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ジルベニア領は小さな領地だが、国王直轄地との交通の便が良いのが強みだ。
ウテリア領の北の森を迂回するため、森越えのルートより道がなだらかで、多くの物資の移動に向いている。かつては、ウテリア領産の小麦を取り扱っていたらしい。今は、開門が限られているデノビア領との交易に、欠かせない中継地になっている。
夕方。
マーティンは、ジルベニア領からデノビア領へ戻る街道にいた。
その道沿いに、大きな荷物を背負った旅人が一人、休んでいる。
「あれ? マーティン卿?」
「ん?」
声をかけられて、マーティンは、その旅人がネリーだと気がついた。
「……もしかして、ネリーか?」
「ええ。」
帽子を脱ぐと、確かにネリーだ。
こんなところで、何をしているのか。
マーティンが尋ねようとすると、
「こんなところで何しているんです?」
と、先を越された。
「俺か? う~ん、実はな~、モラード卿に会おうと思って、ジルべニア領に行ってきたんだが、どうも、行き違いになってしまったらしくてな~。」
ジルべニア領には、モラードの商談の拠点があり、最近よくそこに出かけているらしい。
「え? モラード卿ですか?」
すると、ネリーは、マーティンの後ろを指さした。
「それなら、逆ですよ。」
「?」
「モラード卿は、ジルべニア領にいます。」
「?? いや、ジルべニア領には行ってきたんだ。そしたら、今朝デノビア領へ戻った、と。」
「ええ、チラっと見かけましたよ。それで、昼過ぎには、また、ジルべニア領へ行かれました。」
「え?!」
ということは、二度も行き違ったのか。
徒労感に見舞われて、マーティンが、ため息交じりに、ジルべニア領の街を振り返ると、ネリーが小さな声で、
「……クイ姫を捕まえてね。」
と付け加えた。
「?!」
驚いてネリーを見ると、「しっ。」と人差し指を口元に当てている。
「あいつ、捕まったのか?」
「ええ、クイ姫は今、ジルべニア領にいます。」
「本当か?」
「ええ。」
「……何やっているんだ、あいつは。」
あきれるマーティンに、ネリーも、同調してため息をついた。
「本当に、その通りです。」
その声に、じわじわと怒りの色が滲んでくる。
「おかげで、私は解雇です。」
「?」
「私が、ここまで手を貸してあげたというのに。この三年間、私がデノビア領軍でどれだけ努力してきたか。その苦労と信頼を、たった二日でぶち壊して! ううう、なんで私が失業しないといけないんですか~?」
涙ぐむネリー。
「これで、きっと執政官からの評価もガタ落ちです。王国屈指の豪商の捜査を任されたのに……。王都に戻っても、次の仕事があるかどうか……。これも、全部あなた達のせいですからね!!」
「……ん?」
いきなり複数形になった。
「……。」
そういえば、己を省みて、マーティンは頭を掻いた。
確かに、カーラを連れ出す際、ネリーに後始末を頼んだのは、無茶が過ぎたかもしれない。
「分かった分かった。お前のことは、俺からヨシュアに頼んでやるから。」
「ヨシュア? 誰ですか?」
「ヨシュアは、俺の優秀な副官で、国王軍の元兵長の息子だ。あいつに頼めば、大抵、何とかしてくれる。」
「本当ですか?」
「本当だとも。あいつは、こういう事にかけては天才だ。」
「おお!」
これがマーティンの口癖だった。
こうやって、日常的に、マーティンは、面倒事をヨシュアに丸投げしている。
「じゃあ、次の仕事を回してもらえるように、頼んでもらえませんか?」
「いいぞ。任せろ! ……それより。」
「それより?」
「クイはどこだ?」
「……。」
「クイがどこに捕まっているか、お前なら分かるだろう?」
話がクイに戻ると、ネリーは、あからさまに迷惑そうな顔をした。
「ま~、場所ぐらいなら分かりますけど、でも私、もう建物内には入れませんよ。領軍をクビになりましたから。」
「そんなことは分かっている。クイは、俺が一人で助けに行く。お前は、その間、外で待機していてくれればいい。何かあったら、ヨシュアに連絡してくれ。」
「え? な、なんで私が?!」
こういうところは、王国人だ。
王国人は、任務外の命令を嫌う。
「何だ? 文句があるのか?!」
マーティンが脅すと、ネリーは、
「いや、その。……ええっと~。」
と、自分の立場を考えて、
「……ヨシュア卿によろしくお伝えください。」
と答えた。
「うむ! よろしい!」




