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こんな夜は、たいまつを片手に  作者: 麻戸 槊來
紅い血と丸めた牙
22/25

凍える心臓と、止まる思考

つい眉間にしわがよるのは、涙がこぼれるのを防ぐため

虚勢なんかじゃない、そうでもしないと今にも崩れ落ちそうなんだ



赤ワインを舌で転がしながら、視界の端でちらちらと動く黒い影に、いらだちを隠せない。

ただでさえ、この時期は美味い餌にありつけずに苛々しているというのに、それを助長するかのような出来事が、リビングの隅では起こっていた。



今日は狩りもうまくいかず、以前目星をつけていた獲物にも狼男のせいで逃げられた。

こんな日は何をしてもうまくいかないからと、デビィたちの誘いに乗ったのがそもそもの間違いだったのかもしれない。収穫祭シーズンだったらいざ知らず、会いたくない存在の姿まであって内心げんなりしたのは明かさない方がいい事実だろう。


「あら、伯爵様もいらっしゃいましたの」


「やぁ、魔女くんお邪魔するよ」


簡単な挨拶をしている中でも、来なければよかったと後悔しつつも、ミイラ男が注いでくれたワイングラスを受け取った。こんな時、毛皮で暑苦しい犬野郎なら散々からかって、死闘に持ち込むなりすれば気が晴れるのだが、女性相手にはそうもいかない。皆が集うリビングの一角に腰を落ち着けたが、しばらくすると黒い影がいやにちらついて我慢できなくなってきた。シャンデリアが輝き、レンガ造りの壁。ぱちぱちと暖炉のついた、暖かかく上品な雰囲気もこれでは台無しだ。皆がソファに座るのを横目に、一人揺り椅子で気分を落ち着けようとしていたのに失敗してしまった。


「魔女くん、いい加減に『アレ』をやめさせてくれないか?」


「なんのことでしょうか、伯爵様?」


つんと澄まし顔でカップを傾ける彼女の肩が、びくりと震える。

彼女は極度の猫舌で、湯気が出ている物はまず口にできない。それだというのに、「温かいものに氷を入れて冷やすなんて邪道」なんて言って良く言えば果敢。悪く言えば愚直にもやけどしながら挑戦するものだから、フランケンは傍でいつもオロオロしている。


今だって「まじょ、それまだ……あぁー」などと舌を火傷したであろう彼女を気遣って、やれアイスだ氷水だと冷たいものを差し出している。


常であれば、そんな女性の姿を可愛らしく思えるところなのだが、どうもこのカップルを見ているとじれったくなる。もっと傍にいられる有難みを実感しなければならないのに、素直じゃないが故にいつもすれ違う。

いくら飽きるほどの生を有していようとも、いつ何が起こるかわかったものではないというのに。素直じゃない魔女くんは特に、『彼女』を前にした時の自分と重なり、相手は女性だと分かりつつも苛立ちを隠せずにいる。




そんな、理不尽とも取れるこちらの感情に気付いているのだろう。

彼女は会の中でも特別僕に手厳しく、そんな魔女くんの使い魔である黒猫は、僕の分身ともいえる蝙蝠を今にも喰らおうとしている。


「アレだよ、アレ!家の蝙蝠は獲物じゃないんだと、君のところの猫に言い聞かせてくれっ」


「あー、黒。そんなの食べたらお腹壊すから、捕食するのはよしなさい」


「なんだい、その『お腹壊さなきゃ食べても良い』みたいな発言は!」


「うっさいわね!そんだけ居るんだから、一匹くらい減っても変わらないでしょうに……」


「―――お嬢さん。本当にいい加減にしないと、いくら僕と言えども本当に怒るよ?」


「あー、もう。二人ともその辺でおよしなさい!魔女ちゃんの言い方は良くなかったけれど、伯爵はいくら『例の日』が近づいているからと言ってもイライラしすぎ」


「悪魔無勢に何がっ!」


「―――伯爵、その辺で止めておくのが利口だぞ」


ヒートアップしかけたが、さすがに首へ包帯が巻きついた状態で声を発することはできなかった。自分の首がもう少しでミイラ男によって絞められそうだったことよりも、死神が珍しく進言してきたことで冷静になることが出来た。


