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こんな夜は、たいまつを片手に  作者: 麻戸 槊來
紅い血と丸めた牙
23/25

滴る果実と、芽生える若葉

ハッピーハロウィン!





全身の毛も逆立ちそうな寒さの中、辛気臭い表情の化け物が一匹ソファに座っている。


「まぁーた、やってるぜ」


俺が唯一ライバルと認めてやっている吸血鬼は、女どもにかこまれチヤホヤされているのが好きなくせに、時々ああやって一人でぼけっとしていたりする。

かろうじて口をぽかんと開けてはいないが、もしもあれで口を開けていたら、間違いなく長い時の中で「ボケてしまったのだろう」と憐れまれる様子だ。





デビィや魔女に言わせると、『最愛の相手』とは変わりがきくものではなく、もしも亡くしたとしたら、それこそ気が狂うほどの苦しみを抱えていかなければならないという事だった。その点からいえば、間違いなくあいつは数世紀という長い時の中で「狂って」しまった存在なのだろう。


何せ、生き物から忌み嫌われる死神の尻を追い掛け回して、「自分の魂を早く奪ってくれ」と懇願するほどだ。死神の野郎に好きこのんで近づくのなんざ、物好きな幽霊女くらいしか他にはしらないし、理由が理由だ。頭がおかしいとしか思えない。


仲間内では「狼男くんは、短絡的で考えが足りないから、本でも読んで人の機敏というものを学んだ方がいいよ」なんて呆れられることもあるが、自らを殺してくれと依頼し、その対象を追い掛け回す吸血野郎は間違いなく頭がおかしい。


そんな、まぎれもない事実を断言した俺に帰ってきたのが、先の言葉なのだから本当に納得がいかない。


「あーあ、恋なんてするもんじゃねぇな」


ガラにもない単語を思わず口にして、ばつの悪さに頭を掻きむしる。

だいたい、魔女やデビィたちのように、同じ化け物に惚れればまだよい方だ。滅多なことでは死なないし、一緒に過ごす時間も断然ながい。……だが、もしも吸血野郎のようにただの人間を相手に選んじまったら、それこそ永遠とも思えるような苦しみを抱き続けなければいけなくなるのだろう。本当に、そんなの冗談じゃない。


「さっきから、何を人の顔を見ているのかと思えば……。悪いけど、構って欲しいなら余所を当たってくれ」


馬鹿にしたような物言いに、カチンときたと自覚した時には叫び返していた。


「だーれがっ、お前なんかに相手されてがってるって?ああ?」


「あー、はいはい。骨でも投げてやるから、余所で遊んできなよ。僕は君と違って忙しいんだから」


「忙しい?ボケた爺のように、口開けて呆けているだけじゃねぇか!」


いつも腹の立つ吸血野郎の調子が戻り、ほっとする。

何せ俺は、弱い者いじめをする趣味もなければ興味もない。こいつには俺が息の根を止めるまでは、腹の立つ奴でいてもらわなければ困るのだ。


「狼くん、伯爵が心配なのはわかるけど、もう少し情緒とか学んだ方がいいよ?ミイラ男を見て見なよ、彼なんて数十世紀にもわたって、憂いある眼差ししてるんだよ」


「デビィ、ソンナ風ニ、表情ヲ読メル人間ハ多クナイ」


「そうね。ミイラ男の事は別としても、デビィの言うとおりだわ。あまりぎゃーぎゃーうるさくするようなら、一人で散歩でもしてきなさいよ。あなたなら、首輪がなくても大丈夫でしょう?」


「俺は犬じゃねぇ!」


「あっそ。犬じゃないなら、キャンキャン騒がないのよ」


揃いも揃って、ここの連中は俺を邪魔者扱いする。

そんなに、恋をしている奴が偉いのかと、いっそ噛みつきたくなるがデビィは怖いし、魔女を攻撃してフランケンを悲しませるのは嫌だ。フランケンは、魔女さえからまなければいい奴なのだ。……魔女さえからまなければ。


かつて、魔女を悲しませたとかで浴びせられた攻撃の数々を、思い出して腹をさする。

あれは本当に重い拳だったし、本気で息をしとめにかかっていた気がする。もう少し魔女が止めに入るのが遅かったら、俺はフランケンに殺されていただろうという程、命の危険を感じた。


「そろそろ、冬毛に抜け替わってくるころだろう?毛がワインにはいるなんて僕はごめんだから、ちょっとその辺の電柱にでも体をこすりつけてきなよ」


「えーそんな姿、私もみたいっ!」


「幾ラデビィデモ、ソレは見ルノハ、失礼ダロ」


「っなんだよどいつもこいつも、人を犬扱いしやがって」


バッと、俺は屋敷を飛び出した。

日はとうに暮れているし、寒くもあったがこれくらいなら問題ない。少し周囲をブラブラして、まだ気が収まらなければ寝床を変えればいい。今日いた連中は、なんだかんだ自由にやっており、俺がこのまま旅だったとしてもさほど驚きはしないだろう。現に、吸血野郎に負けて修行の旅に出た時も、数年会わなかったのに全く様子は変わらなかった。


