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第43話 泣いて笑って日が暮れて

 俺の目が覚めたのはそれから十日後、面倒な後始末もあらかた済んだ頃合いだった。


 狙ったわけではないが、ギルベルトや気の毒なオレグさんが、おそらく相当苦労していたのをよそに、俺は呑気に寝こけていたわけだ。


 だから、目を開けて最初に聞いたのがバラーシュの「やっとお目覚めですか。まったくいいご身分ですねえ」という嫌味だったことは、まあ、甘んじて受け入れようと思う。俺がずっと、それこそあの冷血参謀の目が赤くなるくらいの長い間、意識を失っていたのは事実だし。


 バラーシュの嫌味と小言を(さえぎ)ってくれたのは部屋に飛び込んできたフィルで──さすがのバラーシュも子どもの泣き顔には勝てなかった──フィル坊をなだめている間に今度はトールに抱きつかれ──口から内臓が出るかと思った──とどめとばかりにゲイルに肩をたたかれた。ちなみに、このときは実際に肩が外れた。うちの連中には加減というものを学んでほしい。切に。


 そんなふうに泣いたり笑ったり叫んだりしながら、その日は平和に暮れていった。


 それからの数日間も、俺は寝台の中で過ごした。後先考えずに力を使った代償は思いのほか大きかったというわけだ。


 入れ替わり立ち替わり見舞いに来てくれた皆と話したり、様子を見に来たバラーシュに叱り飛ばされたりしながらも、俺は一日の大半をとろとろと眠って過ごしていた。


 俺が運び込まれたのは例によってアデルの館だったが、今度は俺だけじゃなく俺の仲間も丸ごと世話になっているとのことだった。それを知って恐縮する俺に、アデルはおっとりと「お気になさらないで」と微笑んだ。


「むしろわたくしの方こそお礼を申し上げなくてはなりませんわ。皆様それはもう逸材ぞろいで! ふふ……腕が鳴りますわ。今年は結婚式が多くなりそうですわね」

「……ご祝儀きついんで、ほどほどでお願いできますか」


 そんな、にぎやかで穏やかな療養生活が、また十日ほども続いただろうか。


「あのさあ……」


 初夏の心地よい風が吹き込む昼下がり、俺は寝台の上で身を起こし、窓の外に広がる庭園の緑を眺めていた。


「あいつ、どうしてる」


 その日、俺の側にいたのはバラーシュだった。多忙極める参謀は、手元の書類をめくりながら俺にちらと視線をくれた。


「フィルなら、エリック殿下と犬の散歩に出かけました」


 へえ、いつの間にかずいぶん仲良くなったんだな。やっぱり年が近いせいか。嬉しくもあるが、お兄さんはちょっと寂しい……じゃなくて、


「そっちじゃなくてさ」

「ゲイルは館の警備兵の鍛錬中です」

「ああ、昨日から張り切ってたやつな。最初から飛ばしすぎなきゃいいんだけど……や、そうじゃなくて」

「トールは来週の見合いに向けて衣装合わせ中です」

「みあっ……! それ初耳なんだけど!?」

「失敗したら恥ずかしいので、くれぐれも内密にと、トールが」

「そんな……どうしよう、俺どうしたらいい?」

「どうもしなくてよろしいのでは。あなたの見合いでもありませんし」


 ぱらりと、バラーシュが紙をめくる。手の甲に浮いた鱗が、陽光をはじいて虹色に光る。


 竜人の血を引くというバラーシュは、身体のあちこちが銀灰の鱗で覆われている。初めてそれを見たとき、何気なく綺麗だなと口にしたら、こいつはひどく驚いた顔をして、逆に俺はほっとした。


 なんだ、魔族といっても同じじゃないかと。血も感情も通っている、俺たち人間とおんなじだ、と。


「うー……トールのことはめちゃくちゃ気になるんだけど……そうでもなくて……」

「ハロルドとかいう(かた)り者なら、教団長ともども監獄の中ですが」


 それは知ってる。エリアスの約束は本物だった。俺が突き立てた短剣は、エリアスのかつての仇敵だけを滅ぼし、鍛冶屋の息子には傷ひとつつけなかったのだから。


「ジジイはともかく、あの変態を捕らえても無駄だろうに。尋問したところで、何も覚えてないって言ってんだろ?」

「ええ。ですが、本人が監獄から出たがっていないとか。毎日獄吏と縄で遊んでいるそうですよ」


 その情報は知りたくなかった。


「……バラーシュ」


 俺はため息をついて片手で顔を覆った。

 さっきからわかっててはぐらかしてんな、こいつ。


 指の間から睨んでやると、バラーシュはすました顔で書類を小卓に置き、代わりに籠に盛られた林檎を手にとった。


「召し上がります?」

「むいてくれるなら」


 バラーシュはかすかに微笑んでナイフを取り上げた。


「気にかかることがあるなら、はっきりおっしゃったらいかがです」


 するすると、流れるように紅い皮が落ちる。珍しいこともあるもんだ。こいつが俺を甘やかしてくれるなんて。


「……あいつ、どうしてる」


 立てた片膝に頬杖をついて、俺はその問いを繰り返した。


「ギルベルトは」


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