偽りの命と、役立たずの大鎌
死神さんは、何時もそっけない態度をとる。
元々その性質上、あまり他者と関わるタイプではないからしょうがないとは思うけれど。今日のような馴染みのメンバーであるハロウィンの集いに集まるみんなとも、率先して会話しようとはしない。昔の私だったら到底近寄れないようなおんぼろでも豪華な洋館は、ハロウィンである今日のために整えられて清潔だ。
意外と几帳面な魔女ちゃんとフランケン君が掃除をして、手先の器用なミイラ男さんを手伝って小悪魔デビィが部屋を飾り付ける。
これだけ頑張ってくれているみんなに、多少心を開いてくれても良いと思うのだけれど、なかなか彼の態度は変わらない。もうながい付き合いのみんなは、良くも悪くも大雑把で気にしないでいてくれるけれど。いつまでもこのままというのも頂けないだろう。
普通だったら眉を寄せ注意しなきゃいけない行動を見て、彼を非難しきれない理由が私にはあった。それは―――。
「死神さん、死神さん」
「……なんだ?」
しばらくの間は空いたものの、小首を傾げながらこちらをみてしっかり答えてくれるのは存外嬉しい。ましてや、他の人へは碌に会話しようとしない癖に、私に対しては声をかけずとも答えてくれる時すらある。そんな、ダメダメな行動をとる彼を、ほんの少し可愛く思えてしまう私は、彼以上にダメダメかもしれない。
思えば、彼は出逢った時からこんな調子だった。
何と私たちが『死神』と呼んでいる存在は何も彼だけではないようで、他にもいるのだと聞いたときは本当に驚いた。そして、死神の中でも特別優秀で愛想のなかった彼は、同僚にも嫌われていたらしい。
感情を表に出さない彼は、死神として優秀だった。
いや、「優秀すぎたのだ」と皮肉交じりに、私の命を奪った存在は言っていた。どうやら私は、優秀すぎる死神さんを妬んだ劣等生の死神に命を奪われたらしい。死んだばかりで自分の体を呆然と見下ろす私に向かって、「恨むなら、あいつを恨めよ」なんて偉そうに言っていた彼は、早々に死神さんに処分されていた。
正直、急に理不尽な目にあったせいで、今起きていることに実感がわかず。新しく現れた死神さんに怯える余裕すらなかったようだ。
ぼんやりと死神も死ぬのかと感心していた私は、「泣きも嘆きもしないなんて、変わったやつだ」と『あの死神さん』に言われたすごさは今ならわかるから、もったいないことをしたと思う。
珍しく愚痴っぽくなっていた死神さんの話によると、好き勝手してくれた相手は感情的になりやすく、今までもちょいちょい問題を起こしていたのだという。当時の私にとってみれば、「そんな愚痴を言われたって知らないわよ」といった感想しか抱けなかった。ましてや、徐々に現状を理解してきた私は、誰かに怒りをぶつけたくてたまらなかった。
「常ならべらべら話し続ける奴を非難していたが、君に取ったら不幸中の幸いと言っていいかもしれない」
「……どういう、ことですか?」
これまでは未知の存在が怖くて大人しくしていたけれど、ここまで理不尽な体験は早々経験することがないだろう。そんな……これまでにない状況を経験して、『君は運が良い』なんて納得いかない。その旨をまぁ、口汚く喚き散らかした私は、顔色一つ変えずに謝罪する死神さんに毒気を抜かれ黙り込んだ。本当はもっと言葉を尽くしたかったけれど、こういう時に限って言葉はあまり出てきてくれない。
悔しくて唇を噛む私をみて、とりあえず落ち着いたと判断したのだろう。
死神さんは彼らより上の存在によって、私の意をくんで言うことを聞いてくれるという。
「君が望むなら、多少傷跡は残るが元の体に戻そう」
「他の人たちは?」
「彼らは、残念ながらもう手遅れだ。我々死をつかさどるものにとって、『生』は専門外だから、あの状況から元に戻すことはできない」
「……役立たず」
ぼそりと呟いた言葉に、「それが事実だから致し方がない」といった死神さんの顔はどこか諦めにも似ていて、嗚呼、本当に巻き戻すことはできないのだなぁと実感させられた。
