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終わりへ向かうこの世界で  作者: 菜々
第一章 少女と少年
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06.狩人と呼ばれる者たち

一週間に一話更新です


よろしくお願いします!

 夜の闇が濃くなってくると、大通りの賑やかさはいくらかなりを潜め、その代わりとでも言うように路地裏のあちこちから賑やかな音楽や声が聞こえてくる。主に男たちのそれは、路地裏に点々とある酒場から聞こえていた。

 俺はその声の大きさに顔をしかめながら、路地裏を静かに駆けた。

 程なくしてたどり着いたのは、青いランプを灯した一軒の酒場だった。腐りかけている木の看板に、『カザバネ』という荒々しい文字と、大きな鳥を模したレリーフが刻まれている。明るい光が窓や扉の隙間から漏れていた。

 軋む扉を開けて中に入ると、 


「すごいしかめ面だな。珍しい」


 カウンターの内側から、聞きなれた声がそう言った。その重みのある低音の持ち主はたくましい体付きをした中年の男だ。カウンターに肘をつきうっとおしい髭面を撫でながら、俺の顔をまじまじと見ている。

 こいつはルドロフ。店のいけ好かない主人だ。

「別に……」

面白がっているような顔で笑っているルドロフに、ますます苛立ちがこみ上げ、ダンッ、と音を立てて乱暴に袋をカウンターに叩きつける。

 「おお怖い!」とわざとらしく驚いた反応を見せたこいつは、これでも南区の狩人の元締めのようなものをしている。とてもそうは思えないが。俺が獲った核の入った袋を持ち上げ、ルドロフは中身を確かめるように振った。

「今回はいくつだ?」

「……四つだ」

「お! 今月の最高記録じゃないか」

「……」

無言で睨みつけると、肩をすくめルドロフは袋の中を検め始めた。まったくもって腹が立つ。

 「おっ!」「うーん・・・・・・」とルドルフが悩ましげに漏らしているのを無視して、俺はカウンターの天板に腰掛けた。

 どことなく怪しい雰囲気を漂わせているここは、一応ちゃんとした酒場でもある。今も何組かの客が酒を酌み交わしている。俺が入ってきた時から、チラチラと視線を向けていたそいつらは、今は仲間との談笑に戻っている。腰に膨らんだ袋を吊るしていることもあって、どうやら相当の収入があったようだ。

 この場所の酒場とは違うもうひとつの顔。それが「仲介所」だった。


 そもそも、俺たち狩人の集める核を直接に必要とするのは?

 答えは明白、全て、だ。国も、人も、全てが核、いや核が保有するエネルギーで成り立っている。核の持つエネルギー……魔力とも呼ばれるそれで。

 では、狩人たち一人ひとりが直接彼ら国家や個人と取引をしているかというと、それは違う。効率が悪すぎる。

 そこで存在しているのが「商人」、そして「仲介人」だ。

 まず、国や個人は必要な核の量を、商人へと発注する。商人たちはそれらの注文を、それぞれが贔屓(ひいき)にしているいくつかの狩人たちに用意してもらう。この時に注文をまとめあげるのが仲介人の役目の一つ目。

 二つ目は――例えば、狩人には俺の所属しているここのように、それぞれ数十人の単位で集団ギルドがある。それらの集団で長のような役割をすることが二つ目の役目だ。

 ここの場合は、それがルドロフだった。彼は三十八という若さながら、俺のような南区の狩人たちをその手腕でまとめあげている。彼のギルドに所属する狩人が、核を換金したり、依頼を受ける為の場所が仲介所と呼ばれるここなのだ。

 仲介人たちは、自分のギルドに属する狩人たちの力量に合わせて、報酬付きでノルマを用意する。一ヶ月のノルマが、そのまま利益の分配に関わってくるため、狩人たちは必死にノルマを達成しようとする。仲介人たちは利潤をより効率よく手に入れるために、そこをうまく調節する。そんな仕組みができているのだ。

