ぐるぐる回る想いと、一瞬の忘却
ちょっと雨のにおいを感じるようなある日、俺は、吸血野郎の弱点をつかんでやろうと、あいつの後を追っていた。
重たい雲は空を覆っているが、雨が降るほどではない。微妙な天気は、辛気臭いあの野郎を思い出さずにはいられない。そのため、大してやることもなかったし、起きて早々に、吸血野郎を倒す手段はないかと考えた結果の答えだった。
今日はどこへ行くのかと思えば、大して有名でもない街の遊園地で、色々な食い物のにおいさえ無視できれば、この園内であいつらはすぐに見つけられる。俺ほどの鼻や耳を持っていれば、誰かの後を追うなんて難しくはない。本物とは音も香りも異なるシューティングゲームや、ちまちまと園内を一周する汽車の乗り物なんかも、俺の気を散らすほどの効力さえない。
……はずだったのだが、なぜか俺の目の前には腕を組んで仁王立ちした天敵がいる。
その後ろには、クルクルと奴らが載ろうとしていたコーヒーカップとやらが見え、そのファンシーなピンク色した乗り物の、どこがおもしろいのか首をかしげるものだった。どうして周りの奴らは、ジェットコースターよりはるかに遅くて、観覧車よりも低い乗り物にわざわざ乗るのだろうか。
こいつが乗ろうとしていた理由なんて、女といちゃつく意外にないだろうが、これの存在意義は本当にわからない。ただ一つ分かるとすれば、目の前の奴がとてつもなく苛立っているということだろう。
「―――なんだよ」
「それはこっちの台詞だよ。人のデートをこっそり付け回すなんて、どこまでお前は無粋なんだい」
「今は、一人じゃねぇかよ」
ぼそりと呟いた言葉は、相手に聞こえていたのだろう。
眉を吊り上げて、盛大に不快感を表した。
「それは、どこかの馬鹿犬が追跡ひとつできないせいだったと、記憶しているけれど?」
痛い所を突かれて、思わず黙り込む。そうなのだ。
こいつは俺の方をちらちらと警戒していたかと思えば、突然連れの女に「そんなによそ見ばっかりして、私とのデートが楽しくないなら他の子に乗り換えなさいよ」なんて、頬を叩かれ振られていたのだ。
いつも何だかんだ要領よく振舞っているこの男の情けないさまは、胸がスカッとして自分で殴るのとはまた違ったすがすがしさがあった。それを見て、つい隠れていたのも忘れてゲラゲラ笑い、奴の蝙蝠たちにかみつかれた傷も笑い飛ばせるほど清々する光景だった。
だがあまりに、簡単に追跡がばれてしまったのはいただけない。こんなこと育ての親に知られたら、「修行が足りないっ!」などと言ってぶん殴られるだろう。
「君のお蔭で、今日の食事を他で調達しなければいけなくなったじゃないか」
「あー?お前だったら、すぐに他の女をひっかけるだろ」
「そういう問題じゃないよ。彼女にかけた労力を、そう易々なかったことにされて腹が立たない訳ないだろう」
そんな、「女の機嫌を取ろうとしたことなんてないから知らない」と反論しようとしたところで、不意にこの前会った酔っぱらない女を思い出して、思わず口ごもった、
あの女は変わっていたが、珍しく一緒に居ても不愉快にならなかったと思い出す。確かに、あんな訳の分からない行動や言葉に振り回されて、獲物がギリギリのところで逃げたら腹が立つだろう。俺の場合肉に足が生えて逃げることはないが、弱点を探るためとはいえ食事を邪魔したのは悪かったかもしれない。
少し反省した俺は、ちょっとは叩かれた痛みもぐるぐる回れば忘れられるかと、コーヒーカップに吸血野郎を引っ張っていく。
「おい、いくぞ吸血鬼」
「ふん、さすが犬っころだな。ぐるぐる回るのが好きだと見れる」
けれど、僕にそんなものに男とのる趣味はないよと言って、取り合おうとしない。
しょうがなし、無理やり引きずるように中へ入ると、しばらく抵抗していたが機械が動き始めてようやく諦めたようだ。
「あーあ、何が悲しくてこんな犬っころと、こんな子ども騙しのものに付き合わなきゃならないんだ」
「吠えてろ!俺がおまえの目を回らせて、しまいにゃゲロ吐かせてやる」
「犬の脳みそは小さくて困る。毛玉を吐くのは君の仲間である猫であって、こうもりじゃないよ」
「俺は犬じゃねぇし、猫は仲間じゃねぇよっ」
こいつの皮肉も通常通りで、ようやくいつもの調子を取り戻したようだ。
色々気にくわない所も多いやつだが、いざ覇気がないと倒したときの嬉しさも半減するというものだ。あくまでも、万全の状態のこいつを倒して初めて、本当の勝利と言えるのだ。
だから今も、空腹状態のこいつを攻撃しようとは思わないから、元気を出させるためにぐるぐると高速で回転させてやる。なんて俺は優しいんだと悦に浸りながら、自らより回転させるために、カップの中央にあるハンドルを右へ左へ不規則に回しまくる。
「どうだ、そろそろ気持ち悪くなってきたろ!」
「そんなもんじゃ、飲んでいるワインすら零れはしないね」
「おらおら、おらおらー!」
その後、俺たちは遊園地職員から大人のくせにやりすぎだと、こっぴどく叱られることになった。




