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終わりへ向かうこの世界で  作者: 菜々
第一章 少女と少年
7/7

07.精霊?

※短めです


よろしくおねがいします!

 壁にいくつか取り付けられたランプにひとりでに火が灯り、暗かった広間がとたんに明るくなる。

「それでは、頂きましょう」

ロキの一声で、じっと目を(つむ)っていた子供たちが歓声を上げ食器を手にとった。しんとしていた広間が食器のぶつかり合う音と声で埋め尽くされる。

「どうしたんですか?」

固まっている私に、目の前のロキが不思議そうに訪ねてくる。ロキと私は向かい合う形でテーブルについていた。

「えっと、……さっきのは?」

子供たちに続きロキと私が席に着いた後、「祈りを」というロキの一言で、子供たちが一斉に祈り始めたのだ。手を組みながら、うつむいて目を閉じて。

 こんな風に、何かに祈りを捧げるという習慣はこの国にはなかったはずだった。むしろ今は禁じられている。それなのに……。

「精霊さんに、ありがとうって言ってるんだよ」

ロキに代わって答えたのは、見事ロキの隣を勝ち取ったユイだった。ちょうど、私の斜め前に座った灰色の髪の少女は、大きく口を開けて何かの肉にかぶりついている。肉から滴った油が、ユイの小さな顎を伝ってこぼれ落ちた。苦笑を浮かべたロキが母親のようにそれを布で素早く(ぬぐ)った。

「精霊……?」

聞いたことはあった。目には見えないとされる不思議な生き物。けれど、それは物語の中のことであり、遠い国の伝説の中の生物だった。

「そうだよ、精霊さん!」

ユイが自信満々にそう言い切ると、ロキが小さく笑い声を漏らした。

「この家には、精霊がいるんですよ。光をくれて、温かさをくれて、幸せをくれる精霊が。だから、私たちは彼らにありがとう、そう伝えているんです」

「けど、祈りの時は普通、何か特別な言葉を言ったりするんじゃないの?」

私が見ていた限り、子供たちもロキもただ無言で手を合わせていただけだ。

「そんなものがなくても、祈っていれば伝わりますよ、きっと」

「……」

「疑ってますか?」

「だって、そもそも精霊なんて……この国にはいないはずじゃ」

「あら、じゃあこの灯りは――」

ロキはまっすぐ壁のランプの一つを指差す。

「誰がくれたのですか?」

笑ったロキに私は答えられなかった。本当に、勝手に明かりが灯りだしたのだ。魔法のように。けど、それこそありえない。人間は魔法を使えないのだ。

「ほら。精霊はいるんですよ」

そうなのかもしれなかい。ロキの笑顔に危うく騙されそうになる。

 そういえばさっきから気になっていることがもうひとつあった。

「あいつは……ルークは食べないわけ?」

広間のテーブル。子供達で埋まったそこには、あの少年の姿がなかった。さっき広間を出て行ってから、あいつが戻ってくる気配は無い。

「……ルー君は……お腹がすいてないみたいなんです」

数秒の間の後、ロキが目を伏せて言った。あいつのことだから、みんなに内緒でこっそり食べていたのかもしれない。あいつならやりかねないと、その時はそう軽く考えていた。

「ふーん……」


――キュキュッ


「? 何か言いましたか、セラさん」

「え? 何も言ってないわよ、どうして?」

「いえ、なにか聞こえた気がするのですが……気のせいでしょうか」

ロキの言葉に、私は耳を澄ます。と、

――キューーーッ

騒がしい広間のどこかから、そんな微かな鳴き声が今度こそ私にも聞こえた。

「な、なんかいるわ」

得体の知れない魔物だったら……? 急に襲ってきた不安に胸を抑えた私に、ロキは首をかしげたあと、

「あ、忘れてました」

そうあっさり言い、一つだけある服のポケットへと手を入れた。深めに作られたそれから、あるものをテーブルの上へと取り出す。

「キュル……?」

テーブルの上に突然出されたそいつは、しばらく転がっていたが、素早く逃げようと起き上がった。長い耳をもつ獣。兎によく似ているけれども、尾が長く、目が黒い。ロキに速やかに捕縛されたのは、どこかで見た兎種の魔物、ヴァイスラビットだった。

「ルー君に、預かっているように言われていたんです」

「ルークが?」

「はい、なんでも、命の恩人だそうで」

「命の恩人……?」

「はい。あ、命の恩獣、でしょうか」

そこまで言うとロキは、意味ありげにふふっと笑った。意味がわからない。そうしている間に、ヴァイスラビットはたちまち群がってきた子供たちの波に飲まれて消えていった。

「どういうこと?」

「ルー君に直接聞いてみてください」

「……」

『死にたいのか?』

 さっき聞いたばかりの低い声が耳に蘇ってきた。どうしてあいつはあんなことを言ったんだろう。最初にひどいことを言ってしまったのは私だから、納得がいかないわけではなかった。けれど今更になって、怒りが湧いてきた。

「あいつはよくわからないわ」

苛立ちを含んで呟いた私に、ロキはにっこりと微笑むと、

「ルー君は、ただ優しいだけなんですよ」

そんな耳を疑うようなことを言った。

 ……優しい? 一体どの辺がだろうか。あいにく覚えは全然ない。考えれば廊下では容赦なく置いていかれたし、口を開けば皮肉ばっかり浴びせてくる。そんなあいつの、どこが優しいのだろうか?

 思わず黙り込み真剣に考えかけた私に、ロキはまた笑うと、

「きっとセラさんもルー君のことが好きになるはずです」

そんな、ありえない未来を笑顔で語ったのだった。


  ✽


「優しい、か。おまえも、ないって思うでしょ」

腕の中のヴァイスラビットに問いかけながら、私はベットに腰掛けた。夕食後、ロキに案内されたのは、最初に寝かされていた部屋と同じ部屋だった。

 今日からここが私の部屋だなんて……まったく、想像がつかない。

 今は燭台の蝋燭(ろうそく)に火が灯り、部屋全体を薄く照らしていた。何気なく見渡した天井に、蜘蛛の巣がなくなっていることに気づき、少しだけ驚く。改めて見渡してみると、どことなく部屋が小奇麗になっているような気もする。

「まさかね……」

一瞬浮かんだ生意気そうな顔は、すぐに消えていった。ありえない。

 既に眠そうに目を開けたり閉じたりしているヴァイスラビットは、魔物とは思えないほどのおとなしさと、順応ぶりを発揮していた。(聞けば、ルークにも勝手についてきたらしい。)こうして抱いているのに、何の反応も示さない。

 なんとなく預かってきてしまったが、どうしたらいいのだろう。迷いつつも、その毛に手が伸びてしまう。ふわふわの毛に温かいお腹。危険かも、なんていまさらだ。

「可愛いなぁ」

思えば、こいつがルークに出会ったきっかけだった。そう思えば、今ここにいるのもこいつのおかげなのだ。

「でも、どうしてルークはおまえを狩らなかったわけ?」

森で見たときのルークの服装を思い出す。あの服装を見る限り、ルークが狩人であることは間違いない。剣を腰に履き、弓矢も持っていた。狩人は魔物を狩って生きている。そう、教わったのを思い出す。

 色々と知りたいことがあった。今、目の前に広がっている世界は、書物の中でしか知り得なかった世界なのだ。決して、見ることが叶わないはずだった世界。明日は、何を見れるんだろうか。私はどこか胸を打つ期待を感じながら、軋む木製のベットに横たわり目を閉じた。

 



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