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待ち合わせはあのコンビニの駐車場で

作者: Douke

「はあーっ……」

 今のはため息じゃないことを分かってもらいたい。ただ単純に、冬に息を吐いたら白くなるというのをやってみたかっただけだ。

 いや、だって誰だって寒くなってきたらやりたくならないか?

 まあそんなことはどうでもいいとして、さっきも言ったとおり今の季節は冬だ。

 とはいっても、まだ十一月。これからもっと寒くなるんだろうけど、寒がりな俺はすでにマフラーと手袋をつけて外を歩いている。コートを着ていないだけ、まだいいほうだ。

 別にこれから学校があるとか、友達と遊ぶ約束をしているとかではない。

 休日だというのに友達からの誘いはなく、そして家で特にやることもなかったため、外に出て時間を潰そうとしただけだ。

 それにしても……。

「寒い……」

 さすがにマフラーと手袋だけでは心もとなかったか。コートも持ってきたほうがよかったかもしれない。

 今からでも取りに帰ろうかと思ったら、コンビニの駐車場にある車を止める横長い石の上に座り込んでいる少女の姿を見かけた。

 見たところ年齢は……おそらく中学生か小学六年か。少なくとも俺は高校一年だから、後輩ということになる。まあ同じ学校だったらの話だが。

 けれどたった一人であんな所にいるなんて、危なくないか? 仮にもここは駐車場なのだから、このコンビニに寄ろうと車を止める人から見たら、邪魔になるだろうし。

 けれど時間帯があれなのか、コンビニの中にいる客も少ないし、車なんて一台も止まっていなかった。これなら別に放っておいてもよさそうだな。

 そう思って一刻も早く暖房の恩恵をもらおうとコンビニの中に入ろうとしたら、いきなり後ろから服を引っ張られた。

「……あんた、いま暇?」

 振り返って見てみると、そこにはさっきまで座っていた少女が俺の服を掴んでいた。

 この反応。おそらく親とはぐれて迷子になったパターンか? となると紳士的な対応をするべきだろう。

「どうしたんだい、お譲ちゃん。もしかして迷子にでも――」

「はあ? 出会いがしらにそんな事聞いてくるなんて頭いかれてんの? こっちは一言も迷子になったなんていってないでしょうが。少しは人の話をちゃんと聞きなさいよ」

「……………」

 なかなかの毒舌だった。俺のガラスハートは一瞬で砕け散ったぞおい。

 というか、初対面の相手にここまで言えるなんて。この子は結構大物になるかもしれないな。

「……俺に何の用なんだ?」

 なんとか傷ついていることを悟られないように言ってみると、少女はふんっと鼻を鳴らしながら、

「別に。あんた自身には用はないわよ。ただ暇そうだから聞いてみただけ」

「なんだよそれ。確かに俺は暇で時間を潰しに散歩をしているだけだけどさ」

 それを聞いた少女は、満足そうに頷いた。

「そう。じゃあ私を案内してくれない?」

「は? どこに?」

「この街にあるお墓に」


 少女は自分のことを、アカリと名乗った。歳は中学一年生。

 俺は世間でいうロリコンではないが、それでもこの子は美少女だということだけは分かった。ショートカットの髪型に、少し釣り目。だけどどことなくまだ小学生気分が抜けてない、という感じか。

(それにしても……)

 こんな時期に墓参りなんて、珍しい。おばあちゃんとかの命日なのか?

