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不機嫌な尻尾と、震える包帯

最近できたという、遊園地にミイラ男と冷やかしにやってきた。

さほどこういったテーマパークに来た回数は多くないものの、どこも似たり寄ったりの子ども騙しだろうと思っていた予想ははずれ、思ったよりも楽しめていた。


ジェットコースターに乗って、ミイラ男の包帯が取れないか心配してみたり。

ホラーハウスに入って、前後にいるお客の怖がる話をしてみたり、逆に従業員を驚かしてみたり。前半は、おおむね楽しんでいたのだ。なのに、ちょっとミイラ男を一人にした途端気分は最低になってしまった。


「―――アレに乗りたい」


私が指差した先では、くるくると大きな籠が回っている。

どうしてあんなものが回っているのか、ましてや何故そこまでして高い所の景色を眺めたいのか甚だ疑問だけれど、今の私にはとっても価値あるものだ。何世紀か前では考えられない高さにまで達するあれは、いうところの観覧車だ。


「……『アレ』ハ、止メナイカ?」


彼が、常と変わりない口調でありながら、内心では相当焦っていることは分かっている。

別に、あんなもの特別好きではないし、彼が嫌がるなら無理をさせたくはない。……そんな風に、普段なら多少乗り物に興味が湧いても、何度も誘いをかけることなんてしないのだ。

でも、今はさきほどから繰り返している言葉を、再び口にしてみせる。


「嫌よ。私はアレに乗りたいの」


彼が高い所は苦手なことも、こういった乗り物が嫌いなことも知っている。

砂漠の王族だったことも関係しているのか、彼はあまり高い所に良い思い出がないようだ。たしかに、世界的にも有名な遺跡やそれにまつわるあれやこれやを知ってしまえば、苦々しい記憶になるのもうなずける。


ましてや、あの当時で一番なじみ深い乗り物なんて、馬にひかせる戦車であるチャリオット位のものだろう。段差や急な高低差に弱いあれに乗った時の、落下の恐怖は計り知れない。まぁ、それも『普通の人間であれば』という注釈が入るのだけれど。


大体、どうして当時にしては異常なほどスピードの出る乗り物は大丈夫で、あんなゆっくり回っている高いだけの乗り物に拒否反応を見せるのか、甚だ理解できない。


「デビィ……」


常からすれば、考えられないほど弱弱しい声音に眉を寄せる。

そんな情けない声を出したところで、今日は許してあげない。いつもいつもこんな手に引っかかってばかりで、内心ずっと不満だったのだ。私自身、過去にこういうあざとい仕草で男を誑し込んできたけれど、そんなの本当は全然好きじゃなかった。こんな仕草で喜ぶ男も興ざめだし、洗練された振る舞いも出来る私にとっては不愉快以外の何物でもない。


けれど権力をもった変にプライドの高い男どもには、適度に無害なあらがいを見せる子猫のような存在が好まれるのであって、間違っても意志の強い女性権力者などではない。時には強気な女を無理やりかしずかせて喜ぶ類の変態もいたけれど、そんな不快な生物は割愛する。しかし、どうしてか包帯に全身をおおわれた元権力者である彼は、その性格からして異質だった。


「ヤメヨウ?」


普段だったら素直に言うことを聞いてしまう雰囲気に、ただでさえ深かった眉間のしわを深める。だって、この瞳はさきほどまで別の女を見ていたのだ。……それも、読みにくいと言われる表情を明らかに変えてまで楽しそうに。




それは、テーマパーク内の売店で別行動をしていた時の話だ。

彼はどうしてかわからないけれど、芋虫やクワガタといった虫を模したお菓子が好きなのだ。中には彼の体を文字通りむしばんでいた類の幼虫でも、楽しそうに眺める様は理解しがたい。別に、虫を見るのに特別な感情など抱いたりしないのだ。それこそ虫けらが何をしようとも興味もないし、煩わされなければ問題ない。


―――でも、楽しそうに虫もどきを食べる姿には、ゾクゾクと背を這うものを感じずにはいられない。


以前に、どうしてわざわざそんな気持ちの悪いグミやらチョコやらを好むのか聞いたことがある。正直、見た目に特化させただけあって、当たり外れの激しいものだ。子ども騙しの味も好みじゃないし、だったら安酒の方がまだかわいく価値あるものに思える。


