政略結婚の後始末
今回は短編です。
思いっきりツッコミたかった(罵りたかった)だけ、というのが書き始めた理由です(笑)
「この場は逃がせ」
小さな声で指令が伝えられ、アリスは微かにうなづいて了承を伝えた。
正直、もうやっていられるかっという気分だったが、命令ならば従う他はない。
侍女の格好をした、デガルト帝国第1師団の団員であるアリスは、神殿の柱の陰から抜け出し、ご主人様(仮)を回収しに向かった。
数多の悪意の視線にさらされ、今さら震える馬鹿二人。
「セリーヌ様、アレックス様、こちらです」
名前を呼ばれて振り向いた二人は、アリスの顔を見てほっとしたような顔をした。
あー、ホント馬鹿。お前らが助かる道なんてどこにもねーよ。
※ ※ ※
あの後、帝国兵が作り出していた警備の穴を通って逃げ出し、王都の端にある粗末な宿屋でようやく落ち着くことができた。
「アレックス様っ」
神殿での出来事はすでに過去のことなのか、青い顔をして震えていたはずのアリスのご主人様(仮)のセリーヌは、いつも調子を取り戻していた。
駆け落ちした二人、という状況に盛り上がり、早速アレックスに抱きついている。
しかし、一方のアレックスの方は未だ顔色は優れず、反応もイマイチだった。
「どうなさったの、アレックス様? やっと人目を忍ばず、一緒にいられるようになったのです。もっと嬉しそうにしてくださると思ったわ」
セリーヌが頬を膨らませて拗ねたフリをする。
いつもならば、アレックスは慌ててご機嫌を取るために甘い言葉を囁くのだが、今は何一つしゃべらなかった。
血の気の引いた真っ白な顔で黙り込む姿は、まるで作られた人形のようだった。
「打たれ弱っ」
我慢できず口の中でそう呟くと、ぼんやりとしていたアレックスが、部屋の隅に控えていたアリスを見た。
聞かれたかとヒヤリとしたが、特に何かを言われることもなく表情の変化もなかった。
「アレックス様?」
「どこか遠くへ逃げないと」
「え?」
ぼんやりと力なくそう言ったアレックスを、セリーヌは強張った顔をして仰ぎ見た。
「何故…逃げるんですの?」
アレックスとは違い、セリーヌはことの重大さをわかっていないようだった。心底わからないという顔をして、アレックスにしがみつくセリーヌに軽蔑の視線を送らないよう、アリスは大人しく目を伏せた。
「ねぇ、アレックス様? ―――アリス、どういうことなの?!」
答えないアレックスに苛立ったようで、矛先をアリスへと向けた。
「アレックス様のご結婚は、国同士の約束でした。それを破談にしてしまったのですから、追われるのは仕方ありませんわ」
「愛し合う私たちの仲を引き裂く方が悪いでしょう?」
「もちろんです! ですが、セリーヌ様。駆け落ちに追っ手はつきものですわ」
アリスはいつも通りセリーヌの戯言に同調し、さらに増長するように煽った。
頭に花が咲いているセリーヌの予定では、
親の決めた婚約者との結婚式に乱入する恋人。
権力に屈しず、手に手を取って愛を誓う二人。
その絆に感動する周囲。
そして二人は幸せに暮らしました。
めでたしめでたし。
となるはずだった。
まるでアリスが渡した恋愛小説のように。
周囲に祝福されないばかりか、追われるようなことになったのが納得いかないのか、未だ不満そうにしているセリーヌに、アリスはダメ押しとばかりに囁く。
「愛には障害がつきものですもの」
その言葉に、セリーヌは「そうよね」と機嫌良さげにうなづいた。
きっと自分が物語の主人公になったかのように感じて、また酔っているのだろう。このままいけば無事追っ手に捕まり、処分されることになるだろう。
ようやく任務が終わる、とアリスはいつもの愛想笑いとは別種の笑みを浮かべた。
「ねぇ、アレックス様。王都の片隅で二人で幸せな家庭をつくりましょう? 時が経てば問題も解決されるはずですわ。そうしたら王城に戻ればいいんですもの」
なんだそれは。
思わずツッコミそうになったアリスは、慌てて引きつった顔を隠すように俯いた。
そんなアリスの反応に気付くこともなく、セリーヌは何故か楽しそうに話を続ける。