 だとしても、そういう人の事情にはあまり踏み込まない方がいいのかもしれない。

「あんた、本当にこっちの道で合ってるの?」

「心配すんな。俺はこの街に引っ越してきてから二年は経ってるんだぞ?」

「……微妙な年月」

 まあ、まだそこまでこの街に何があるかは把握しきれてないけどさ。それでも墓のある場所くらいなら分かる。

「待って」

 最短ルートを思い出しながら歩いていたら、いきなりアカリが俺の服を掴んで止めた。

「どうした?」

「あ、えっと……こ、この街に来たの久しぶりだから、少し商店街の方とか行ってみたいかなーとか思って」

「商店街?」

 確かにこの街にはいろんな店がやっている商店街はある。けれどそこは墓がある場所とは少し遠回りにあるんだけど……まあいいか。

「つか、お前この街に住んでたことがあるのか?」

「まあ……うん。住んでたことはある」

「家族とかは? 一人で来たのか?」

「お父さんとお母さんは先にいってるの。でも、私はまだ……」

 なにやら触れてはいけなかったのか、体を少し震わせていた。それを見た俺は、自分に着けていたマフラーを外して、アカリの首に巻いてやった。

「な、何よ」

「いや。寒そうに震えてたからな」

「べ、別に寒いわけじゃ……!」

「ほら、商店街に行きたいんだろ? それならさっさと行こうぜ」

「……足震えてるくせに、強がってる」

 マフラーが無くなったことで、寒さで震えていることをぼそっと言ってきたアカリを無視しながら、俺は商店街の方へと歩き出した。


「らっしゃいらっしゃい! 今日はブリがお買い得だよ!」

 未だにそうやって大声を上げて客を招いている商店街の中は、いつも通り賑やかだった。特に今日は休日だから、いつもより人が多い。

「ふーん……やっぱり昔と全然変わってないんだ」

「お前の言う昔がどのくらい前なのかは知らないけど、ここはいつも賑やかだよ。まあそんな賑やかさが好きなんだけどさ」

「はあ? こんな騒がしい場所が好きだなんて、あんたもかなりも物好きね」

 またアカリが毒舌を言ってきたけど、さらりとスルー。だんだんこいつの扱い方が分かってきたような気がする。

 さてと、せっかくここに来たんならあの店に行きたいな。

「よし、ちょっと寄りたいところあるから行くぞ」

「そんなの、あんた一人で……ってちょっと! 勝手に手引っ張んないでよ!」

 アカリには悪いけど、これだけは早めに行かないと無くなってるかもしれないんだ。

 目当ての店に着くと、中にいる顔なじみになっている人に話しかける。

「おばさん! いつものハムカツまだ残って――」

「誰がおばさんだってええぇぇぇっ!?」

「ぐはっ!」

 飛んできたトングをまともに顔に喰らい、俺はそのまま後ろに倒れてしまった。

「まったく、あれほどおねえさんと呼びなと言ってるだろうに。いい加減に学習しないガキだねえ」

 店の中から出てきたのは、このトンカツ屋の店長である鈴木さんだった。今年で38歳。俺からみたら充分おばさんだと思うんだが……。

「あいたっ!」

「あんた、またあたしの事をおばさんと言ったね?」

「い、言ってない言ってない」

 まだ若く見られたいからなのか、自分のことをおねえさんと呼べといつも言っている。確かにまだ見た目は若そうに見えるけど。

「ん? その子はいったいどうしたんだい?」

 おば……おねえさんは呆然としていたアカリを見て尋ねてきた。まあそりゃいきなり店内からトングが飛んできたら誰だってそういう反応になるよな。

「ああ。この子は前にここに住んでいたらしくて、今日は墓参りに来たんだって。それでこの商店街に寄りたいって事で、いつも食べてるハムカツを買いにきたんだ」

「ふーん……なるほどねぇ……ということは、あたしの勘は合ってたって事かい」

「え、それってどういう……」

「ちょいと待ってな。すぐ用意するよ」

 そういって、おばさんは店の中に戻っていった。

「……なんか、凄い人ね」

「まあな。けどこの商店街にはああいう人ばっかりだからな」

「そういえば、ここにはそういう人ばっかりいたわね……」

 しばらくすると、二つの小さな袋を持って再び出てきた。

「ほらよ。いつものハムカツ二個。おまけしといたよ」

「お、いいのか?」

「あんたじゃないよ。その子の分だけおまけだ。あんたのはきっちり払ってもらうからね」

「ぐ……」