 そういえば、結局またノルマを達成できなかった。今月はもう明日で終わる。それに、狩りに出るためには見過ごせない障害(しょうがい)があった。

「……そういや、また一人拾ってきたんだって?」

唐突に、ルドロフがそう言った。ちょうど考えていたその“一人”もとい障害の顔がちらつき、

「失敗だった」

漏れたのはそんな言葉だった。けれど、紛れもない本音だ。

「はん……お前、あのガキ……レオだっけか? あいつを拾った時にもそんなこと言ってたじゃねえか」

そうだっただろうか。だいたいこいつがそれを知ってるってことは、

あいつ(・・・)から聞いたのか?」

分かっていたがあえて尋ねる。ルドロフは頷きつつ、俺の後ろに目をやった。

「ルーク。ちゃんと椅子に座ってもらえるかな?」

近づいてきていた気配には気づいていた。扉がしまった音とそんな言葉が聞こえ、俺は舌打ちをした。もちろん天板からは降りない。

「ケイ、ちょうどお前の話をしてたところだ」

ルドロフが言いながら苦笑した。この応酬はもはや恒例行事のようなものになっている。

 そうしているうちに気配は俺のずっとそばまで来て、隣の椅子に座った。ちらと視線を向けると、やはりあいつがいた。

「へえ。ひょっとして、あの娘のことでかい?」

一瞬女かと見紛うような、つまりは優男。こいつを形容するにはその言葉がぴったりだった。ケイの言葉を無視していると、彼は(こぼ)れるようなため息をつき、俺の肩を掴んだ。

 細腕の割に存外強い力に抵抗するのは簡単だったが、そうなると後がめんどくさい。仕方なく向き直ると、ケイは頷き微笑んだ。いつもこうだ……。

「で? あの少女は目を覚ましたかい?」

「……目は覚ました」

「ふうん。その反応を見るに、どうせまた怖がられたんだろう?」

確信を持って言われた問いに、鋭い視線を向ける。ケイはすっとそれを受け流すと、ルドロフに強い酒を注文した。すぐに一升瓶(いっしょうびん)がカウンターに荒々しく置かれる。

 それを惜しげもなく器に注ぎ、ケイは一気に飲み干した。見た目とは裏腹に結構な酒飲みなのだ。濃厚な酒の臭いにうめいてしまう。

「そんな顔をしなければいいのにね……。彼女にはなんの異状もなかったかい? まあ、僕が診たときも、特に問題はなかったけど」

さらに言えば……すごく残念なことに、こいつはまあまあ腕の良い医者だった。(本人に言わせると見習いらしいが)この若さでは異例なのだそうだが、正直どうでもいい。

 ケイがさっきから言っているのは、今日俺が森で見つけた女……セラのことだ。

 医者にこいつ以外のアテがなかったため、セラを抱えた俺は夕暮れにケイの元を訪れたのだった。その時のこいつの見立ては、疲労と空腹。なんというか、俺にも予想できる結果ではあったが。今更ながらにこいつに助けを求めたことを後悔する。

 ケイは流れるような長髪をいじりながら、その(はしばみ)色の瞳を細め、空中を見ていた。きっと、また医術だのと難しいことを考えているのだろう。こいつの取り柄と言ったら、それぐらいなのだ。

 そうしているうちに、ルドロフの仕事が終わったようだ。どことなく満足気な笑みに、無言で問いかけると、

「良かったなルーク。今月のノルマ達成だ」

「え?」「へえ」

思わず素直に聞き返してしまう。隣で同じ様な反応をしているケイのことを一瞬忘れてしまうほどの衝撃だった。ノルマ達成? 

「こいつは割れちまってるが……」

そう言った男の手にあるのは、二つに割れた核……最後に殺した鹿によく似た魔物のものだ。

「上物だ。これなら、二つ分の価値になる」

三色のそれは確かに最近見かけなかった、ランクの高い代物のようだ。ということは……。

「ノルマ達成。半年ぶりじゃないか? お前がノルマを超えたのは」

反論はできなかった。確かに俺がノルマを達成できたのは、本当に久しぶりだった。

「で、どうする?」

「……」

何を? とは聞かない。ルドロフはノルマの引き上げを望むのかと、そう問いかけているのだ。次はもっと上を目指すことができる。報酬も増えるかもしれない。

 まさか達成できていると思っていなかったから、何も考えていない。俺は数分間考え込み、

「いや、今のままで良い」

とだけ言った。ルドロフは、肩をすくめると、手馴れた様子で勘定を始めた。やはり、こいつはなんだかんだ言ってプロの端くれだった。

「よかったじゃないか、ルーク」

隣で何かが何かを言っているが無視した。



「……」

「なんか、文句でもあるのか? ランクはあってるはずだぞ」

俺が受け取った革袋と洋紙を睨んでいると、ルドロフは髭をこすりながらそう言った。書かれていた報酬は思ったよりも少ない。少ないのは、いつものことだったが。

 核は魔物によってその大きさが異なっている。魔物の体格に合わせて変わるのだ。そのため、核の価値は大きさではなくその質を表す色を基準としたランクで定まっている。

 核の色は最大七色。色の数が多いほど、含まれているエネルギーも多くなっている。そのため七色のものは、Sランクとされその価値は……それこそ、国が動いてしまうほどだ。そこから、一色減るごとに価値は下がっていく。六色はA、五色はB、四色はC、三色はD、という具合だ。