「ねぇ、ミイラ男はどうして『そんな物』を食べるの?」


「ン?」


「自分の体に湧いていた虫でも、嫌じゃないの?それとも、憎いものを模したものを食すことで、一種の復讐でも果たしているの?」


「嫌、ソンナ難シイ事ジャナイ」


その後にされた彼の説明によると、自らの死に思う所はあっても、他のことに関する悪感情は抱いていないらしい。ましてや、狂いそうな時の中で見かけた虫を懐かしく思っているような発言に、「貴方のことは、一生理解できる気がしない」なんて思わずつぶやいた言葉は、心の底から湧きあがった本心だった。


「―――私には、理解できないのにっ」


どうやら彼は、売店で売っている虫型のお菓子をきっかけに、見ず知らずの女と和気あいあいと会話を弾ませていたようなのだ。それに気付いたのは、女が馴れ馴れしく彼の腕に触れようとした時で、目の前で誘いをかける厚かましい女相手にキャットファイトを繰り広げなかった私を褒めてほしい。


ハロウィンが近いこともあってか「その仮装、手が込んでいて素敵ね」なんていう安っぽい台詞で彼へ近づこうなど、愚かすぎて笑ってしまう。その素敵だと褒めた包帯の下に、干からびた皮膚があると知った時の女の表情を見てみたい気もした。だけれども、これ以上彼がその女相手に気安い雰囲気を出すさまを見て居たくなくて、早々に支払いを済ませて売店を出たのだ。




それから数分もしないうちに、例の乗り物を見つけてほくそ笑んだ。怒りも冷めやらぬ私の目に、彼が唯一苦手だという乗り物が移ったのは運命だと思う。


「セメテ、次来タ時ニ……」


「そうやって、逃げようとしても無駄よ」


「嫌、逃ゲナイカラ……」


「いやったら、嫌!」


まるで子どものようだと思いながら、彼の手を引く。

本当はもっとすんなりいくと思っていたのに、本当に苦手らしい。いつも何だかんだで言うことを聞いてくれるのに、なかなか首を縦に振ってくれない彼に焦りが募る。前に魔女が、「あの観覧車とかいう乗り物に乗ると、特別な雰囲気になる」と、惚気交じりにこぼしていた。


あの言葉の真意から言えば、『子どもたちに絡まれると、もれなくそちらに意識をやってしまうフランケン君を独り占めできるっ』といった事だとは思う。でも、珍しくミイラ男に他の女が粉をかけている姿を見せられて、自分でも驚くほど焦っていた。



私が近づくとすぐに断りを入れていたけれど、可能ならもっと自分が好きなお菓子について話したかったのであろうことは明白だ。仲間内でも彼の趣味を理解できる存在は少なく、お腹にはいって、食べられるものだったら何でもよい狼男くらいしか一緒に食べる相手もいない。そんな、誰もが理解しがたい趣味を共有できる相手を見つけて喜ぶ姿に、無視できるような性格ではなかったようだ。現に今だって、苛立ちはピークに達しかけている。


自分がこれだけ頼んでも駄目なのかと叫びかけたところで、彼が一つため息を吐いた。

まるで私との会話に疲れたと言われているような様子に、思わず胸が痛くなる。だって、今までの男連中と違う彼を前にして、どうふるまえばいいのか未だにわからないのだ。



こんなに長く一緒にいたのも初めてなら、破滅させたりからかったりする目的以外で四六時中誰かの傍にいた経験もない。初めてづくしと、自由にならない感情に戸惑いはしても不快ではないだなんて、自分自身が一番驚いている。


「一度ダケ、ダゾ?」


「えっ……」


「一度ダケダ」


やけにゆっくりした足取りで、ミイラ男が歩いていく。

その手はしっかり私の手を握っていて、何時もよりきつい拘束に相手の緊張が透けて見えた。


「ミイラ男……本当にいいの?」


「君ガ言ッタノニ、不思議ナ事ヲ言ウンダナ」


笑いをかみ殺すような様子に、無性に恥ずかしくなってそっぽを向く。

本音を言えば、何が何でも観覧車に乗りたいわけではなかった。むしろ大切だったのは、彼がどこまで私に優しくしてくれて、普段は決して超えることのないラインを越えてくれるかという点だけだった。



きっと、彼は早々なことがない限り、自ら観覧車に乗ろうとなんてしないだろう。

それが、今日は私の癇癪めいた我がままに付き合って恐怖を克服してくれるとまで言ったのだから、充分気持ちは収まっていた。……それなのに「もう、無理しなくても大丈夫」だと、そんな風に言えなかったのは、ひそかにこの乗り物にあこがれていたからだろう。


「ふふっ、有難う」


「気ニスルナ」


彼が私の真意に気付いているかは分からないけれど、ガチガチと珍しく緊張した様子の彼とのった観覧車は、予想していた以上に楽しかった。




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