 けれど、いつもなら夕方ぐらいには無くなってしまう大人気のハムカツをこうして二個も残してくれているのだから、文句はいえないだろう。ここは素直に払うしか……。

「いつもの値段プラス半分、つまりは三百円さね」

「どこがおまけだよ!?」

 ちなみに、元の値段は二百円。


 貰ったハムカツを食べ歩きながら商店街を歩いていく。

「旨いだろ、そのハムカツ。俺が学校の帰りにわざわざ残してもらって、いつも買ってるお勧めのやつなんだぜ」

「ふ、ふん。あんたにしては、見る目あるみたいね……」

 そういいながらも、視線はハムカツからしっかりと離さないアカリ。これは釘付けになったな。

 商店街を抜けると、少し広めの公園がある。目的地の墓はこの先にある。

 公園の中を抜けて行こうとしたら、アカリが急に立ち止まった。

「どうした?」

「……………」

 俺が尋ねてみたけれど、俺の声が聞こえてないのか公園の中にあるブランコや滑り台をずっと見続けるアカリ。

 仕方がないから、俺は近くにあった自動販売機で温かいココアを二つ買うと、そのうちの一つをアカリのほっぺに当ててやった。

「ひゃっ!? な、何するんのよ!」

「お前がボーっとしてたからだろ。少し休もうぜ」

 そのまま無理やり公園に置いてあるベンチに座らせると、ココアを開けてやってからアカリに手渡す。

「結構熱いからな。気をつけろよ」

「あんたに言われなくても、分かってるわよ……あつっ!」

 言ったそばから、さっそく火傷をするアカリ。

 隣で笑いながらも、俺も一緒にココアを飲む。寒い日に温かいココアは、体の心から温まるからいい。こう、飲んだ瞬間に体が温まるのがいいよな。

 まだ残ってたハムカツを食べながらココアを飲んでいると、唐突にアカリが話しかけてきた。

「……二十年も前なのに、全然変わってないんだね。商店街も、この公園も」

「確かひっこしたんだっけ? 俺は二年前に来たばっかりだから、まだ実感沸かないけどな」

「でしょうね。さっきの鈴木さんなんて、昔はもっと若くて、美人だったんだから」

「あのおばさんが? まさかー」

「本当のこと。確か、あのときからずっとあの店やってた。このハムカツも、私の大好物だった……」

「へえ……。お前が大好物って言うくらいなら、本当にこのハムカツは人気なんだな」

 最後の一口を口の中にいれて、ゆっくりと味わいながらココアを飲む。

「でも、私はもうここにいちゃいけないんだって事が、やっと分かってきた」

「ここにいちゃいけない?」

「あーあ……私も馬鹿だよね。いつまでも未練がましいこと言い訳にして、逃げてちゃだめだよね」

 アカリの言っている意味が分からず首をかしげていると、アカリはココアを一気飲みしてゴミ箱にへと投げた。

「ね、私の秘密知りたい?」

 投げられた缶は、見事にゴミ箱に入った。


「私はね、両親から愛されながら生きてきたんだ」

 墓への長い階段を登りながら、アカリは呟く。

「たぶん、周りから見てもそうだったと思うの。決して裕福ではなかったけれど、私は幸せだった」

 ときおり見える、その横顔は昔を思い出しながら歩いていた。

「それでも……神様ってのは残酷ね。そんな幸せなんか一瞬で奪ってしまうんだから」

 その小さな背中を、俺は黙って見ながら歩いている。

「確かあの時は、家族みんなでお出かけをしようとして、車で移動してた時だったと思う。もう昔のことだからあんまり覚えてないけれど……。でも、運転してるお父さんやいろんな話をしてたお母さんの顔は今でも覚えてる」

 すると、あんまり思い出したくないのか急に息苦しそうな表情をした。

「だけど……気づいたら、目の前が真っ暗になっていたの。最後に見たのは、笑ってるお母さんの顔とか運転してるお父さんの姿とか、外の景色じゃなかった。そんなんじゃなかった。唐突に、いきなり、何が起きたかも分からないで……。真っ暗で、何も見えなかった」

 次第にアカリの足取りは重くなって、さっきまで俺より前を歩いていたのに、気が付いたら俺と同じ歩調で階段を登っていた。

「ほんと、酷いよね……。何一つ残してくれなかった。何もさせてくれなかった。お父さんお母さんへの感謝の言葉も。全部、全部、全部……」

 とうとう、アカリは歩みを止めてしまった。まるで、天国へと続くかのように長いこの階段を登るのを恐れるかのように。

「だからこうして、この世界に居続けても意味があるわけがない。でも、いつかお母さんとお父さんが迎えに来てくれるのを待ってても、来るわけがない。そんなこと、わかってるのに……」