私の両親は、幼い頃に亡くなっている。小さな村だったから村全体が家族のようなもので、身寄りのない私のような子でも何とか生きていくことができた。
―――それなのに、いきなり現れた死神とか言う存在によって、村が壊滅してしまった。
村人はみんなバタバタと死に絶え、のちにやってきたお役人により集団感染を起こしたのだろうと結論付けられた。悲しくて悲しくて、自分一人でやっていく自信も意味も見つけられなかった私は、どうしてこんなことになったのか無性に知りたくなって成仏することを拒否した。
「私、自分がどうしてこんな形になったのか、貴方の説明だけでは理解も納得もできない」
「……お前が理解しようとしなかろうと、事実は変わらない。許された選択肢は、完全に魂を成仏させるか生き返るかだけだ」
「理不尽な理由で勝手に殺されて、勝手に今後も決められるなんて嫌よ!」
「……すまない」
「謝るくらいなら、貴方たち死神という存在がどうして必要で、どうやって動いているのか私に教えて」
あんなにも驚いた様子の彼を見たのは、跡にも先にもあれきりだろう。
それから、死神さんはだいぶ抵抗してみせたけれど「貴方にも少しは原因があるんでしょ!」なんて脅して見せたら、渋々言うことを聞いてくれた。
始めの頃こそ、どんな人間でも感情などみせずに魂を奪う彼に憤りを覚えた。
どうして、悪人を前にして平然と善人を見殺しにするのか。この段階になってくると、生前からさほど高いとは言えなかった神へ対する信仰心は、さらに希薄なものになっていた。だから、天国という場所への憧れよりも、志半ばで大事な存在をおいていかなければならない人々に同情した。
―――けれど、いつからか死神さんにも感情があるのだと気付いてしまった。
悪人はほんの少し長めに苦しめていることや、罪を犯した人間でも、家族の敵討ちだったらわずかに温情をかけていること。死に際の微かな時間で何が変わるのかと気づいた当初は思ったけれど、伝えたいことを伝えられた人たちは、大なり小なり満足そうな表情をしていた。
そんな風に死神さんに対する意識が変われば、がらりと見方が変わってきた。
彼の不器用な優しさで確かに救われる存在がいて、その優しさは確かに私にも向けられている。
「―――ねぇ、死神さん」
「なんだ?」
毎回どんな呼びかけ方をしても、おんなじ調子で返される言葉に、慣れない頃は怒っているのかと勘違いしていた。彼のお仲間と言っていい存在によってこんな目にあわされているのに、どんなに面倒だとしても理不尽だと始めは怒った。次第に、それが彼にとっての普通なのだと知った時は、なんて愛想がないのだろうと憤りを感じた。
怒って、嘆いてそのあとはついに、呆れていっそ愛着と言われるものを抱いてしまった。
「どうした?黙り込んで」
「ううん、なんでもないの」
元来、物事を深く考えるのは苦手な性分なのだ。
こんな風に四六時中一緒にいて気遣われていて、憎しみ続けられるほど強くもない。彼に出会った時こそ怒りに飲まれてこんな道を選んでしまったけれど、正直復讐しようにもその対象はもういないし、どうすればいいのか分からないという気持ちが強かった。
後の事なんて考えていなかったし、新たなる『心残り』が出来るなんて思ってもみなかったのだ。
「死神さん」
「どうしたんだ?」
こちらに背を向けられてしまったことが、どうしようもなく寂しくて名前を呼ぶ。
そうすると、他の人には向けたことがない穏やかな瞳で、こちらを見てくれるのだから自惚れてしまう。
―――自分は、彼にとって特別な存在なのではないかと。
何度試してみても、声を小さくしてみても結果は変わらなかった。面倒だということもなく、きちんと振り向いてくれる。
私の心に抱いた感情は、村で優しくしてくれた二つ上のお兄ちゃんに寄せている物と近いけれど、少し違う気もする。何百年とその意味を考え続けているけれど、一向に出ないその答えが出る瞬間が、怖くも楽しみでもある。
とりあえず今は、不器用な優しさに溺れていようと思う。




