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こんな夜は、たいまつを片手に  作者: 麻戸 槊來
つぎはぎと魔法
5/25

苦みの中に隠された、甘さ


気晴らしに屋敷の庭へ出たところで、見慣れた黒い影を発見して出迎える。


「お帰りなさい」


可愛くすり寄ってくる存在に、思わず微笑みを浮かべてしまう。

この黒い生き物は、素直じゃない私が唯一ありのままで接することが出来る子なのだ。きまぐれで時々主人である私のいう事を聞かないときすらあるが、澄ました様子も可愛らしい。


「今回も、ご苦労様」


首を掻いてあげると、ごろごろと喉を鳴らしつつ横たわる。

機嫌がよくないと体へ触らせてくれないのに、今日はその稀な日に当たったようだ。いくらこちらが主人とはいえ、命令でもしない限り自身の気分が乗らないと近づいてすらくれないのに。この機会に日ごろの感謝も込めて、思いっきり撫でてしまおうと構い尽くす。




一見しただけなら、ただの黒猫に見えるだろう。

けれど、よくよく近くで見さえすれば、その瞳に宿る知性や艶やかな毛並みに特別なものを感じずにはいられない。それはたとえ私たちの本性を知らない人間であっても変わらないようで、この子が近くを通るだけで行列も道を開けてくれる。


自分の方が立場は上だというのに、本当に侮れない子だと耳の後ろに指を通す。


「いつもありがとう。今回は遠出をさせてしまったから、疲れたでしょう?」


『気にするな』といったようにこちらを見る勝気な目と、もっと撫でろと体をこすりつける様子に安心して笑ってしまう。この子の甘え上手なところは、本当に見習わなければならない。本当は自分で直接赴く予定だったのだけれど、どうしても外せない用事があってこの子には無理をさせてしまった。そんな負い目を感じているのに気付いたのだろう。こちらが気にしないで済むように、小さな体で気遣うさまが愛おしい。


「自由奔放で別段、人に媚びうることをしないという点においては、大して変わらないのにね……」


どうして、こんなに他人へ与える感情は異なるのだろう。

もしも私が猫になっていたとしても、こんなに可愛らしくはできないだろう。現に、以前魔法で猫に化けていた時も、人から愛想がないなどと言われていた。そんなことを思い出したところで、嫌な記憶も思い出されて眉を寄せる。……何とか忘れようとしていたけれど、なぜか一部の人間からは異常なほど好かれて、可愛がられた。



いくら私が爪を立て引っ掻こうとしても、にやけた顔で魚やらキャットフードを与えてきた人間たちの顔が浮かぶ。あれは、ある意味とても恐ろしい経験だった。こちらは本気で嫌がっているのに、何度も触れようとしたり、餌や罠でおびきよせようとするその顔は見るに堪えなかった。ともすれば涎すら垂らしそうな勢いで角に追いやられた時は、本当に怖くて子猫のように泣きわめくところだった。もしもすぐにフランケンが助けてくれなかったら、どうなっていただろうかと思い出すだけで震えが走る。


「まじょ」


「フランケン、もう用事は終わったの?」


振り向くと、先ほどまで厨房にこもっていたフランケンが後ろにいた。

わずかにつっけんどんな表現になってしまったのは、許してほしい所だ。今日はそろそろ暖炉用のまきを用意してもらおうかと迷っていたところで、暇ならフランケンにお願いしようと考えていたのに、珍しく彼に断られてしまった。


……別に、フランケンには彼のやりたいことや意思を尊重してもらって構わない。でも、その断るときに言われた言葉が気に入らない。


「まじょ、ちゅうぼう、はいるな」


「あら、どうして?」


「……はいるな」


この屋敷は私のものだし、理由も説明せずにいう事を聞けなんてふざけた話だ。

何より、いつもはしつこい程傍にいる彼へ近づくことすらできないなんて、そうあることではないから戸惑いが大きい。朝に扉の向こうへ消えてから、薄暗くなってきた今も姿を見せようとはしない。


常に誰がいようと自分のペースを乱さないでいるのに、まさか『傍にいない』ということで調子が出なくなるとは思わなかった。思わず、用もないのに庭なんかに出てしまったのは、そのせいもあるだろう。寒いのは苦手だというのに、我ながら血迷ったことをしたものだ。



魔法を込めて薬を作っていても、ソファで微睡んでいても。

フランケンは離れようとはせず、こちらが頼んだことにはたいてい了承してくれる。そんな状況が当たり前だったのに、いざ違う反応が返されると、途端に裏切られた気分になる。そんなくだらないことで拗ねてしまう自分も嫌だけれど、うまくごまかすことが出来ない自分がもっと嫌だった。


「まじょ、またせて、ごめん……」


きっと、たまには自分だけの時間が欲しかったのだろうと、無理やり自分を納得させる。「別にいいわ」なんて言葉を返そうとした私に差し出されたのは、予想外のものだった。


「……きゃらめる、あっぷる?」


「そう」


これまで尖りかさついていた心が、どんどん潤い丸まっていく感覚がする。

たった一つ差し出されたいびつで、焦げたにおいのするこれ一つで、朝からずっと締め出されていた厨房で何がされていたのか理解した。


頑張ってくれたのだろう。大きな手にはキャラメルがこびりついて、固まっている。

私が食べやすいように、わざわざ小さなアップルを買ってきてくれたらしい。彼の手に不釣り合いなほど小さなそれは、その手に包まれていると一際可愛らしく見えた。




前にキャラメルアップルを沢山もらった時もキラキラして見えたけれど、今回はさらに綺羅めいて見えるだなんて、どうしたことかと目を瞬かせる。


「料理をつくるのは、苦手なくせに……」


可愛げなくつぶやいた言葉にすら「うん、がんばった」なんて笑いかけられて、ほとほと困り果ててしまう。嬉しくて涙が出そうだから、震えた唇から音を出すことが出来ない。ちょっとでも刺激を与えようものなら、涙が頬を伝ってしまいそうだった。みっともなく震えた自身の言葉なんて聞きたくないし、間違っても喜んでいないだなんてフランケンに誤解されたくない。


「……ありがと」


「うん」


私のために嬉しいだとか、朝から一日中頑張って作ってくれるなんて感動した。そんな言葉が次々浮かんでくるというのに、何一つとして音として発することはできなかった。そのため、せめて行動で感謝の気持ちを示そうと、かがんでいたフランケンの首めがけて思いっきり抱き着いた。


フランケンが作ってくれたキャラメルアップルは、今まで生きてきた長いときの中で食べたどんな食べ物よりも……おいしく感じた。



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