ふわふわのメレンゲと、隠された本音
私がメレンゲ菓子を好きだと、なぜかこの集まりでは誤解されている。
そもそも、死神である私に食事は必要ないし、デビィのように人間の作る物に興味をもって嗜好品をたしなむ趣味もない。
それでは何故、メレンゲ菓子なんぞを好んでいると勘違いされたかと言えば、『彼女』がそう言いだしたからというよりほかにない。
そんな、迷惑なようでどうでもいい誤解を生んだ元凶となる存在は、今は菓子屋のショーウィンドウに張り付き子どものように眺めている。いくら街の中心からずれた場所にある通りとはいえ、完全に人が通らないわけではない。何度か、彼女を見てぎょっとするものがいた。
「いいなぁーいいなぁー。私、本当にパンプキンパイが大好きだったんですよ」
「それは以前に聞いた」
街で一二を争う人気を誇るのだという菓子屋で、これみよがしに中を眺めている。
いっそ姿が見えたなら、「不審者として通報されるぞ」なんて言って彼女を引きはがせたのだが。なまじ、私も彼女も姿を消すことが出来るからそれも出来ない。
「ほっくほっくで、あまぁいパンプキンパイ……。人によっては、黒ゴマをアクセントにしたり、かぼちゃの種がのってたりして。あぁー思い出しただけでも、涎が出ちゃう」
「なぁ、そろそろ離れよう」
「ここのは、綺麗な黄色で隠し味に入った塩が素材の甘さを引き立てているらしいですよー」
「……おい」
こんなに近くにいて言葉を発しているのに、一向に会話にならない。
彼女はこんなに近くへいる私よりも、手に入らない甘味の方に夢中らしい。死んだときの趣味趣向や、強い念は消えないものだというが……。こんなにも夢中になっている彼女を見ると、愉快とは言い難い。いつまでこちらを無視し続けるつもりなのか。
大体、メレンゲ菓子に施される魂を模した形や絵柄を興味深く鑑賞していただけであって、決して甘く口の中で溶ける触感などを気に入ったわけではない。……だから、うらやむなど見当違いだというのに、彼女には恨めし気に見られるのだから割に合わない。
どんどん機嫌が急降下するこちらを知ってか知らずか、彼女はこちらに恨みがましいまなざしを向けてくる。
「死神さんはいいですよね。好きなメレンゲ菓子が沢山食べれて。私なんて、お墓にお供えしてもらわなきゃ、口にすることも出来ないです」
「……君の遺体が埋まっている墓を、探すか?」
「もう、死神さんわすれちゃったんですか?私のお墓は戦時中に吹き飛ばされて、もはや正確な場所すら分からなくなってますよ」
カラカラと憂いをにじませずに話す彼女の方こそ、忘れてしまったのだろうか。
こちらは、所詮魂を集めるプロと言ってもいい存在で、彼女の体が眠る場所くらい把握は容易い。もっとも、本人がそこを心のよりどころとしてない以上、それに参って本当に効果があるのかは甚だ疑問だが。
「ねぇ、死神さん。本当にわからないんですか?」
思わぬ返しをもらって、彼女の顔を見つめる。
何を考え、どんな答えを狙っているのか。可能な限り彼女の願いを叶えてやりたいが、こういった謎かけのような会話は少々苦手だ。
そもそも自身の本質上、こうも長く話すことなど今までなかった。私がおもむくのは死を目前に控えた者のもとだけだし、死神と長く話したがる者などそういない。時々物好きな変人がいたりするが、自ら死にたがる生き物に近づいていいことなどなかった。魂を奪われぬようただ逃げようとするならまだいい方で、周囲を巻き込んだとなっては色々面倒も増えるのでこちらとしても喜ばしくない。
生き物との接触など、最小限に抑えるに限るというのに、私はどうしてこんな所で年若い少女の魂に翻弄されているのか。ふっと、らしくもなくため息を吐こうとしたところで、ずっと座り込んでいた彼女が唐突にこちらを向いた。
「以前に渡した骨、まだ持っていてくれますか?」
「嗚呼。もちろん、ここにある」
黒いローブの中から、小さなガラスに入れたカプセルを取り出した。
彼女の故郷が戦火に包まれる前、こっそり彼女の遺骨を持ち出していた。本当は、もっとしっかり埋葬しようとしていたのだが、「ここはつらい思い出も多いから、もっと気に入る場所を見つけてから体を移動したいです」という言葉から、簡易な埋葬で済ませていた。
