付くとクイは、開門の三時間前にデノビア領の前にたどり着いていた。開門時は、長蛇の列になると聞いていたが、まだ誰も並んでいない。門の前で呆然としていたら、門番に笑われてしまった。

「ははは、ずいぶん早い一番乗りだな~。もしや、デノビア領は初めてか?」

「うん、楽しみで楽しみで、早く着きすぎちゃったよ~。」

 デノビア領とジルベニア領の境は、まるで外界との障壁のように、四~五メートルほどの高い壁が続いている。ジルべニア領側の通用門は、ここだけなのだそうだ。馬車が二台並走できるほどの大門と、それより少し小さめの小門の二つがあり、どちらにも複数の門番が立っていた。

「ね、どこで待っていれば入れるの?」

 すると、暇を持て余していた門番が親切に教えてくれた。

「ああ、こっちの大きい門の前で待っていればいい。日没と同時に開門するからな。」

「うん、分かった!」

「それから、開門しているのは二日後の日の出までだ。それまでにデノビア領を出ないと、次の開門まで強制労働させられるから気を付けろよ。」

「え!? 本当? 教えてくれて、ありがとう!」

 なんか、ワクワクしてきた。なぜ、こんな条件で門を開閉するのか、知りたいことがまた増えた。


 すると、小綺麗な馬車が小さい門に近づいてきた。

 馬車の荷台は空っぽだ。御者の隣には、恰幅のいい商人が乗っていて、門番と二三にさん言葉を交わしている。すると、門番が、小さい門を開け始めた。まだ日没には早いし、大きな門は開いていないのに、その馬車は、デノビア領に入っていく。

「あ! まだ開門してないのに!」

 すると、クイは後ろ襟をつかまれた。

「うるさいガキだな。貧乏人は、こっちなんだよ。」

 振り返ると、すでに数人の商人が並んでいて、その一人がクイの後ろ襟をつかんでいる。その男は、大きな箱を背負っていて、どうやら薬の行商人のようだった。

「え? あっちは、通行料がいるの?」

「通行料? ま、そんなもんだな。お前、門番を見てみろ。」

「?」

「分かるか?」

 分かるか?と言われても、全然わからない。門番お揃いの制服に、何か特徴でもあるのか。じっと見つめても分からないので、試しに結界士の目で彼らを見てみた。

「あ! 結界石、持ってる!」

 門番たちは、ひとりひとりが小さな結界石を身に着けている。小さな門に向かっている商人たちもだ。

 振り返ると、男はニヤリと笑った。

「やはり、お前、結界士だな。」

 嫌な感じに、クイは体をひねって男の手を逃れた。よく見ると、男の結界紋は普通より少し大きかった。結界士としての適性はないが、何かのきっかけで、結界士の目を手に入れたのだろう。

「お前、術力は大したことないが、立派な教育を受けているな。」

 結界紋を見れば、ある程度のことが分かる。こちらがそうであるように、この男にも、クイの事が分かるのだ。

「綺麗な結界紋だな。お前、上級結界士に教わっただろう? 紹介してくれよ。俺が稼がせてやるぜ。」

 やばい、嫌な奴に絡まれた。

 こういう奴からは、さっさと逃げてしまうのが得策だ。が、今は、開門を待って並んでいる。今更、ここから離れたくない。

 クイは、門を背に、男から間合いを取りながら最善の手を考えた。

 一つの選択肢として腰の剣に手を触れると、男は笑って、

「物騒な奴だな。」

と言った。男に戦う意思はない。だが、これ以上、騒がれたら、こちらが動きづらくなる。上級結界士の縁者だと知られれば、取引材料としてクイを捕まえようと考えるやからが現れてもおかしくない。

(一旦、身を隠すか?)


 その時、

「クイ姫ですね。」

と声がした。

 周りの商人たちが道を開け、五・六人の兵がクイに近づいてくる。

 知った者はいないが、瞬時に、彼らが結界石を持っている事だけは確認した。彼らは、門を自由に行き来できるデノビア領民だ。兵士の格好をしているから、デノビア領軍かもしれない。