何せ、幽霊のお嬢さんや自らの役目以外にはほとんど興味がなく、我々の集まりだってお嬢さんが無理やり引きずってきて漸く参加しているというのに。さすがに、目の前でミイラ男によって首をはねられる姿など、見せたくなかったのだろう。決して俺のことを気遣ったのではない行動が、今は冷静になるきっかけをくれて有難かった。デビィの事となるとミイラ男はいろいろ抑えが利かなくなり、時には包帯を武器として使うことすらある。


どうしてあの柔らかい素材の物が刃物のような切れ味になるのか甚だ疑問だが、彼を怒らせれば首が飛ぶということは間違いない。我々の間では、共通認識ともなりつつあることを一瞬たりとも忘れるなど、本当に頭へ血が上っていたのだと苦々しい気持ちになる。


「……デビィ、せっかく現状をおさめようとしてくれたのに、無礼な口をたたいて済まない」


「ま、まぁ、気にしないで」


少しどもった言葉と共に、ちらちら見られる首元を思わずさする。

彼女は色々と小悪魔として悪事を働いてきただろうに、こういった突然の暴力や争いなどには弱い。それを理解しているからだろう。ミイラ男は彼女に謝罪すると、早々に凶器となる包帯を引いてくれた。






「少し頭を冷やしてくる」と言って、中庭へ出た。

いくら広い屋敷とはいえ、こんな狭い空間からみえる曇り空は重苦しく、これで雪でも振ってしまえば、埃や塵が落ちてくるようにしか見えないだろう。

どんなに綺麗だと言われるものにも、こんな裏をかかずにはいられない自らが滑稽で尚のこと虚しくなる。


「俺はっ……きみに、あいたくて逢いたくてたまらないんだ」


何世紀たった今でも、時々ひょっこりと姿を見せるのではないかと期待してしまうほど、彼女の死を受け入れられていない。たとえ自らの腕で息絶えていても、なんど墓標を訪れてみても。どうしても、『姿の見えない彼女』を世界中巡ってでも探し続けてしまう。


何と死神は羨ましいことだろう。

息絶えた人間とまともなまま一緒にいられるなんて、我々の永久の願いを叶えるようなものではないか。狂ってすら逢えない俺は、唯一心に残るまともな部分で常に嘆き悲しんでいる。

だが、一向に俺の魂を奪ってくれない死神へ、以前その言葉を投げつけた時に理解した。


「……こちらは、たとえ一瞬でも共に生きて時を一緒に刻んだお前たちの方が、よっぽど羨ましい」


そんな風に言われてしまえば、謝る他に選択肢はなかった。

結局、魂を奪えばそこで彼らの関係は終わりだし、あの状態では、俺と彼女のようにたとえ一瞬でも普通の恋人同士として過ごすことなどできないのだろう。


ここに集まる者たちは、みなどこか歪な関係を必死に守っている者ばかりだ。





一時期は彼女の墓の近くに暮らしていたこともあるけれど、もしかしたらどこかにいるのではないかと、様々な国をさまよった。

彼女の事だから、「ずっと必死に探していた」と伝えても、にこりと笑って言うのだろう。


「そんなに探してもなかなか見つけられないなんて、貴方もまだまだね」


なんて、きっと余裕たっぷりに笑うのだ。

なんなら、「もう少し時間がかかっても良かったのに」何て言われてしまえば、からかわれていると分かりつつも、「遅くなってすまなかった」とこちらが謝ってしまうかもしれない。


「……こんな、無意味な空想に浸ってしまうのも、君の命日だからかな?」


苦笑交じりに吐き出した言葉に、かえる音はなく。

冷たい吐息だけが、やけに寒々しく思えた。




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