「追っ手に見つからないように、こっそり生活するのよね。どの辺りがいいのかしら」
能天気なセリーヌの様子に、アリスはもうこれ以上付き合うのは無理だ、と破滅への最短ルートへと導くことにする。
「セリーヌ様、二人で生活なんていけませんわ。料理や洗濯でセリーヌ様の美しい手が荒れてしまいますもの」
だから、一度家に戻って―――と説得しようとしたが、セリーヌが不思議そうな顔で見ていることに気づき、アリスは口を閉じた。
「なぜ私がそんなことをしなければならないの?」
「え?」
「料理や洗濯なんて、アリスがすればいいじゃない」
ぐ、と歯を食いしばらなければ、何を言ってしまうかわからなかった。気合で笑みを作り、「ふ、たりで家庭をつくるとおっしゃったじゃありませんか」とセリーヌに言えば、さらに驚く答えが返ってきた。
「ええ。だってアリスは家族じゃないでしょう?」
だったらなぜ、逃亡生活に付き合うと思うのだろう。
アリスはセリーヌの非常識に絶句してしまった。
完全に素に戻って油断していたアリスは、アレックスに見られていることに気づくのが遅れた。それまでどこか呆然とした表情をしていたのに、何かを探るような視線をアリスに向けていた。
気付かれたか、と内心ひやりとしつつも、団長仕込みの無言のほほ笑みでその視線を受け止めた。
阿呆王子の視線ごときで尻尾を出すようなら、アリスはこんなところに放り込まれない。
度胸と面の厚さだけは、第1師団の中でも指折りなのだ。ちなみに実力は中の下という微妙なものだ。だからこそ、特殊任務で数カ月も外へと出されているのだが。
しばらく二人で見つめ合っていると、「アレックス様っ」とセリーヌの嫉妬にまみれた声が上がった。
使用人風情が色目を使うな、という牽制の視線が素早く送られてくる。殊勝な顔をして目線を下げると、ようやくアレックスの視線が外れたのを感じた。
「王都からは離れた方がいい」
「え?」
「王都にいれば、必ず捕まる。遠くへ逃げるべきだよ」
「そんな…。王都を離れるなんて無理ですわ。私の好きなシュシュルのお菓子が食べられなくなってしまうし、ドレスだって流行遅れになってしまうわ。そんなことになったら、みんなに笑われてしまう」
不満げにアレックスに反論するセリーヌに、アリスは心底呆れてしまった。
アレックスの顔にも微かに同じようなものが浮かんでいる。
「セリーヌ。捕まれば、ただじゃ済まないんだよ。このまま王都を出て、どこか落ちつけるところを探して身を隠そう」
アレックスはやんわりと説得するが、セリーヌはまだ不満そうにしたまま、上目遣いで唇を尖らせた。
「ねぇ、アレックス様。お父様を頼りましょう。そうしたらきっと何とかしてくださるわ」
甘えたセリーヌの声にも、アレックスは頷くことはなかった。以前であれば、頼りなさげな顔で「そうかな」と肯定とも否定ともとれる言葉を口にしていたはずなのに。
今度のことで、多少成長したのかもしれない。
「もう家や友人を頼ることもできないんだよ」
意外にも落ち着いた調子で、アレックスが首を横に振った。
セリーヌよりもよほど現状を理解していることに、アリスは軽く驚きながらも舌打ちしたい気分だった。
最短ルートで破滅させるつもりだったのに、このままでは上手くいかないかもしれない。
得意の媚びでなんとかしろよ、とアリスは心の中でセリーヌを応援する。しかし、アレックスの決意は固いようだった。
「二人で力を合わせて生きていくしかないんだ」
『二人で』と言われたときに、セリーヌが物言いたげにアリスを見たが、アリスは俯いたまま視線を合わせることはなかった。
「セリーヌ、わかってくれるね?」
いつになく凛々しい顔で口説かれて、セリーヌの方も満更ではなくなったようだった。アレックスの胸にしがみつきながら、うっとりとした視線で同意した。
「そうですわね。幸せになりましょう」
一から十まで世話をされていた貴族の令嬢が言う『幸せ』。それはきっと、二人だけで成り立つものではない。もちろん、アリスは付いていく気などさらさらない。
平民と同じ生活水準に落ちたとき、セリーヌは一日たりとも『幸せ』を感じることはできないだろう。
