赤い包帯と、すねた横顔
それは、いつかのハロウィンの夜のことだった。
何時ものように仲間内であつまっていると、事件は起こった。
「デビィ様、今回の貢物でございます」
「不甲斐ない結果で申し訳ありません、デビィ様」
「やっだー、狼くんも、伯爵もなにごっこしてるのー?」
普段にはない愁傷な様子で、デビィが好む菓子を差し出す狼と伯爵の姿があった。
まるで子どもが母親に怒られているかのように縮こまる二人は、目の前で仁王立ちするデビィの顔を直視できないようで目を泳がせている。
粗野な狼と、傲慢な伯爵にはあり得ない直立不動の畏まった様子は、他人事ながら可哀想に思える。自身も彼女の逆鱗に触れるのは勘弁願いたく、彼女の背後にまわってできるだけ離れて見守っている状態だ。
だが。それもまだいい方で、デビィの怒りを買いたくない他の仲間は、早々に他の部屋へ移動してしまって我々のほかに誰もいない。屋敷は余るほど部屋があるし、かすかな音すら聞こえないということは、相当遠い部屋へ逃げたらしい。他者の助けは望めないだろうことに内心ため息を吐く。
「い、いえ……遊びなどでは。いつもお世話になっているのに、此度のハロウィンでは羽目を外しすぎてご迷惑をおかけしてしまいましたので」
「お、俺も、ごめんなさいでした」
狼男は「狼という生き物は誇り高いんだ!」なんていつも言っているのに、その尾はぶるぶる震え。
伯爵は「僕ほど高貴になると、そうそう無様な姿を見せられない」と言っているだけあり軽く青ざめているだけだが、主の恐怖を敏感に感じ取っているのだろう。使い魔の蝙蝠は部屋の角にあたる部分で、天井になんとかぶら下がっているといった塩梅だ。
「もう、本当に二人とも畏まっちゃって変なのー」
明るく話しているが、背中から立ち込めるオーラは恐ろしい程まがまがしい。
最後に「―――大体、そんなに謝るくらいなら始めからやらなきゃいいのに」と呟かれた言葉は寒気がするほど冷たかった。その冷気に充てられたのか、図体の大きな二人が肩を揺らした。いくら二人が縮こまって見せたところで、正面にいるデビィのほうが明らかに小さいため、みるみる青ざめる二つの顔がよく見える。
こういう時の彼女は、決してこちらを見ようとしない。
毎年のように集まる我々の中で言えば、一番彼女の怒りを買うのは狼と決まっているのだが。今回は伯爵も同罪とみなされ、珍しく一緒に怒られている。一時は世界を恐怖に陥れていたあの男どもを震え上がらせるとは、彼女もなかなかすごい女性だと妙に感心してしまう。
「―――デビィ」
「…………」
むっすりと不満そうに口を曲げる姿が容易に想像できて、笑ってしまう。
尻尾は彼女の感情を表すようにせわしないし、呼びかけに答えない時のデビィがどんな表情をしているかはわかる程度に傍にいた。
「デビィ、利キ手ノ包帯ガ上手ク巻ケナイ。代ワリニ巻イテ貰エナイダロウカ?」
「……分かったわ」
振り返った彼女は、予想を裏切らず口を曲げていて笑ってしまう。
一瞬、笑うこちらへ反論しようとした様子だが、赤く染まった包帯を見て考えを改めたらしい。手を取り部屋を移動しようとする彼女に逆らわずにいると、背後から盛大に息を吐く声が二つ分部屋に響いていた。
「こんなに赤ワインをミイラ男にかけるなんて……」
「何トモ無カッタノダカラ、気二スルナ」
「それでも!貴方は人一倍丁寧に扱われなければならない人なのにっ」
悔しそうに唇を尖らす彼女には悪いが、本当になんともなかったのだ。
さすがに、ふざける二人の手からこぼれた赤ワインを頭からかぶる事になるとは思わず驚いたが。飄々とした彼女が自分のためにこんなにも怒ってくれていることが嬉しいと言ったら、デビィはもっと怒ってしまうだろうか?
赤ワインのせいで重く感じる包帯をクルクル巻き取る姿を見ると、彼女も慣れたものだと考え深い。始めの頃は、身の回りの雑務が私以上に苦手そうだったというのに。こんなに澱みなく包帯を巻く姿をみられるようになるとは思いもしなかった。
「代ワリニ怒ッテクレテ有難ウ、デビィ」
改めて礼を言うと、デビィは赤く頬を染めて再び唇をとがらせる。
何とか照れを隠そうとする彼女の背中では、ゆらゆらと尻尾が機嫌よさ気に揺れているのだった。