あのバカップル連中は、互いのパートナーの事になると神経質になるのに、それ以外には驚くほどおおざっぱだ。魔女はフランケンが視界にいないと目がきょろきょろと動き不安そうだし、フランケンはそもそも魔女から離れようとしない。デビィは一見自由奔放に見えるが、ミイラ男の元へ必ず毎日戻るし、ミイラ男はデビィを気づけばベタベタ触っている。おばけと死神は言わずもながずっと一緒にいるとくれば、疎外感を感じないほうが異常だろう。


「俺も……そんな大事にしたいやつが、現れんのかねぇ」


かれこれ数百年は繰り返した問いの答えは、未だに見つけられていない。

吸血野郎を見ていれば、とても苦しく面倒だと思う。……けれどそれと同じくらい、あんなにも誰かを想うというのは、どんな感じなのだろうと気になりはする。



俺を育ててくれたのは同じ人狼の爺さんだったが、ここ最近は仲間の数も減り顔を合わす機会も減った。吸血鬼のようになりたくないのなら、もっと同じ種族の奴とかかわらなければとも思うのだが、どこか「子孫繁栄のため、人狼の血を途絶えさせないため」と言われるたび、俺が求めている物と違う気がして足が遠のいてしまう。


そんな事をグダグダ考え歩いていると、以前に嗅いだことのある匂いを感じて鼻をひくつかせる。徐々に臭いは近づき、獲物まで数メートルの所に来たところで、わざと音を出すように歩く。もう少し先の角を曲がれば、あの女の後姿が見える頃だろう。



そこではたと、微かな違和感に首をかしげる。

どうしたのかと思えば、以前ばあれだけ感じた強すぎる酒のにおいが、今は全然していないのだとようやく気付いた。あの衝撃的な出会いを果たしたときは、べろべろに酔っぱらっていて会話もままならなかった。そんな女が、素面ではどんな反応を返してくるのだろうと、楽しみになって足を速める。


パッと角を曲がったところで、驚きに見開かれた瞳を見て予想通りの反応だと内心ほくそ笑む。


「よお」


「えっ……と、どちらさまでしたっけ?」


「なんだよ、家まで送ってやった親切な人間の顔を、忘れたのか?」


正直、この前の事をすべて忘れられているのは、気分が悪い。

確かにフラフラになるまで飲んでいたようだが、俺にとってはあまりに印象的だったから、当然相手も覚えている物だと考えていた。まさか、「ごまかして上手く逃げようとしているのではないか」と、その少し色素の薄い瞳を覗き込む。

女はしばらく黙りこんだかと思えば、突然声を上げて驚きの表情で固まった。


「嗚呼!あの時の親切なイケメンっ」


「ようやく思い出したか」


「いえ、何せことがことだったので、朝起きててっきりイケメンに助けられる夢でも見たのかと思っていました」


その節は有難うございましたと、予想外に丁寧なあいさつに面食らう。

やっぱりあの時は、酔っていたが故の奇行だったらしい。先ほどの苛立ちも忘れて、あまりの違いにこらえきれず笑った。


「あんたまともな事も、言えるんだな……」


「ちょっ、いくらなんでも失礼ですよ!これでも職場ではバリバリ働いてるんですからっ」


急に強気で言い返してくる女に、「バリバリ働いて、ストレスまでバリバリ溜めて酒乱になったのか?」と笑えば、からかわれたと思ったのだろう。真っ赤になって「大変ご迷惑おかけしてすみません」と、下を向いてしまった。


「また、家まで送ってやろうか?」


「いっ、いえいえ!今日は一滴もお酒飲んでいませんし、まともに歩けます」


「お前の『大丈夫』の基準は、まともに歩けるかどうかなのかよ」


あまりに低い『大丈夫』の基準に、再び笑う。

かろうじて歩ける程度なら、確実に他者の介抱を必要とするレベルだろう。この女が何時も誰とどんな飲み方をしているか知らないが、また偶然会って暇だったら、家まで送ってやってもいいと思えるほど、こいつとの会話は不快じゃなかった。


「ほら、行くぞ」


「えっ。自分の荷物くらい、自分で持てますからっ」


「あー?そんな事より、家まで送ってやるからシャキシャキ歩け」


「いやっ、申し訳ないです」


「うるせぇ。俺がいいつってんだから、いーんだよ」


吸血野郎の気持ちなんざサラサラ分からないが、「こいつが居なくなったらつまらない」という気持ちなら、分かってしまいそうだと歩きながら考えていた。





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