だが、その数年後に彼女の故郷では残念なことに戦争が起こり、骨の場所も分からなくなってしまった。これまで彼女の言葉をうのみにして捜索に力を入れずに来ていたが、やはり思う所があるのだろう。一度しっかり探してみようと彼女を経ちあがらせたところで、思わぬ否定に目を見開いた。
「―――どこにあるかもわからない、みんなに忘れ去られたお墓なんかじゃなくて、いつでも好きな存在が逢いに来てくれる場所が欲しいんです」
「逢いに来てくれる……?」
彼女はいったい、『だれに』逢いに来てほしいというのか。
始めに感じたのは、激しく渦巻くような感情だった。それが何かなんて、分からない。人間がどう、これを名づけるのかも知りはしない。……何せ、こちらはこの世に誕生した時から死神なのだ。人間の魂に関する扱いには慣れていても、感情などしっかり理解しているとは言い難い。
「……まさか、人間の心を理解したいと思うとはな」
「……?何か言いましたか」
「いや、捨て置け」
不思議そうに首を傾げる彼女は、先ほどまでの表情が嘘のように幼く見える。
若い身空で時を止めることになった彼女は、どこか危うい。人間としての年齢は幼いのに、魂としてはそれなりの年月を現世で過ごしてしまった。大人ほど物事を知らないし割り切れもしないが、子どもほど純粋にもいられない。
その危うさは変な輩を引き寄せるらしく、時々人ならず者に付きまとわれたりしている。
まぁ、行き過ぎた行動を起こせば、ただちにこの世から強制退場願うだけなのだが。あまりそういうことをしていると、「職権乱用だ」などと同僚たちがうるさいから、やらないに越したことはない。
「それで、お前は『誰に』逢いに来てほしいんだ?」
無理やり変えた話題は、彼女の気をそらすのに充分だったらしい。
あまりにあっけなく関心を移すから、こちらが拍子抜けするほどだ。
「あ、そうそう。お墓の話でしたね」
「……忘れていたのか」
「やだなぁー、死神さんが変だから気になっただけで、忘れてなんかいませんよ」
「怪しいものだな」
「死神さんったら、疑り深いんだからー」
あからさまに目線をそらし、あさっての方向を見る彼女をどうして信じられるというのか。
あきれ果てたこちらの耳に、想像していない言葉が聞こえた。
「だいたい、逢いに来てほしいのなんて死神さんくらいしかいないじゃないですか」
「…………」
どうせ、彼女のことだから「友達とか、たぁーくさんの人たちに会いに来てほしいんですよ」なんて言うのだと思っていた。そういうと分かっていながら、心を波立たせていた己にも呆れるが、それ以上に言葉の衝撃が強い。彼女が一番に選ぶのは、決して自分であるはずがないと心のどこかで思い込んでいた。
「―――お前は、『死神』が憎くないのか」
きっと彼女は、自分をこんな不完全な状態にさせた我々を憎んでいるものだと思っていた。
我々がかかわらなければ、彼女は一般的な村娘として、普通に結婚して家族に見守られ寿命をまっとうしたことだろう。それなのに、ある死神の暴走のせいで、その命を奪われた。ましてや、それの責任の一端を担うのは、他でもない己自身だ。そんなこちらを己を見舞う相手として選ぶなど、酔狂としか言いようがない。
「私が逢いに来てほしいのは、貴方であって『死神』じゃないですよー」
第一、死んでからも死神に逢いたいなんて意味が分からないじゃないですか。なんて笑う彼女の気持ちの方が、よっぽど理解できない。肉体を無くしているのだから、頭など打つはずもないのだが……。まさか、大好物だというパンプキンパイを食べたい一心に、そんな事を言い出したのではないかと疑ってしまう。
それを指摘すると、彼女はそれこそ呆れたといった様子で腰に手を置いて偉そうにふんぞり返る。そんな事をしてもぜんぜん様になっておらず、良く言っても、子どもがえばっているようにしか見えない。
「まったく、死神さんは、もう少し女心とか理解した方がいいですよ」
「君は……よく、奴らに『鳥のさえずりより、パンをとる』と言われているだろう」
「―――もしもお墓を作ってもらえたら、絶対に『妖精の微笑み亭』の特製パンプキンパイデラックスを買ってきてもらいますから」
嫌に座った眼で彼女が口にしたのは、女子どもが好むぎゃーぎゃーやかましい菓子屋の名前だった。あんな騒がしい所へ、玄人しか頼まない特大級のパンプキンパイを買いに行けなんていくらなんでも勘弁してほしい。
『色気より食い気を取る』とからかわれて菓子の名を出すのだから、彼女は本当に興味深いと微かに口角を上げたのだった。