「……。」

 まだ警戒を解けずにいると、一番手前の若い男が、クイの前にひざをついた。

「すぐにお会いできて、幸運でした。私は、デノビア軍将レオと申します。カーラ姫の命で、あなたをお迎えに上がりました。」

 そう言って、クイに差し出したのは、結界石の付いたペンダントだった。

「あ、ありがとうございます。」

 受け取って手に触れると、カーラの作った結界石だと分かった。よく知っている結界士なら、構築の仕方で誰が作ったかは判別できる。

 クイは警戒を解いた。

 彼らは味方だ。彼らと一緒なら、さっきの嫌な行商人も近寄ってこないだろう。ちらりと見ると、さっきの男はつまらなそうな顔でこちらを見ている。

「はぁ~。……助かりました。」

 筋肉の緊張が緩んでいく。

 デノビア軍将が迎えに来てくれるなんて、本当にありがたい。領外で危険を感じたことなんてなかったから、油断していた。

 軍将レオは、ニコリと微笑んで、小さい門へ進むよう促した。

「では、こちらへ。」

「あの~、これがあれば、デノビア領に入れるんですよね。」

 クイがペンダントを首に掛けながら問うと、

「ええ、勤労日にデノビア領内にいるためには、結界石が必要です。違反する者には、デノビア領法によって罰則が定められています。」

と軍将レオが応えた。

「ああ、なるほど、その罰が五日間の強制労働になるんですね。」

「もちろん罰金でも構いませんよ。要は結界石のレンタル料が払えればいいのです。」

 なるほど、なるほど。

 だから、門が二つあるわけか。


 小さな門に向かって歩きながら、クイは、改めて軍将レオを見た。

 歳は二十前半ぐらい、軍将を務めているにしては、少し若い。別に剣士として弱いとは思わないが、武に秀でているというよりは、知に長けている印象がある。かといって、冷たい雰囲気があるわけでもない。誠実そうで、優しそうで。もしかしたら、デノビア領でいう軍将は、議会との調整役といった役どころなのかもしれない。

「お疲れでしょう。視察は次の勤労日からにして……。」

「し、視察?!」

 クイが驚くと、軍将レオは足を止めた。

「そのつもりで、いらしたのは?」

 デノビア領の視察だなんて、なんて胸キュンな話だろう。

 だが、すぐに自分の本当の目的を思い出して、変な汗がにじんできた。

「あ、あの、私、カーラ姉さんに会ったら、すぐ帰らなきゃいけないんです。」

「? なぜですか?」

「その、私、そ、素行が悪くて、ウテリア領の要人として公式な場に出席することを止められていて、それで、その旨をカーラ姉さんに伝えに来ただけなんです。」

「ふふっ。」

 あまりの理由に、デノビア軍将レオは、吹き出した。

「手紙には、内々の会だと、伝えてあったと思いますが? もともと、姉妹水入らずの時間を作って差し上げようという議長の発案から始まったパーティです。他の者がお邪魔なら、二人きりの食事会にしていただいても構いませんよ。」

「え? そうなの?」

 ウテリア領の評判に傷がつかないのは、ありがたい。

「どうぞ、しばらくはウテリア領の事は忘れて、デノビア領での時間を楽しんでいってください。カーラ姫も、積もる話があるとおっしゃっていましたよ。」

「あ、ありがとうございます……。」

 頭を下げながら、クイは、

(ああ、説教か……。)

と気落ちした。カーラの「積もる話」なんて他にない。たぶん、超特大の説教が、ど真ん中の直球ストレートで飛んでくるに違いない。

(ううう。)

 考えるだけで胃が痛い。

 いやいや、それさえ我慢すれば、デノビア領との縁ができるのだ。ここは何が何でも姉の機嫌を取って、デノビア領と交流ができるよう努めなければ。

 顔を上げると、軍将レオがニコニコと微笑みながら、クイを見つめている。

「クイ姫。もし、早く帰る必要があるのでしたら、まだ、日没まで間があります。今日のうちに魔草の畑を見学されますか?」

「が!!!」

 クイは身悶みもだえした。

 姉とちょこっと会話して帰る予定が、その前に魔草の畑の見学ができるなんて、なんて、甘美な提案なのだろう。

 気付くと、クイは、無意識のうちに、

「はい! お願いします!」

と答えていた。

「では、失礼。」

 すると、軍将レオは、クイの手を取った。

「急ぎますよ。さあ、走って。」

「は、はい。」

 クイは、軍将レオに手を引かれて走った。

「時間の許す限り、デノビア領をご案内しましょう。」

「はいっ!」

 畑、選別所、加工所、取引所、研究所、エトセトラ。

 オレリアスとの約束が頭をちらついたが、この魅力に抗うすべなどない。

(ごめん、オレリアス。帰りがちょっと遅くなる~。)

 カーラのお説教もセットなのだから、多少は許してほしい。

「馬には乗れますか?」

「もちろん。」

「では、私の後に遅れずについてきてください。」

「はい。」

 クイは言われるまま、軍将レオに、ホイホイついて行った。

 


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