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終わりへ向かうこの世界で  作者: 菜々
第一章 少女と少年
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01.プロローグ 遠い夜

よろしくお願いします_(._.)_


※H27 4月24日 改訂

 静かな夜だった。草原の葉を揺らす風の音すらも闇に溶けている。月は紫に怪しく輝き、草原や森をその薄い光のベールに包んでいた。

 不意に静寂を破ったのは、黒々とした森の一角から飛びだった鳥の羽音。そして、大気を震わせる低い獣の唸り声と、消え入りそうな誰かの息遣いだった。

――はぁっ、は……っく……

 隠しきれない恐怖をにじませた息遣いは、暗い森を駆け抜ける少年のもの。

 その少年は走っていた。道すらない森の中をただひたすらに。少年の纏う服はあちこちが裂け、血が滲んでいる。今もまた、少年の肌に枝が赤い筋を作るが、少年は気づきもしないで走り抜けて行く。空気に溶け込むような少年の真っ黒な瞳には、何か絶対的なものへの怯えが浮かんでいる。

 首から下がる青い石が揺れるたび、木々の間から射す月光が反射し辺りに薄い輝きをばらまいた。その光さえも厭うかのように、石をぐっと押さえ付けた少年の目の前に突如として黒い影が躍り出る。ひとつ、またひとつと増えていくそれは、少年の逃げ道を確実に塞いでいく。

 やがて、立ち尽くした少年の目に映ったのは暗闇に溶け込み、襲う機会を伺う何対もの紅い目。

 激しい息を漏らしていた少年の唇が三日月形に歪み、その手の中で銀の光が煌めいた。



 城壁に取り付けられたかがり火がふわりと揺れ、パチリと火花が散り消える。一定の間隔で城壁の側面にどこまでも連なっているそれは明々と燃えていた。

 巨大な城壁に囲まれた要塞都市ミューベルク。その四方に設けられた大門は、今ぴたりと閉じられ何者もの侵入を拒んでいる。鼠一匹通ることすら許されない。そのせいか、各門に立つ見張りの十数人の兵士たちは、みな一様に緊張感のない様子だった。彼らの見張りに身が入らない理由はそればかりではない。何人かの若い兵士たちは、そわそわと門を眺めては空を見上げ、

ため息をついている。

 歴戦の老兵士である男は、その様子を眺め、嘆かわしいとでも言うように大仰なため息をついてみせた。それに若い兵士たちは慌てて槍を構え直す。

 老兵士はにやりと口角を僅かに吊り上げるが、一瞬でその表情が引き締まったものに変わる。風に乗って、何か音が聞こえてきたような気がしたのだ。じっと草原を見つめるも、何も無い。

 だが、見張りの誰かがあげた声をきっかけに、にわかに辺りが騒がしくなる。

「おい、どうした。何があった?」

周囲よりもいち早く異変を察知した老兵士は、横を駆け通り過ぎようとした兵士に、ざわめきの理由をたずねた。

 しかし、その兵士はどうやら新人だったようで、丁寧すぎる敬礼をしたまま固まってしまった。

(仕方ない……)

「おい、そこのお前。一体どうした?」

「あっ、ええとですね……どうやら人が倒れていたみたいでして」

「人……? こんな夜更けにか? 夜の草原に出るなんて自殺行為じゃないか」

「は、はい。しかしですね……それも子供のようなんです」

兵から震え声で告げられる更なる事実に、老兵士は驚愕を覚えた。

 草原は、夜になると昼より表情を一変し魔物の巣窟と成り果てる。誰しもが命を落とす危険性を、いつだってそこは(はら)んでいるのだ。

「なんてことだ……案内しろ」

「は、はい!」


 兵士に囲まれ、その少年は倒れていた。十……いや八歳ぐらいだろうか……老兵士がその想像以上の幼さに目を見張っていると、少年が小さく呻き、身じろぎしたのが窺えた。

「……! おい、まだ生きてるぞ! 早く救護班を寄越せ」

老兵士の声に、慌てて何人かの兵士が少年に駆け寄って行く。抱き上げられた少年がまた小さく呻き、手から何かを取り落とす。

(こいつは……?)

老兵士が拾い上げたそれは、短い柄のついた血みどろのナイフ。

 だがその短い刃はもはやボロボロ。使えそうになかった。使えたとしても、この小さなナイフ一つで魔物に対抗することなど不可能に近い。

(しかし、あんなに小さな子供がどうして……それにこのナイフ……?)

 驚愕とともに、何かが引っかかったような気がしたが、一瞬浮かんだその疑問は形にならないうちに消えていく。

 老兵士が顔を上げると、そこには毎夜見慣れているはずの草原が広がっていて、ただ一つ違っていたのは、大小様々な塊があちらこちらに転がっている事だけだった。

 それらは、急所を鋭いもので貫かれ絶命した、魔物の死骸であった。


  ✽


 少女は窓の外を眺めていた。その燃えるような赤い髪を落ち着かないように撫でながら。時折、首から下げている首飾りの位置を直したりしながら。

 彼女はある人達を待っていた。

「すぐに帰るからな。いい子にして待ってろよ」

そう言って、彼女の頭をがしがしと力強く撫でて、少女の父親が母親と出掛けたのは既に何時間も前のこと。

 いってらっしゃいのキスをした母親もまだ帰っていない。

 なんだか、お城の方が騒がしい。と、少女は今日がこの都市にとって、年に一度の大切な日だということを思い出した。

 母親がご馳走を作ってくれると約束したことも。

 しかし、2人はまだ帰らない。



 騒々しく扉を叩く音がしたのは、瞼が重くなりテーブルに突っ伏していた時のこと。少女はハッと目を見開くと、顔を輝かせて扉へと駆け寄っていく。


「ママ、パパっ!」


満面の笑みを浮かべて開いた扉の外には、

「こいつか?」

「そう、みたいだな……」

泣きそうな瞳をした見知らぬ大きな男たちが立っているだけだった。


ありがとうございました(´∀`)

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