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三日目
早朝。
マーティンが、例の倉庫に行ってみると、そこには、誰もいなかった。
「?」
他に思い当たらなかったので、今度はノーラ家に向かってみると、なぜかそこに、国王軍がいた。どういう経緯があったのか知らないが、国王軍は、デノビア領軍と合同で、カーラの護衛をすることになったらしい。
「なんでそうなった?」
部下に訊いてみても、首を傾げるばかりだった。
「さぁ~。私が知っていることは、デノビア軍将がカーラ姫の護衛を頼んできて、それなら、と、カーラ姫の体調を考えて、領礎結界石のあるノーラ家に移った方がいいだろうということになって……。」
「待て。そもそも、なんでデノビア軍将が、カーラ姫の護衛を国王軍に頼むんだ?」
しかし、その辺の回答を、部下の誰も、持ち合わせてはいなかった。
「さぁ~?」
★
「お~い、ヨシュアはいるか?」
二階のつきあたりのカーラの部屋に向かうと、扉の前にヨシュアと四人の兵がいた。うち二人は、デノビア領軍だ。
「隊長! どこ行っていたんですか?」
それを、マーティンは手で制止して、カーラの部屋をノックした。
「どうぞ。」
扉を開けると、中にはカーラだけがいた。
他に、人はいない。
部下の情報によれば、適切な女兵士がいないため、未婚女性であるカーラの護衛は、もっぱら部屋の外で行うことになったらしい。
マーティンは、ヨシュアだけを来るように指さして、部屋に入った。カーラの会釈に応えてから、マーティンは、ゆっくりと扉を閉めた。ヨシュアを部屋の中に呼んだのは、デノビア領軍に聞かれたくない、内密な話があるためだ。
マーティンは、部屋の中央までヨシュアを連れていくと、廊下の兵に聞こえないように、小声で、
「ヨシュア、皆を集めてくれ。」
と言った。
「は?」
「バラバラで構わないから、デノビア領軍に気付かれないよう、ジルべニア領へ行くぞ。」
「ジルべニア領?」
その勝手な言い草に、ヨシュアは、ムッとした。
「無理です。」
「そう言うな、早くしろ。」
「隊長。二人ぐらいなら、連れて行って構いませんよ。」
「それじゃ、戦力が足りない。」
「戦力? 今度は、誰とケンカしたんです?」
「ケンカじゃない!」
「別にどちらでもいいですけどね。こちらには、そちらに回す余力なんてありませんよ。クイの捜索で手一杯です。」
「ん? クイ?」
「ええ、隊長がいない間に、クイがいなくなったんです。」
「……。」
なるほど、こちらの状況が少しだけ分かってきた。
ヨシュアは、ネリーと面識がない。だから、クイの居場所を知るすべがなかったのだろう。
マーティンは、あごをかいた。
「クイなら、ジルべニア領だ。」
「は?! ジルべニア領?!」
「ああ、クイは今、モラードの別宅に捕まっている。」
「モラード卿の別宅?! なんで?」
「ああ、なんでも、デノビア軍将の書斎を漁っていて、モラードの兵に捕まったらしい。」
「……。」
ヨシュアは、軽く息を吐いた。
面倒なことになったと思ったが、状況を整理すると、デノビア領内にいるよりジルベニア領の方が都合がいい。
「では、ジルべニア領主に協力を仰ぎましょう。」
しかし、マーティンは首を振った。
「その必要はない。潜入捜査官に王都へ向かわせたから、じきに、ジルべニア領の捜査権が手に入る。」
「え?」
「そしたら、一気に突入して、クイを奪還する!」
もうそこまで話が進んでいたのか、驚くヨシュアの背から、
「それでは、何の解決にもなりません。」
と、カーラが言った。
「?!」
カーラは、すっと立ち上がると、
「マーティン様、ヨシュア様。妹の為に、国王軍の方々がここまでして下さっていることには感謝いたします。しかし、あの子の事は大丈夫です。放っておいても、何の問題ありません。」
と、断言した。
案外、冷たい姉だ。
「それよりも。」
カーラは、マーティンを見据えると、
「レオ様やモラード様のことの方が心配です。」
と付け加えた。
(え? そっち?)
今や敵にしか思えないモラード親子の、何を一体、カーラは心配しているのだろう。
しかし、カーラは、本気だった。
「マーティン様、お願いです。私をジルべニア領に連れて行ってください。」
なんで?
考えるマーティンの代わりに、ヨシュアが率先して、カーラを諫めた。
「それは、いけません。あなたはデノビア領の結界の要です。あなたがジルべニア領へ行ってしまったら、デノビア領は大混乱に陥るでしょう。」
「いいえ、ご心配には及びません。私は、回復日が終わるまでに、すべてを終わらせて帰ってくるつもりです。」
「え?!」
マーティンとヨシュアは息をのんだ。
「回復日が終わるまでに?!」
つまり、今日中。
そんなに早くクイを奪還する策を、マーティンは思いつかない。
(……なんだ、こいつは?)
カーラは、ただの上級結界士のはずだ。
上級結界士は、常に誘拐の標的にされ、瘴気にもすぐ当てられる、守るべき存在だ。
けれども、このカーラには、只者ならぬオーラがあった。
あのクイが、「遅い!」だの「呼ばれたら、すぐ来なさい。」だの、理不尽な言われようにも、一言も反論しなかった相手だ。あの時は、姉妹だからと片付けていたが、もしかしたら、あのクイを従えさせる何かが、このカーラにはあるのかもしれなかった。
「……ふふ、面白い。」
このとき、ネリーの姿が頭をかすめたが、マーティンは、それを見なかったことにした。
「いいだろう、お前に、この国王軍最強の隊を貸してやろう。」
最強を謳っても、カーラは眉一つ動かさない。
「ありがとうございます。」
この豪胆さ。
確かに、結界士にしておくには惜しいかもしれない。
「隊長。」
隣でヨシュアが「何かあったら、あなたが責任を取るんですよ。」という顔をしたが、そんな圧力は、苦にもならなかった。
「よし、行くぞ、ジルべニア領へ!」