「二人に似た可愛い孫ができれば、王様たちもきっと許してくださいますよね」
付き合いきれない、と何度目かのため息を押し殺しながら沈黙を守っていたアリスは、窓の外に白い鳥の姿を見てほっと息を漏らした。
「セリーヌ様、その格好では目立ちます。着替えを調達してまいりますわ」
神殿を逃げ出す時はローブを羽織ってきたが、アレックスは未だに真っ白な衣装のままだった。セリーヌの方も、人目を忍ぶような服ではない。
「あぁ、そうよね。アリス、行ってきてちょうだい」
二人の世界に邪魔だとばかりに、セリーヌに追い出される。
アレックスの視線がドアを出るまでついてきたが、気付かないふりをした。
「ジュール、遅い!!」
宿屋の近くの木に止まっていた鳥を追いかけていくと、路地裏に佇むひょろりとした男の肩へと降りて行った。
「イズ、ご苦労様」
馬鹿たちを相手にして可愛そうなアリスではなく、戻ってきた伝令用ヨウムにねぎらいの言葉をかける。
こっちの方が苦労してる、とアリスはジュールに向かって蹴りつけた。
半ば本気の攻撃であったにも関わらず、ジュールはひょいっとかわしてしまう。
「荒れてるな」
「荒れるに決まってる! ったく、なんだあの世間知らずで恋愛中毒の女はっ。自分に酔うのもいい加減にしやがれ。国の大問題をまるで失恋した女の問題みたいに『時間が解決してくれるわ』とか冗談じゃないっ。そんなわけあるかぁ! 時間が経ったって反逆者は反逆者。孫が出来たって許されるわけないだろが!!」
「落ちつけ」
「あの阿呆王子だって、成長したかと思えば簡単に『落ちつけるところを探そう』とか言ってっ。自分のせいで国がどんな不利な立場に立たされてるかわかってんのか?! お前に安息の地なんてねーんだよっ」
無責任野郎が、絶対呪う! と荒れた口調で息巻くアリスを、ジュールは「相変わらず口が悪いな」とイズの首元をくすぐりつつ、落ち着くのを待った。
甘ちゃんがっ、女狐がっとひとしきり騒ぎ終わると、ようやく深呼吸をして息を整えた。
「落ちついたか」
「あぁ」
多少ストレス発散ができたアリスは、ぶすくれたまま頷いた。それを確認して、ジュールが「エリック団長からの指令を伝える」と用件を話し出す。
アリスは表情を引き締め、姿勢を正して次の言葉に期待した。
「対象が国外へ逃亡するまで見張りを続けよ」
「ええーーー!! もう終わりじゃないのか?! ほっとけば追っ手に捕まるか、その辺で野たれ死ぬだろ、どうせ!」
期待とは真逆の指令。
アリスは思わず食ってかかっていた。本来なら処罰ものの所業だが、ジュールは仕方がないと肩をすくめる。
「団長は破滅か野垂れ死にをお望みだが、彼女は違うらしい」
「ぐっ」
せっせと破滅ルートに導いていたというのに、すべて徒労に終わってしまった。
「団長は彼女には弱いからな。死なない程度に多少手助けしてやれ、ということだ」
がんばれ、と無責任に言うジュールに、アリスは目を吊り上げて「お前がやれよ!」と詰め寄った。
もうあの話が通じないセリーヌのお守はうんざりだ、と八つ当たり交じりにアリスが地団駄を踏んだ。
ジュールは冷静に、アリスの頭のてっぺんからつま先までじっくり見つめて言った。
「お前があと20センチ身長が伸びて、俺の身長が10センチ縮んだら代わってやる」
「上から叩くと縮むらしいぜ。やってやるから、頭貸せっ」
「叩きたかったら30センチは伸びないとだな」
30センチ上にあるジュールの顔を、アリスはコロスとばかりに睨みつける。
「よく似合ってるよ、アリスティド」
「嬉しくねーよ! ちくしょう。密偵なんて第4師団にやらせればいいだろ」
「ものすごく個人的なことだからね、今回のことは。恨むなら自分の身長と女顔と面の厚さを恨むといい―――で、返事は?」
「了解しました!!!!」
命令ならば仕方がない。
どんなに苛立とうとも、男のプライドが傷つこうとも。
アリスティドは深く呼吸をして、どうせなら帰還が楽になるように帝国まであの二人を誘導しよう、と密かに考えるのだった。
お読みいただきありがとうございました。