 悲しいことに二色にはランクがつかない(ちなみに一色の魔石は前例がない)

 基本的にDか、それ以下の核しか獲ったことがない俺の報酬は低い。今回はノルマを達成したため追加報酬があるが、それも元々のノルマが低いせいで微々たるものだ。

 ノルマは達成すれば引き上げも可能だが、身の丈に合わないものを設定すると悲惨な末路をたどることになる。

「……何かあったのか? 一杯どうだ? 奢るぞ」 

やはりノルマを上げとくべきだったか悩んでいると、ルドロフが何を勘違いしたのかそんなことを言ってきた。手には、酒瓶を持っている。

「……いや、止めとく。こいつと飲んでればいいだろ」

また隣で考え込んでいるケイを横目で示す。途端にルドロフは顔をしかめると「冗談じゃない」と吐き捨てた。本気で嫌そうな顔だった。前にケイと飲んでいて酷い目にあったらしい。

 酒瓶をしまうルドロフ。断ったのは何回目だろうかとぼんやりと思う。何度もこんなふうに酒を進めてくる。けど、実際に飲んだことは一度もなかった。その度に、ルドロフはこう言う。

『ここは、客――』

「ここは、客以外の長居は禁止だ。酒が飲めるようになってから、出直してこい」

……ほらな。そして、いつだって俺は笑ってやるのだ。急に偉そうにし始める彼を。

「はいはい、失礼しました。店長(マスター)

こんな応酬も、もはや当たり前になってきた。俺は、肩をすくめたルドロフに背を向けると建物を出た。扉が完全に閉まってから振り返る。

 俺がルドロフのギルド『カザバネ』に所属してから、五年がたっていた。無意識のうちに手を胸に当てていた。そこには五年前、まだ髭の無かった彼から託された、ギルドの証が存在している。

 空を切るように飛ぶ、翼を広げた大鳥の紋章。不意にあの時(・・・)のことを思い出す。

『これ、何なんだ?』

俺が鳥の紋章を指して問うと、ルドロフは得意気に、

『それか? タカってやつらしい。なんでも、東の方では空の覇者とか呼ばれてる奴だ。並の魔物でもかなわないくらい、凶暴な鳥らしい』

そう言った。狩人であるのと同時に、旅人でもあった彼は若い頃、世界のあちこちを旅したことがあるそうだ。その時に訪れた遠い東の地の思い出を彼は度々語ってくれた。

 東の方にしか生息していないらしいタカという鳥のことについて延々と語りだした彼に、

『ふうん……』

そう返事をした時には既に興味は失せていたのに、ルドロフが続けた言葉に、

『それだけじゃねえ。こいつらは、それを隠す』

『隠す?』

思わず聞き返してしまった。

『そうだ。獲物に気取られねえように、その爪を隠して、研ぐ。そうして鋭さを増した爪で一撃よ!』

子供のように輝いた瞳でそんなことを言ったルドロフに、俺はやはり気のない返事を返したのだった。

 酒場の看板にも刻まれたそれを、もう一度見る。羽に埋もれるようにしているその鋭い爪を。そう、今は研ぐしかないのだ。

 俺はようやく歩き出した。自然と早足になっていく。浮かんできたのは、屈託のない笑顔を見せるロキと、その前で戸惑い顔を見せるあいつだった。

「……」

無意識に力が入っていた肩を下ろす。なんだか、無性に剣を振りたい気分だ。

 ケイだったら知っていただろうか。この胸の内で広がる苛立ちを消す術を。あるいは、軽薄そうに見えてその実、深淵を見つめているルドロフなら?

 いつか、彼と酒を酌み交わすその時は来るのだろうか。その時、聞いてみるのもいいかもしれない。

ありがとうございました!

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