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第46話 今日も二人は森の中

「久しぶりだな」


 という台詞とは裏腹に、じつはまったくお久しぶりではない皇帝を見るなり、俺は「げっ」とうめいた。


「おまえまた来たのかよ」

「来てはだめだったか?」

「いや、だめっつうか……」


 風が心地よい初夏の昼下がり。木陰でヘルガ特製の弁当を食べていた俺の隣に、ギルベルトは遠慮なく腰を下ろす。ついでに「美味そうだな」と弁当に手をのばしてくるあたり、無遠慮が過ぎるというか、ずうずうしいにもほどがある。


「仕事はいいのかよ。ちゃんとオレグさんの許可とって来たんだろうな」

「おまえのその、あれに対する気遣いは何なんだ?」


 いえ、側近の恐ろしさ……じゃなくて大変さなら、身に染みて知っていますので。


 少し離れたところでギルベルトの随行者たちをねぎらっているバラーシュと目が合いそうになって、俺はあわてて空を見上げた。


 雲ひとつない空はどこまでも青く澄んでいる。うん、今日も絶好の工事日和だ。


 俺たちが散々世話になったアデルの館を出たのは、およそ半月前のことだ。俺の怪我もおおかた治り、ギルベルトとの補償交渉にも区切りがつき、俺たちは魔王城に帰ってきた。正確には城の跡地に。


 俺が皇帝に真っ先に要求したのは、瓦礫の山と化した城の建て直し費用だった。何はなくとも、皆に家を返さなければならない。心ならずも俺自身がぶっ壊した、皆の家を。


 幸い、ギルベルトは気前よくその要求に応じてくれた上に、工事の助けになればと兵士や職人の一団も貸してくれた。最初は魔族と一緒に働くなんて、と尻込みしていた彼らも、今ではすっかり皆に馴染んでいる。


 特に兵士たちのゲイルに対する心酔ぶりはすさまじく、「一生団長についていきます!」と宣言する輩が続出している。ありがたいけど、あんたらの隊長の立場がないだろう……と心配してたら、当の隊長さんが「ゲイル団長のためなら死ねる」と真顔で言っててちょっと引いた。もとい、安心した。


 ちなみに、この工事では俺も立派な戦力になっている。いつかバラーシュに評されたように、俺の力は土木工事において大いに役立つのだ。


 これでバラーシュもちょっとは見直してくれるかと思いきや、この参謀は「まさしく、何とかとはさみは使いようですね」とうなずいていた。竜人の身には血の代わりに水銀でも流れてるんじゃないだろうか。冗談抜きでそう思う。

 

 なにはともあれ順調に進んでいる工事現場でただひとつ、難点を挙げるとすれば、俺の隣にいらっしゃる皇帝陛下の存在だった。


 なにしろこいつときたら、このふた月でもう三度も訪ねてきているのだ。そのたびは俺は周り(主に某参謀)に冷やかされてたまったもんじゃない。


「それで? 今日は何しにきたんだよ。報告なら手紙でいいって前も言っただろ」

「まあそう言わず」


 すました顔でギルベルトは俺の弁当をつまみ食いしている。


 こいつ、まさかヘルガの料理目当てで来ているんじゃないだろうな。いや、気持ちはわかるけどさ。魔王だろうが皇帝だろうが、うまい料理の前ではひとしく奴隷である。やっぱりヘルガが魔王城最強だな。


「今日は大事な話があってな」


 弁当があらかたなくなったところで、ギルベルトは懐から白い封書をとりだした。


「おまえ宛てだ、ノア」


 純白の封書に押された封蝋の紋は百合の花。元皇妃アデルハイドの印章だった。

「俺に?」


 アデルからの手紙を受けとって首をかしげる俺に、ギルベルトは「招待状だ」と告げた。


「三日後に皇都で夏至祭りがあるのだが」

 

 ああもうそんな時期か。そういえば、当初の予定ではこいつをぶっ刺すのは夏至祭りのときにと打ち合わせていたんだっけ。予定は未定とはよく言ったものだ。


「その晩に、義姉上の館でささやかな晩餐会が催される。晩餐会といっても大仰なものではない。親しい者を招いての食事会だ。そこにおまえもぜひ、と」

「……念のために訊くけど、それ本当に食事会なんだよな? 合同見合いの場とかじゃないよな」

「……心配するな。俺も出席するから」


 いや、それ答えになってないからね? そんな、被害は分かち合ってこそ、みたいな顔されたら心配しかないんですけど。


「互いに連れということにすれば、面倒ごとも避けられるだろう? おまえがいなくなってから、義姉上のおせっ……お気遣いが再燃して大変なんだ」


 咳払いでごまかしても、ちゃんと聞こえていたからな。要するにおまえ、俺をアデルのお節介攻撃からの盾にしたいだけだろう。


「エリックもおまえに会いたがっていることだし」


 うーん、エリックには俺も会いたいけど、


「義姉上も、おまえの衣装合わせをそれは楽しみにされている」


 あの戦場にふたたび戻れと?


「……残念だけど今回は遠慮しておこうかと。ほら、俺も忙しいし? 今ここを離れるわけにも……」

「おまえの参謀はいつでも連れていっていいと言っていたが」


 おい、バラーシュ。おまえ主を売りやがったな?

 遠くにいた参謀をにらみつけやれば、珍しくにっこりと微笑み返された。


 わあ、いい笑顔。そういやあいつ、昨日「もう少し予算を増額できませんかね」と首をひねっていたよな。さては俺を差し出して金をもぎ取ろうって魂胆か。


「そういうわけだから、ノア」


 先に腰をあげたギルベルトが、俺に右手を差し出す。


「行くぞ」

「今から?」

「善は急げというだろう」


 こいつの善悪の基準はどこにあるのか……なんてことを思いながら、俺は目の前の手とギルベルトの顔を見比べた。


 いつかは問答無用で俺を引っ張り上げた手が、今は俺を待っている。


 どうするかは俺次第。この手をとるもとらないも、決めるのは俺自身だ。


「わかったよ」


 仕方ない、とため息をついて、俺はギルベルトの手をつかんだ。


 どのみち、そろそろ顔を出そうとは思っていた。補償交渉はまだ途中だし、エリックの様子も確認したかったし。


 あとは、俺がうなずいただけで馬鹿みたいに嬉しそうな顔をする、この奇特な皇帝のためというのも、少しはあるかもしれない。これがほだされるというやつなのだろうか。拾った駄犬がいつの間にか可愛く思えるようになった、みたいな? 最初に拾われたのは俺だけど。


「用事が終わったらすぐ帰るからな」

「そう言わず、ゆっくりしていってくれ」


 立ち上がった俺の手をつかんだまま、ギルベルトはにやりと笑った。


「愛人契約の延長の相談もしたいことだし」

「そっちは破約だ」


 つかまれた手を振りほどいて、俺は先に立って歩きだした。


 後ろでギルベルトがなおもうるさく口説いているが、聞こえないふりを貫きとおす。いちいち耳を貸していたら、俺の忍耐がすり減ってたちどころに穴があく。


「なるほど、おまえは奥ゆかしいな。沈黙は合意ということで……」

「もう黙ってろよ、おまえはよ!」


 わりとあっけなく忍耐の底をぶち抜かれて俺は叫んだ。


 ふりむいた先で愉快そうに笑む瞳は深い緑。俺の新しい故郷の色だ。


 その瞳をにらみつけて、俺は森の中を歩いた。初夏の陽光に目を細め、赤毛の皇帝と肩を並べて。

 

 




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