強敵:ナスにわたしは負けない!!
農家さんごめんなさい。
高貴な色と言われる紫を身にまとい、奴はやってくる。艶やかな肌に鋭い棘をもって。
夏に訪れるわたしの敵。それはーー
茄子だ。
「おばあちゃああん、ナス一箱送りつけるのはやめてえ! 大学生貧乏のわたしにゃ、食材は嬉しいんだけど、嬉しいんだけど! 夏場に食材は持たないんだって・・・」
田舎から上京してきた一年目、偉大なる祖母よりダンボールいっぱいにナスの大群を召喚され、威力バツグンな攻撃にわたしはうちのめされていた。
「米、米ならばまだしもだよ?今は夏なんだ。保存の効かない夏野菜(笑)と一人で立ち向かうとか、つらたんじゃない。無理ゲーだってば」
いかにおいしいナスといえど、分け与える相手もいない身にはもんどり打つ敵でしかない。わたしは台所すらIHなワンルームマンションの廊下でうずくまった。
ボリュームたっぷりのお肌艶やかグラマーなナスたち。これがトマトならケチャップとかに昇華させてやれるのに……ナスの全てを漬物にでもしてやればいいのかと一瞬頭をよぎったが、すぐに打ち消す。あまりにもしょっぱい。ぼっち大学生が夏休み中延々とナスの漬物を食べ続けるなど悲しすぎるではないか。
「ていうかわたしそんなにナスすきじゃないんだよう……ごめんよおばーちゃあん、愛想でもおばあちゃんのナスはまじうま!(*マジでうまいわの略)なんて言っちゃあいけなかったのね……きっと、
(*マジでうますぎだって!いやマジでマジで!!ほんとマジで!!!)
くらいに伝わってたんだねおばあちゃんには。てへへ」
でもばっちゃんの小遣い欲しかったんだもん。箱入り娘なふつくしい茄子を前に部屋の床へとこぶしを叩き付けているそんなとき、玄関がピンポーンと来客を告げた。わたしはガバリと顔を上げて、ぎらぎらと目を光らせる。
訪問客→茄子の餌食
「美菜子、キャリーありがとなーまじ助かったぜ」
「おお! わたしと同じく大学進学により上京してきた割と近所に住んでる従兄弟どの。そうか旅行にいくからって借りていったキャリーバッグを返しに来たんだな!!」
素晴らしいタイミングだと、わたしは歓喜に打ち震えた。従兄弟が「なんで説明口調なんだよ……唐突すぎて気色悪いわ」と引いてしていようがどうでもいい。必要なのはこの哀れな迷える羊の引き取り手なのだ。
「よくぞ参ったメシアよ、この大量なる紫の塊をどうか成仏させてはくれまいか…!」
「わりいけどムリ」
ひらひらと手を振って断る従兄弟だが、わたしは追いすがる。
「なんで!お願いだよ従兄弟どの、この這い寄る混沌(*茄子の大群)に打ち勝てるのは君だけなんだ!」
「あのな、俺は同じばあちゃん持つんだぜ。てことはだ、同じものが俺んとこにもある訳だ」
呆れた口調で従兄弟が言った。うぬぬ、やつも同じ状況であったのか。だが、ここで諦めるわけにはいかないのだ。
「茄子だって生き物なんだよ? わたし、来週には旅行いっちゃうんだよ? 素晴らしきかな温泉を満喫したあとに、家で奴ら(*茄子)がドロドロに溶けた腐乱死体になってたら、わたし、おばあちゃんに顔向けできないじゃない。今年も美菜子においしい茄子送ったげるね、って。おばあちゃんにどんな顔すればいいの………」
「そっそれは、」
「おばあちゃんには新しいパソコン買ってもらおうと思ってたのに」
「下衆かった! 思いのほか下衆かったよこの主人公!
読者がドン引きするわ!」
「うるさい!」
ショックを受けたらしい従兄弟は批難してきた。しかし、とにかくこの紫色の物体を処理しないといけないのだ。黒々した艶やかな肌を見るも無残に皺々にはしたくない。かといって、わたし一人じゃ、食べきれない。
「旅つってもたった一泊二日だろ」
「腐るもん。おいしく食べれる期間はすぎちゃうんだもん……」
わたしはうつむき、駄々をこねる。
本当は分かっているのだ、従兄弟にも荷が重いことは。でも、わたしも譲れない。わたしに託された小さな生き物たちを、手もつけられないまま枯れさせるわけにはいかないのだ。いかないのだけれど……。声小さくいじけていると、従兄弟はやれやれとため息をついた。
「仕方ねえな。キャリーのこともあるし半分もらってやるよ」
「っほんと!?」
さも仕方ない、といった言葉に、ぱっとわたしは顔をあげる。
「よかったあ、ありがとおお!!」
本当によかったよこの恩は忘れぬ!と号泣するわたしに、従兄弟はその言葉忘れんじゃねえぞ?と言って不遜な笑みを浮かべた。
「人を呪わば穴二つ、目には目を歯には歯を。天に唾吐く行為を以って因果応報をとくと味わうんだな」
「ええと、つまりは?」
「後悔するなよ」
唐突な中二発言を言い捨てるなり、ナスを抱えてなぜかダッシュで従兄弟は帰ってった。頭にハテナマークを浮かべながら、帰ってきたキャリーを手にとって、ふと嫌な予感がよぎる。
中は空のはず、いやまさか……大きめのキャリーバッグを開けながらわたしは今更ながらに思い出した。奴の母の実家は素麺職人だったことを。そして絶望する。
大きめキャリーの中に入っていたのは、全て素麺だったのだ。
唖然とした直後に慌てて従兄弟の携帯に電話を入れるとワンギリされた。留守電に「いや、ふざけんな!!!」と、とりあえず叫んでおく。これで奴の耳が壊れるといい。
電話片手に一息ついて、キャリーいっぱい…ダン箱換算すると優に三箱はありそうな素麺に私は青くなった。
まじつらたん。
次回予告
あまい出汁と一緒に煮た茄子ソーメンはうまい。が、飽きた。バイトもない気だるい夏の昼ずるずるとすすっていると、ラインが来た。
『明後日だけど、サークルで先輩がBBQしないかだって。急だから人数少なかったらやめるらしいけど、ミナコは行く?』
BBQ、
といえば野菜!
この余ってる茄子を大学生の胃袋によって退散できるのではないか?
『ミナコが行かないならあたしもやめとこうかな』と続くラインに、もちろんわたしの返答は一つだけだった。
to be continued…