「……………」

 俯くアカリを前にして、俺は何も言うことはできなかった。

 もしここで慰めたとしても、そんなものは意味がないだろう。

 俺にはそんな小さな幸せなんて、まったく考えたことがなかった。いつものようにダラダラと過ごして、いつものように友達と話したりして、一日を過ごす。

 けれど、アカリの話を聞いて思った。人はいつ死んでもおかしくないってことを。

 アカリはそんな小さな幸せを精一杯感じていた。だというのに……。

「……あんた、泣いてるの?」

「え……」

 気が付いたら、俺はアカリの言うとおり、涙を流していた。

 泣きたいのは俺じゃなくて、本当ならアカリのはずなのに。

「ほーんと、あんたって変人ね……」

「べ、別にいいだろ。つか、俺は涙もろいんだよ」

 そんなことを言い訳にしながら、服の袖で涙を拭う。

「……多分だけどさ。お前の両親が迎えに来ないのって、お前に最後の我儘をしてほしかったからじゃないか?」

「……どういうことよ」

「お前、俺と会ってから最後まで我儘とか愚痴ばっかり言ってただろ。でもお前から話を聞いてた限りだと、両親に我儘とか言ったことが無いんじゃないか?」

「そういえば、そうかもね……」

「あんだけ我儘言ったんだから、もうすっきりしたんじゃないか?」

 俺はアカリに手を差し伸べると、アカリはその手を受け取った。

「行きますか、我儘お姫様」

「うざいわよ、世話焼き下僕」

 それだけ言えれば上々だ、と笑う俺。

 釣られて笑いながらうるさい、と言うアカリ。

 二人で階段を登ったその先にあったのは、無数の墓だった。

「この場所は、お父さんとお母さんが死んだ証みたいで嫌い。でも……」

 アカリは迷うことなく、自分と両親が眠っているであろう墓まで歩いていく。

「でも、やっぱり私はこの場所が好きなんだね……。だって、どこか懐かしい感じがするから……」

 そして……。

「ただいま、お母さん。お父さん」

 ようやくたどり着いたそのお墓には、ただ他の墓と同様に置かれてある墓石のみだった。花などはなく、お線香すらも置かれてなかった。

「……花でも持って来ればよかったか?」

「別にいいわよ。本当なら私が持ってこないといけないんだったから」

「それだと、可笑しいだろ。自分に向けて花を持ってくるなんて」

「うるさいわね。私にじゃなくて、お母さんとお父さんによ」

 アカリは墓石に触ると、懐かしそうに目を細めた。

「あのね、私、やっと我儘言えたんだよ。でも、もういいの。これからは、ちゃんと前を向いて進んでいくから。だからね……ちゃんと、見守っててくれる?」

 それに応えるかのように、まだ十一月だというのに突然空から白い物が落ちてきた。

「雪……」

「応えてくれたんじゃないか? お前の声はちゃんと届いたぞって」

「うん……だと、いいな……」

 降り続ける雪を見ながら、俺もアカリに合わせて目を閉じてお参りをした。


 目を開けると、そこには誰もおらずただお墓があるだけだった。

「……やっぱり、あいつってお化けだったのか」

 となると、これできちんと成仏してるといいな。

 明日にでもお花を持ってこようかなと思いながら帰ろうとしたら――。

「遅い。あんた他人の墓なのにそんだけやって、自分の両親の墓の時どんだけやるつもり?」

 ――なぜか、いなくなったはずのアカリが階段の前で待っていた。

「お、おまっ!? 成仏したんじゃなかったのか!?」

「はあ? さっきから妙だと思ってたけど……もしかして私のこと幽霊だとかお化けとか思ってたわけ? 馬鹿じゃないの」

 呆然とする俺に軽くビンタすると、アカリは笑った。

「あ、そうそう。来年も来る予定だから、待ち合わせはあのコンビニの駐車場でいいわよね?」

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