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第36話 疑いと信頼と

「はて」


 いかにも好々爺(こうこうや)めいた笑みを浮かべて、教団長は長いひげをなでた。


「仲間とはいったい」


 ふざけるな、と言いかけた俺の機先を制したのはギルベルトだった。


 ザカリウス、と呼びかけた声は低く、重く、皇帝らしい威厳にあふれていた。


「この件に関して腹の探り合いはやめよう。私とそなたの確執に魔族を巻き込むべきではない」

「これはまた、陛下のお言葉とも思えませんな」


 ザカリウスがわざとらしく目を見張る。


「魔族は人間に害なす危険な存在にございます。ゆえに、陛下は我らに魔族討伐をお命じになったのではありませんか」

「その詔勅を偽造したのはそなたであろう」

「めっそうもございません! 何の証拠があってそのようなことを申されますか!」

「その証拠が出てこぬから困っている」


 ギルベルトはうんざりしたように組んだ足に頬杖をついた。


「まあ、出てきたところで扱いには手を焼きそうだが」

「陛下……」


 教団長は居住まいを正し、ゆったりと微笑んだ。


「失礼ながら、陛下はなにゆえ魔族に肩入れをなさるのです。彼奴(きゃつら)らの性は残忍にして凶悪。徒党を組んで旅人を襲い……」


 あのさあ、それ結局ほとんどが人間の仕業だったからね? 噂を聞くたびに飛び出していくゲイルを追いかけるの、本当に大変だったんだけど。


「ときに人里に降りては財貨を奪い、女をさらい……」


 うん、たまに近隣の村の人たちと物々交換してるけど、それが何か?


 魔族の中でも命知らずの連中が採掘してきた鉱石とか、魔獣の毛皮なんかが特に喜ばれるんだ。最近はあっちから売り込みに来てくれたりしてさ。朝採れ野菜いかがっすかー、て感じで。


 ついでに、城の若いのが村の女の子とデキちゃって結婚したけど。なんなら俺、あちらの村長さんにご挨拶にも伺ったけど。


 なんて、いくら俺たちが平和的に振る舞っても、何かあれば結局俺たちのせいにされちゃうんだよな。


 わかってる。仕方ないってことは。魔族ってさ、やっぱり人間に比べて力は強いし見た目もちょっと違うから、どうしたって怖がられちまうものなんだ。


「そのような根も葉もない噂を広めるのも教団の仕事というわけか。ご苦労なことだな」


 ……あー……なんか……なんだろ……。


 俺は片手で口元を覆った。そうでもしないと、このクソったれの教団長に間抜けなニヤけ面をさらしてしまいそうだったから。


 正直に言おう。俺は、ものすごく嬉しかった。


 なんか、俺もけっこう単純だよな。こいつが、この皇帝が魔族(おれたち)のことを信じてくれてるってわかっただけで、こんなにも嬉しくなるなんて。


「いずれ、そなたらには犯した罪にふさわしい報いをくれてやる。だが、まずはそなたが捕えている魔族を解放せよ。話はそれからだ。断るというなら、そのときは」


 ギルベルトが腰の剣を鳴らす。それを横目で見ながら、俺はさりげなく体勢を変えた。


 なあ、ギルベルト、それはおまえがやることじゃないだろ。オレグさんが泣くぞ。そういうのは俺に任せとけばいいんだよ。さっきのお礼だ。神殿中の騎士がまとめてかかってこようと、きっちり相手してやっからさ!


 火花をはらんだ沈黙は、長くは続かなかった。

 ザカリウスがほうと息を吐き、しわだらけの手を打った。


「致し方ありませんな」


 ぱん、と乾いた音が響くと同時に、部屋の扉が開いた。


 即座に立ち上がった俺だったが、部屋に入ってきた人物を見て拍子抜けした。


 てっきり武装した騎士連中がなだれ込んでくるものと思いきや、そこにいたのは丸っこい顔の小柄な神官だったのだ。


「あんた……」


 俺は思わずその神官に声をかけた。人の好さそうな丸顔のそいつは、俺が先ほど服を奪った神官だった。俺が脱がせたローブの代わりに、騎士団の赤いマントを肩にかけている。


「さっきは手荒なことして悪かったな」


 とりあえず謝ると、その神官は「いえいえ」とにこやかに首をふった。


「謝罪には及びません。むしろ私からお礼を申し上げたいくらいです」


 ええ、ちょっと恐いな、こいつ。騙されて襲われて身ぐるみはがされたんだぞ。少しは怒れよ。この件に関しては全面的に俺が悪いんだし。


「あなたには私の望みをかなえていただきましたから」


 両手を組み合わせ、恍惚とした表情でそいつは言った。


 うん、ちょっとどころじゃないな。相当やばいわ。なんというかこう、目がイっちゃってるし。狂信者って、こういうやつのことを言うのかね。こんな、熱にうかされたような目を……


「──ノア!?」


 次の瞬間、俺がとった行動は、たぶんゲイルに及第点をもらえるくらいには機敏だったと思う。


 俺はギルベルトの首根っこをひっつかんで引きずり起こし、卓を蹴飛ばした。


 バキッ、と嫌な音を立てて卓が真っ二つに裂ける。まるで見えない斧で叩き割られたように。一拍遅れて、こちらも派手な音とともに茶器が割れ、ぶちまけられた茶が床を濡らす。


「わあ、さっすがあ」


 ぱちぱちと拍手する神官から、湯気のような白い(もや)が立ち昇る。それがすっかり晴れたとき、丸顔の神官はまったく別の姿をとっていた。


「本当に、ねえ。ノア」


 きらめく金髪の男は、ねっとりとした声で俺の名を呼んだ。


「きみって本っ当に最高だよね!」


 最低最悪の変態野郎を前にして、俺の全身にぶわりと鳥肌が立った。




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